地球温暖化により熱中症による災害が多数発生するようになってきました。事業者は、労働安全衛生法に基づき、職場における労働者の安全と健康を確保するととも義務を負っています。本記事では、同法上の熱中症対策について説明していきます。
安全配慮義務
事業者は、労働者に対し、安全配慮義務を負っています。
労働契約法第5条
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
本法令は、元々判例法理として確立していた安全配慮義務を、法律として具現化したものです。一般の会社ではなく、自衛隊に関する事件ですが、「国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたつて、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負つているものと解すべきである。」(最判昭和50年2月25日)と判示され、この判例法理が広く会社・労働者間においても適用されてきました。
安全配慮義務に違反して、労働者に生命や身体に損害が生じた場合には、会社は労働者に対して、債務不履行に基づく損害賠償義務を負うことになります(民法第415条1項)。
熱中症対策についての関連法令
作業環境測定
まず熱中症災害事故発生防止の前提として、作業環境についての情報が必要になります。
労働安全衛生法第65条
1 事業者は、有害な業務を行う屋内作業場その他の作業場で、政令で定めるものについて、厚生労働省令で定めるところにより、必要な作業環境測定を行い、及びその結果を記録しておかなければならない。
2 前項の規定による作業環境測定は、厚生労働大臣の定める作業環境測定基準に従つて行わなければならない。
3 厚生労働大臣は、第一項の規定による作業環境測定の適切かつ有効な実施を図るため必要な作業環境測定指針を公表するものとする。
4 厚生労働大臣は、前項の作業環境測定指針を公表した場合において必要があると認めるときは、事業者若しくは作業環境測定機関又はこれらの団体に対し、当該作業環境測定指針に関し必要な指導等を行うことができる。
5 都道府県労働局長は、作業環境の改善により労働者の健康を保持する必要があると認めるときは、労働衛生指導医の意見に基づき、厚生労働省令で定めるところにより、事業者に対し、作業環境測定の実施その他必要な事項を指示することができる。
労働安全衛生法第65条1項で定める「有害な業務を行う屋内作業場その他の作業場」とは、「暑熱、寒冷又は多湿の屋内作業場で、厚生労働省令で定めるもの」(労働安全衛生法施行令第21条2号)であり、労働安全衛生法施行規則で詳細な内容が定められています。
労働安全衛生法施行規則第587条(作業環境測定を行うべき作業場)
令第21条第2号の厚生労働省令で定める暑熱、寒冷又は多湿の屋内作業場は、次のとおりとする。
1 溶鉱炉、平炉、転炉又は電気炉により鉱物又は金属を製錬し、又は精錬する業務を行なう屋内作業場
2 キユポラ、るつぼ等により鉱物、金属又はガラスを溶解する業務を行なう屋内作業場
3 焼鈍炉、均熱炉、焼入炉、加熱炉等により鉱物、金属又はガラスを加熱する業務を行なう屋内作業場
4 陶磁器、レンガ等を焼成する業務を行なう屋内作業場
5 鉱物の焙ばい焼又は焼結の業務を行なう屋内作業場
6 加熱された金属の運搬又は圧延、鍛造、焼入、伸線等の加工の業務を行なう屋内作業場
7 溶融金属の運搬又は鋳込みの業務を行なう屋内作業場
8 溶融ガラスからガラス製品を成型する業務を行なう屋内作業場
9 加硫がまによりゴムを加硫する業務を行なう屋内作業場
10 熱源を用いる乾燥室により物を乾燥する業務を行なう屋内作業場
11 多量の液体空気、ドライアイス等を取り扱う業務を行なう屋内作業場
12 冷蔵庫、製氷庫、貯氷庫又は冷凍庫等で、労働者がその内部で作業を行なうもの
13 多量の蒸気を使用する染色槽そうにより染色する業務を行なう屋内作業場
14 多量の蒸気を使用する金属又は非金属の洗浄又はめつきの業務を行なう屋内作業場
15 紡績又は織布の業務を行なう屋内作業場で、給湿を行なうもの
16 前各号に掲げるもののほか、厚生労働大臣が定める屋内作業場
労働安全衛生法施行規則 第五章 温度及び湿度
熱中症の発症因子となるのは、「温度」と「湿度」です。そこで、労働安全衛生法施行規則では、「温度及び湿度」についての規定を設けています。
労働安全衛生法施行規則第606条(温湿度調節)
事業者は、暑熱、寒冷又は多湿の屋内作業場で、有害のおそれがあるものについては、冷房、暖房、通風等適当な温湿度調節の措置を講じなければならない。
労働安全衛生法施行規則第607条(気温、湿度等の測定)
事業者は、第587条に規定する暑熱、寒冷又は多湿の屋内作業場について、半月以内ごとに1回、定期に、当該屋内作業場における気温、湿度及びふく射熱(ふく射熱については、同条第1号から第8号までの屋内作業場に限る。)を測定しなければならない。
2 第591条第2項の規定は、前項の規定による測定を行つた場合について準用する。
労働安全衛生法施行規則第608条(ふく射熱からの保護)
事業者は、屋内作業場に多量の熱を放散する溶融炉等があるときは、加熱された空気を直接屋外に排出し、又はその放射するふく射熱から労働者を保護する措置を講じなければならない。
2 事業者は、屋内作業場に前項の溶融炉等があるときは、当該屋内作業場において作業に従事する者(労働者を除く。)に対し、当該溶融炉等の放射するふく射熱からの保護措置を講ずる必要がある旨を周知させなければならない。ただし、加熱された空気を直接屋外に排出するときは、この限りでない。
労働安全衛生法施行規則第609条(加熱された炉の修理)
事業者は、加熱された炉の修理に際しては、当該炉の修理に係る作業に従事する者が適当に冷却される前にその内部に入ることについて、当該炉を適当に冷却した後でなければその内部に入つてはならない旨を見やすい箇所に表示することその他の方法により禁止しなければならない。
労働安全衛生法施行規則第610条(給湿)
事業者は、作業の性質上給湿を行なうときは、有害にならない限度においてこれを行ない、かつ、噴霧には清浄な水を用いなければならない。
労働安全衛生法施行規則第611条(坑内の気温)
事業者は、坑内における気温を37度以下としなければならない。ただし、高温による健康障害を防止するため必要な措置を講じて人命救助又は危害防止に関する作業をさせるときは、この限りでない。
労働安全衛生法施行規則第612条(坑内の気温測定等)
事業者は、第589条第2号の坑内の作業場について、半月以内ごとに1回、定期に、当該作業場における気温を測定しなければならない。
2 第590条第2項の規定は、前項の規定による測定を行つた場合について準用する。
労働安全衛生法施行規則 第六章 休養
労働安全衛生法は、作業環境の測定、温度・湿度の管理のみならず、さらに進んで労働者の回復のための措置もしなければならないことが定められています。
労働安全衛生法施行規則第613条(休憩設備)
事業者は、労働者が有効に利用することができる休憩の設備を設けるように努めなければならない。
労働安全衛生法施行規則第614条(有害作業場の休憩設備)
事業者は、著しく暑熱、寒冷又は多湿の作業場・・・においては、作業場外に休憩の設備を設けなければならない。ただし、坑内等特殊な作業場でこれによることができないやむを得ない事由があるときは、この限りでない。
労働安全衛生法施行規則第617条(発汗作業に関する措置)
事業者は、多量の発汗を伴う作業場においては、労働者に与えるために、塩及び飲料水を備えなければならない。
事務所等の事業所内での作業環境
総則的規定として重要なのが、労働安全衛生法施行規則第606条です。暑熱・多湿の屋内作業場で、熱中症になりかねない労働環境(有害のおそれがあるもの)については、冷房、暖房、通風等適当な温湿度調節の措置を講じなければならないとされているのです。そして、その測定を定期的にしなければなりません。
さらに、「事務所」を対象とした「事務所衛生基準規則」という規則が定められており、詳細な規定が設けられています。
事務所衛生基準規則第4条(温度)
事業者は、室の気温が10度以下の場合は、暖房する等適当な温度調節の措置を講じなければならない。
2 事業者は、室を冷房する場合は、当該室の気温を外気温より著しく低くしてはならない。ただし、電子計算機等を設置する室において、その作業者に保温のための衣類等を着用させた場合は、この限りでない。
事務所衛生基準規則第5条(空気調和設備等による調整)
事業者は、空気調和設備(空気を浄化し、その温度、湿度及び流量を調節して供給することができる設備をいう。以下同じ。)又は機械換気設備(空気を浄化し、その流量を調節して供給することができる設備をいう。以下同じ。)を設けている場合は、室に供給される空気が、次の各号に適合するように、当該設備を調整しなければならない。
1 浮遊粉じん量(1気圧、温度25度とした場合の当該空気1立方メートル中に含まれる浮遊粉じんの重量をいう。以下同じ。)が、0・15ミリグラム以下であること。
(各号略)
2 事業者は、前項の設備により室に流入する空気が、特定の労働者に直接、継続して及ばないようにし、かつ、室の気流を0・5メートル毎秒以下としなければならない。
3 事業者は、空気調和設備を設けている場合は、室の気温が18度以上28度以下及び相対湿度が40パーセント以上70パーセント以下になるように努めなければならない。
事務所衛生基準規則第7条(作業環境測定等)
事業者は、労働安全衛生法施行令(昭和47年政令第318号)第21条第5号の室について、2月以内ごとに1回、定期に、次の事項を測定しなければならない。ただし、当該測定を行おうとする日の属する年の前年1年間において、当該室の気温が17度以上28度以下及び相対湿度が40パーセント以上70パーセント以下である状況が継続し、かつ、当該測定を行おうとする日の属する1年間において、引き続き当該状況が継続しないおそれがない場合には、第2号及び第3号に掲げる事項については、3月から5月までの期間又は9月から11月までの期間、6月から8月までの期間及び12月から2月までの期間ごとに1回の測定とすることができる。
① 一酸化炭素及び二酸化炭素の含有率
② 室温及び外気温
③ 相対湿度
2 (略)
熱中症を原因とする死亡事故に対する会社の損害賠償責任を認めた裁判例
大阪高判平成28年1月21日
造園業を営む会社に雇用されて伐採・清掃作業中に、熱中症を死因として死亡した従業員について、会社の安全配慮義務違反を認め、2054万5869円の損害賠償金の支払いを命じました。事故当日の気温及び湿度が厳重警戒レベルにあったこと、3名の医師が熱中症による死亡と認めていることから、死因を熱中症と認めた上、被控訴人の従業員で、現場監督的立場にあった者が、具合が悪くなったことを認識した後も放置し、心肺停止状態まで救急車を呼ぶ等の措置をとらなかったもので、同人及び被控訴人は不法行為責任を負い、被控訴人自らも安全配慮義務違反があると判示されています(判例秘書L07120247解説)。
同事件で特徴的なのは、法律のみならず、通達等の内容にまで踏み込み、これにしたがった対応をしていないことを理由として、会社の安全配慮義務違反を導いている点です。
①熱中症の予防について(平成8年5月21日付け基発第329号。平成8年通達)
②熱中症の予防対策におけるWBGTの活用について(平成17年7月29日付け基安発第0729001号。平成17年通達)
③職場における熱中症の予防について(平成21年6月19日付け基発第0619001号。平成21年通達)
③‘これに基づく「職場における熱中症の予防について」と題するパンフレット並びに「熱中症を防ごう!」と題するパンフレット
④職場における熱中症予防対策マニュアル」(平成21年6月作成。):国から中央労働災害防止協会への平成21年度の委託事業として,職場において発生する熱中症の症状,予防方法,緊急時の救急措置及び熱中症の事例,熱中症予防の好事例等について,専門家による調査,検討を行い,職場における熱中症予防対策マニュアルとして作成されたものであり,熱中症の概要等,同症による災害発生状況,同症の予防,具体的な対策・災害事例が記載され,平成17年通達,平成21年通達等が添付されている。
このように、会社は、熱中症対策について労働安全衛生法上様々な義務を負っており、これに違反して労働者が熱中症になって死傷した場合には、安全配慮義務違反として損害賠償責任を負うことになってしまいます。
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