遺言書を書くタイミングは、何も「終活」のときだけに限りません。
就職、結婚、出産など、人生の節目において遺言はとても有用です。
この記事では、そもそも遺言は何歳から行うことができるのか、遺言書を作成すべき時期はいつなのかについて解説します。
遺言書はいつ書くべきか
遺言、遺言書と聞くと、仕事をリタイアした方や年齢を重ねた方が、いわゆる「終活」のひとつとして準備する、という風なイメージがないでしょうか。
終活の一環として遺言を準備すること自体は全く間違っておりません(むしろ推奨されるべきことです)が、弁護士の立場から相続問題に関わっていると、遺言・遺言書は、もっと若い内から用意をし、人生の節目に応じて書き直すといったことがより望ましいのではないかと思うことがあります。
この記事では、遺言・遺言書を書く年齢・タイミングについて、具体的な場面を想定しながら、解説していきたいと思います。
そもそも遺言(遺言書)は何歳から書けるのか?
遺言・遺言書は、遺言者が生前有していた財産(遺産)について、遺言者の一方的な意思表示のみで法律上の効果を発生させる法律行為の一種です。
したがって、遺言をするには「遺言能力」と呼ばれる判断能力(意思能力)が必要とされています。
すなわち、遺言の内容を考えたり、その遺言によってどのような法律上の効果が発生するのかが弁識できたりする、一定の判断能力が必要ということです。
民法は、この遺言能力が備わるとした年齢を満15歳と定めています。
15歳というと、学年でいえば中学3年生です。中学生で遺言書を書くということはさすがに稀かもしれませんが、15歳になった場合には、遺言書を書くことができます。
遺言書を書けなくなる年齢はあるのか?
結論から言えば、遺言書を書けなくなる年齢について、一律の決まりはありません。遺言能力がある限り、例えば100歳のおじいちゃん・おばあちゃんでも遺言をすることができます。
民法上には「制限行為能力」という制度が容易されています(民法第5条、第7条など)。未成年者の法律行為には法定代理人(親など)の同意が必要とか、成年後見人の法律行為は取り消すことができるなどといった、判断能力に問題がある人を保護するための制度です。
ご高齢の方の場合には、認知症などの影響で判断能力に問題が生じて、成年後見人などの制度を利用していることも多くあります。
しかし、この制限行為能力に関する規程は、遺言については適用されないことになっています(民法962条)。
これは、制限行為能力制度で想定している判断能力とは、取引上の複雑な有利・不利を判断する高い能力である一方、遺言をする能力とは、遺産をどうしたいかを決める、もう少し低い能力を指すからであると言われています。
したがって、例えば、未成年である15歳や16歳であっても、親などの同意を得ずに遺言をすることができますし、高齢になり判断能力が衰えたため、成年被後見人になったとしても、遺言をするのに十分な能力さえあれば(遺言能力さえあれば)、遺言書を書くことはできるということになります。
もっとも、成年被後見人の場合には、「事理弁識能力を欠く常況」にあることになりますから、遺言をするためには、①事理弁識能力を一時回復していることと、②医師2人以上の立会いが必要になります(民法973条1項)。
遺言書はいつ書くべきか
では、満15歳に達してから亡くなるまでの間で、遺言・遺言書は一体いつ書くべきでしょうか。
多くの方は、終活をするときや、病気や事故などで自らの死を意識したときに、遺言を用意しようと考えるのだと思いますし、それ自体は全く間違ったことではありません。
しかし、弁護士として相続問題に関わっている身からすると、「人生の節目のとき」に遺言書を書き、都度書き直していくことが良いのではないかと思っております。以下、具体的に見ていきましょう。
①就職したとき(自分の財産を築き始めたとき)
まず、遺言は自身の遺産についての意思表示になりますから、就職をするなどして自身の財産(貯金など)を築き始めたときが、ひとつの大きな契機になると思います。
まだ結婚をしていない、子どももいないとすると、相続人は両親(両親がすでにお亡くなりになっている場合は祖父母)となります。
つまり、自分の財産はすべて両親などが受け継ぐことになります。
しかし、たとえ両親と謂えども他人ですから、自分の財産状況について把握しているとは限りません。そのため、「○○銀行に預金がある」ということを知らせるために、遺言書を作成するなかで、遺産目録を整理して作っておくということがひとつの重要な意義になります。
また、最近では若い時分から様々な投資(株や暗号通貨など)を行っている人も多いでしょう。こういった種類の資産があることについて、親世代・祖父母世代が良く知っているとも限りませんから、そういう意味でも目録作りには意味があります。
ほかにも、兄弟姉妹に財産を残したい、お世話になった友人・恩師に譲りたいものがあるといった場合には、遺言として遺しておくことが必要になります。
遺言によって「自分の財産のことは自分で決める」というのも、社会人としての一歩になるのではないでしょうか。
②結婚したとき
結婚というのは人生の大きな節目ですが、相続という観点から考えたときにも、大きな転換点になります。
すなわち、結婚相手(配偶者)が、新しく相続人になります。
まだ子どもがいないとすると、相続人は配偶者と自身の両親(両親が亡くなっている場合には祖父母)になりますから、もし遺言が無いとすると、自分亡きあと、配偶者と、配偶者から見れば義実家である両親とが、遺産分割協議をしなくてはならないことになります。
配偶者と自分の両親の仲が良く、密に連絡をとりあうような関係であれば、あまり問題にならないかもしれません。しかし、そうではないとすると、自分が亡くなって悲しんでいる配偶者と両親が、さらに繊細な「お金の話合い」である遺産分割協議を行うことになり、ご負担になるということも無いではありません。
そのため、遺言によって遺産分割協議という手間を省くということに、一定の意味があると思われるのです。
ちなみに、配偶者と両親が相続人となる場合の法定相続分は、配偶者3分の2、両親3分の1となります(民法900条2号)。
したがって、例えば専業主婦(夫)である配偶者に全財産を残したいと思った場合には、遺言でそのように指定する必要があります。
この場合には、別途遺留分の問題が生じ得ますので、本来であれば遺留分に配慮した遺言内容にすることが望ましいですが、付言事項で「専業主婦(夫)である○○の生活のために、○○に全財産を遺します。他の相続人においては遺留分の請求をしないように切に望みます。」などと理由を付したり、生前によく説明しておくことなどによって、遺留分を請求しないようにお願いすることも考えられます。
遺留分について詳しくはこちら→「遺留分について」
③子どもができたとき
多くのご家庭では(特にお子さんが小さいご家庭ほど)、自身が亡くなった場合には、配偶者に全財産を相続してもらって、家族の生活に使ってもらうことを想定しているのではないでしょうか。
しかしながら、例えば結婚をし、子どもが生まれた場合には、相続人は配偶者と子どもになります。したがって、自身が亡くなった場合には、配偶者と子どもが遺産分割協議をすることになります。
その際、もし子どもが未成年だったとすると、子どもは遺産分割協議をすることができません。本来なら法定代理人である親(すなわちこのケースだと配偶者)が代理人になるところですが、親は相続人のひとりであるため、潜在的に自分に有利な遺産分割協議をしてしまう可能性がある(これを「利益相反」といいます。)ため、親は代理人になれません。
そうすると、結論として、未成年者の代理人である「特別代理人」の選任を、家庭裁判所に請求しなくてはなりません。
つまり、家庭裁判所で特別代理人選任の手続をとり、その特別代理人との間で遺産分割協議を成立させない限り、預貯金の解約や、自宅の登記名義の書き換えなどができないことになるのです。
場合によっては、生活上の問題に直結することにもなりますから、特に子どもが未成年のうちは、遺言での手当の必要性が高いと言えます(なお、子どもが成人した際に、遺留分の問題が顕在化することはあり得ます。)。
したがって、子どもができたときには、ぜひ遺言書を書いた方が良いということになります。
④子どもが独立したとき
子どもが就職したりして独立していくと、子どもに対して財産を遺す必要性は少なくなるかもしれません。一方で、自分亡きあと、配偶者は(家族の支えはあるかもしれませんが)一人で生きていくことにもなりますから、より一層の経済的な支えが必要になることが多いのではないでしょうか。
そうすると、配偶者に対して財産を多く残したいというご要望も出てくるところです。
または、二次相続(ここでは自分が亡くなった後の、さらに配偶者も亡くなった際の相続のことを指します。)のことを考えて、早めに次の世代である子どもらに財産を渡しておきたいと考える方もいるかもしれません。
子どもが独立する頃になると、ご自身の財産状況や今後のこと、配偶者のこと、子どもや孫のことなど、置かれている状況も考えるべき事柄も千差万別になります。
しかしながら、いずれにせよ、法定相続分(配偶者2分の1、子2分の1)と違った割合で財産を相続して欲しいときや、「預貯金は配偶者に、自宅は子どもに」などと相続する財産を指定したい場合などは、遺言による手当が必要になります。
自身と家族にとって必要があると感じた場合には、積極的に遺言を遺しておくことをおすすめいたします。
⑤孫ができたとき
例え孫がどんなに可愛かったとしても、その親(自身からみて子ども)が存命の場合には、孫は相続人にはなりません。子が相続人になるからです。
孫に財産を渡したいと思った場合には、生前贈与か、遺言による遺贈か、養子縁組を考えることになります。
遺言書はいつ書くべきか まとめ
以上見てきたように、遺言が有用な場面は、何も「終活」だけに限りません。人生の節目の際、すなわち家族の状況や財産の状況に変化が生じた際、その時々の状況に応じて、遺言を遺していく(書き直していく)ことが重要です。
遺言は、遺されたご家族に対する最後のメッセージであり、思いやりであると考えられます。
この記事をご覧の皆様も、折を見て、遺言書を作成してみてはいかがでしょうか。
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