介護業界の状況、介護事業者が倒産した場合に取るべき法的な手続、事業譲渡を伴う場合と伴わない場合、入居一時金の扱い、破産手続をとった場合の流れなどについて説明していきます。
1 介護業界の状況
介護事業者の倒産は、2014年の54件から2022年には143件に増えています。
倒産が増えた原因として以下のようなものがあげられます。
① コロナの影響
介護施設や在宅介護サービスの利用者、介護スタッフの感染リスクを抑えるため、感染対策を取らなければならないことによるコスト増、高齢者や要介護者が介護施設やサービスの利用を控えるための収益減、介護スタッフの感染、子供の学校閉鎖による介護スタッフの確保難などにより、収益状況が悪化した。
また、コロナ以前からも、介護業界では次のような点が指摘されていました。
② 人手不足
高齢化が進み介護を必要とする人の数が増える一方で、仕事のきつさ、給料のレベルなどから、介護スタッフの確保が困難な状況が続いており、これにより利用者数が減少し、経営に影響が出ていた。
③ 競争の激化
高齢化社会が進み、今後も介護に対する需要が伸びていくことが予想されるため、これまで介護に関係していなかった業界からの参入が相次ぎ、競争が激化した。
2 介護事業者が倒産した場合に取るべき法的な措置
介護事業者が倒産した場合に取るべき措置として考えられるのは、民事再生手続と破産手続です。
⑴ 民事再生手続
まず民事再生手続きですが、これは裁判所を使い、債権者の多数決によって介護事業者の債務をカットし、残った債務を何年かに渡って分割して支払っていくという手続です。
しかし、分割して支払っていくといっても、介護施設の運営などによって利益を生み出し、これによって支払いをしなければならないのですから、これまで赤字が続いていた介護事業者が、急に利益が出る体質になるのは難しいでしょう。
まして、介護事業者の場合、介護サービスは介護保険のもとで成り立っており、法律で報酬が決められているのですから、売上を増やすということも困難です。
したがって、民事再生手続きを使うというのは、多くの場合難しいと思います。
⑵ 破産手続
これは、裁判所の監督のもと、裁判所が選任した破産管財人が介護事業者の財産を金銭に変え、債権者に公平に配当して、その後、介護事業者は解散して消滅するというものです。
例えば、介護施設の場合は、施設を売却して金銭に変え債権者に配当します。
介護事業者が限らず、資金繰りに行き詰まった法人がとる法的な手続きは、ほとんどの場合、破産手続きになります。
ただ、介護施設には入居者がおりますので、介護施設を売却するといっても、この点をどうするかを考えなければなりません。
一般的には、次の方法が考えられます。
① 事業譲渡ができる場合
介護施設の入居者、介護スタッフ、土地建物、設備、契約関係、債権債務などが一体となった事業全体を、他の介護事業者に売却します。
そして、売却代金を債権者に配当し、これまでの介護施設は解散になるのですが、事業自体は、新しく事業の運営主体になった介護事業者が運営しますから、(事業を買った介護事業者によっては、入居者が受けるサービスの内容が変わったり、介護スタッフの待遇が変わることがあるかもしれませんが)入居者は同じ施設で介護サービスを受け続けることができます。
しかし、介護施設を買ってくれる他の介護事業者を探すのは時間がかかります。
この間に、資金繰りに行き詰まって、介護スタッフの給料が払えなくなれば、介護スタッフはすぐに退職してしまい、また納入業者に支払いができなければ、納入業者は納入をストップします。つまり、事業が継続できなくなりますから、当然、事業を売却することもできなくなります。
したがって、事業譲渡をするためには、別の介護事業者に事業が引き継がれるまで、介護スタッフや納入業者の支払い、あるいは光熱費その他の支払いができるよう、資金繰りができることが前提になります。
その意味で、資金繰りに行き詰まってきたと感じたら、破産手続きを取る前に、まず事業の譲渡先を探し、資金繰りができる間に、別の介護事業者を探すべきです。
そして、事業を買ってくれる別の介護事業者に対して、破産申立前に事業を売却してもよいのですが、大事なのは、次の点です。
■ 売却価格が妥当であることです。売却価格が妥当でないと、破産申立後に裁判所から選任された破産管財人から、事業の売却を否認され大変なことになります。裁判所、破産管財人を説得できるような妥当な金額で売却するよう、税理士、会計士などと十分な協議を行うことが必要です。
■ また、売却した価格は、破産を申し立てる弁護士に預け、破産開始決定後は破産管財人に渡して、債権者に対する配当原資とすることになります。
※ 破産手続をとる場合は、弁護士に相談することになりますが、その前の段階でも弁護士に相談し、弁護士と相談しながら、事業の譲渡先を探すということでもよいと思います。
破産申立て前に事業を売却することができない場合、破産開始決定がされ、破産管財人が選任された後でも、破産管財人が別の介護事業者に事業を売却することは可能ですが、問題は別の介護事業者に事業を売却するまでに資金繰りが続くかどうかです。
通常は資金繰りが続くことはないので、別の介護事業者にスポンサーになってもらい、介護スタッフや納入業者などへの支払いを援助してもらうなどのことが必要になります。
② 事業譲渡ができない場合
破産申し立てをして破産管財人が選任され、破産管財人は介護施設の土地建物を売却して、その代金を債権者に配当することになりますが、事業としてではなく、単に土地建物を売却するだけですから、入居者には立ち退いてもらうことになります。
立ち退いてもらうといっても、放り出すわけにもいかないので、(遠い施設になるかもしれませんが)他の施設に移転してもらう、家族のもとに返す、行政と相談するなど、個々の入居者ごとの対応が必要になります。
3 入居一時金について
介護施設に入所する場合、入居一時金を支払うことがありますが、施設が破産した場合、入居一時金については、入居者が介護施設に対して返還を求める債権者になり、他の債権者と扱いが平等ということになりますので、破産管財人は、入居一時金を入居者に返還することはできません。他の債権者と同様に配当をすることになります。
ただ、老人福祉法の改正に伴い、2021年4月1日以降は、すべての介護施設について入居一時金が保全され、介護事業者が破産した場合、損害保険会社、銀行、公益社団法人有料老人ホーム協会などが、500万円を限度として入居者に支払うことになっています。
4 破産手続きを載った後の流れ
介護事業者が破産手続きを取ると決めた場合の流れは、下記のとおりになります。
① 介護事業者の社長あるいは理事長が、経理担当者とともに法律事務所に行き、弁護士が、介護事業者の経営状態、資産・負債の内容を聞き、どのような手続を取るのがよいのかのアドバイスをする。
② 介護事業者は、貸借対照表・損益計算書、資産目録、債権者・債務者一覧表、不動産登記簿謄本、賃貸借契約書、預貯金通帳、法人印鑑・ゴム印などを持参し、弁護士は、社長・理事長、経理担当者と詳しい打合せを行なう。
また、裁判所に提出する委任状、当事務所にご依頼いただく場合の委任契約書を受領する。
③ 従業員が出勤してくる時間に、介護施設に弁護士が出向き、社長・理事長とともに、従業員に対して、破産申立てに至った理由を説明し、在庫や帳簿類の保全への協力、破産管財人への協力を要請する。
従業員の一番の関心事は給与、健康保険の切り替え、年金の処理、失業保険受給関係(離職票の発行など)なので、これらの取り扱いについても説明する。もちろん、入居者が今後、どうなるのかについても説明する。
入居者、その家族についても、一堂に集まってもらい、今後どうなるのかの説明をする。
説明の内容は、事前に事業譲渡を行なっているのか、今後事業譲渡を行う予定なのか、事業譲渡を行うことはできないのか、によって異なる。
④ すべての債権者に、弁護士が破産を受任した旨の通知を出す。以後は、弁護士が債権者との対応を行なう。
事業譲渡の有無に応じた対応を、入居者、その家族と行う。
⑤ 弁護士が裁判所に提出する破産申立書を作成する。
⑥ 裁判所に対して、破産申立書を提出する。
⑦ その後は、破産管財人が選任され、裁判官、破産管財人に対する説明を行なう。
必要な場合、破産管財人は、入居者、その家族に対する説明を行う。
⑧ 裁判所で債権者集会が行われ、破産管財人が、介護事業者の財産をお金に変えて、債権者に配当する。
これによって、破産手続きは終了し、会社は解散となる。
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