被相続人が亡くなり、その生命保険金を受け取った場合でも、種類や条件によってはなお相続放棄をすることが可能です。本稿では、相続放棄が以後できなくなる「法定単純承認」の基礎知識から、生命保険と相続放棄との関係を弁護士が解説していきます。
生命保険金を受け取ってしまったら、もう相続放棄できない?
以後相続放棄ができなくなる「法定単純承認」の制度
相続が発生した場合、相続人は、原則として、相続するかしないかを自由に選択することができます。
被相続人の残した遺産(預貯金や不動産、株式など)が沢山あり、相続債務(被相続人が負っていた債務)を差し引いても十分な価値があるという場合は、そのまま相続することを選択する人が多いでしょう。
一方、借金ばかりで目ぼしい財産がないという場合は、相続放棄をすることによって、一切の権利義務の承継を免れるという選択をする人が多いと思います。
この相続放棄に関しては、「法定単純承認」という制度があります。
これは、法律で定められた一定の事由に該当した場合には、異議なく相続することを承認したものと見なす、という制度です。
「法定単純承認」があった場合は、たとえ相続人が相続放棄することを希望していたとしても、以後、相続放棄はできなくなってしまいますから、注意が必要です。
生命保険金を受け取った場合も、仮にそれが「法定単純承認」にあたるならば、以後、相続放棄はできないことになりますが、どうなのでしょうか。
ここでは、まず、一般的に、どのような場合に「法定単純承認」になってしまうのか、その事由を見ていきましょう。
「法定単純承認」の事由①
相続人が相続財産の全部または一部を処分したとき
遺産である不動産や動産を売却したり、預貯金の払い戻しを受けて使ってしまったりすることです。このような処分行為をすると、以後、相続放棄することはできなくなります。
ただし、ここでいう「処分」に保存行為は含まれません。例えば、遺産である建物の屋根が壊れそうで、強風が吹いたら近隣に被害を及ぼしそうだという場合に、相続人が屋根を修繕しても遺産の「処分」があったとはいえず、「法定単純承認」にはなりません。
「法定単純承認」の事由②
相続人が3か月以内に相続放棄をしなかったとき
相続放棄は、自己のために相続の開始があったことを知ったときから3か月以内にしなければなりませんが、この期限を過ぎてしまうことです。3か月という期限を過ぎてしまうと、相続することを選択したと見なされ、以後、相続放棄することはできなくなります。
被相続人と疎遠で資産や負債の状況がよく分からない、ある程度の時間をかけて調査しないと相続放棄するかどうか決められないといった場合は、家庭裁判所に期間伸長の申立てをすることで、3か月という期限を延ばしてもらうことができます。
「法定単純承認」の事由③
相続放棄をした後であっても、相続人が相続財産の全部または一部を隠匿し、ひそかにこれを消費し、または悪意でこれを相続財産の目録中に記載しなかったとき
相続放棄をした後であっても、相続人が相続財産を隠してしまったり、相続債権者に不利益を与える意思で使ってしまったりした場合のことです。このような場合には、いったんは適法に受理された相続放棄の効力が認められなくなり、結果として相続放棄できないこととなります。
生命保険金を受け取ることは「法定単純承認」にあたるのか?
それでは、相続人が、被相続人のかけていた生命保険から保険金を受け取ってしまったら、「法定単純承認」となって、以後、相続放棄ができなくなってしまうのでしょうか?
上記の「法定単純承認」の事由①の、「相続人が相続財産の全部または一部を処分した場合」が問題になりそうです。
生命保険金は「相続財産」なのか?
そもそも、生命保険金は被相続人の遺産、すなわち「相続財産」といえるのでしょうか。
相続の場面では、「相続財産」と「固有財産」をしっかり分けて考える必要があります。
「相続財産」(=遺産)は、
■被相続人が有していた不動産・動産(自動車も含みます)
■被相続人が有していた現金・預貯金
■被相続人が有していた株式・投資信託
■被相続人が有していた債権(税金や介護保険料などの還付金も含みます)
など、被相続人が権利の主体となって有していた一切のものです。
これに対して、「固有財産」は、遺族や相続人がその固有の権利に基づいて取得する財産です。
遺族年金や健康保険組合から支給される弔慰金などがその典型です。
「固有財産」は、「相続財産」とは別個の財産ですから、これらを受け取ったからといって「相続財産」を受け取った(または処分した)ことにはなりません。
また、相続放棄をした後は、当然「相続財産」は受け取ることができなくなりますが、「固有財産」については変わらずに受け取ることができます。
では、生命保険金は、「相続財産」と「固有財産」のどちらなのでしょうか。
結論は、死亡保険金の「受取人」が誰に指定されているかによって変わってきます。
「受取人」が被相続人に指定されている場合
この場合は、その生命保険金を受け取る権利があるのは被相続人、すなわち、被相続人が権利の主体となって有していた財産の一種ですから、これは「相続財産」にあたります。
従って、このような生命保険金を相続人が受け取ると、「相続財産」を受け取ったことになり、受け取った保険金を使えば「相続財産」を「処分」したことになります。
こうなると、「法定単純承認」となって、以後、相続放棄はできないことになります。
「受取人」が相続人に指定されている場合
この場合は、その生命保険金を受け取る権利があるのは指定された相続人、すなわち、相続人が固有の権利に基づいて取得する財産ですから、これは「固有財産」にあたります。
従って、このような生命保険金を相続人が受け取ったとしても、「相続財産」を受け取ったことにはならず、受け取った保険金を使っても「相続財産」を「処分」したことにはなりません。
つまり、この場合は「法定単純承認」にはならず、生命保険金を受け取った後でも相続放棄することができるのです。
「受取人」の指定がない場合は?
以上のほか、生命保険金の「受取人」が特定の人に指定されていないケースもあります。
このような場合は、生命保険金が「相続財産」になるか「固有財産」になるかは当該保険契約の約款の内容によりますので、約款をよく確認して下さい。
「受取人」が「法定相続人」と定められていれば、相続人固有の権利に基づいて取得する財産であり、「固有財産」と言えるでしょう。
生命保険の解約返戻金の取扱い
以上、被相続人の死亡によって支払われる生命保険金の話をしてきましたが、解約返戻金はどうでしょうか?
被相続人が保険の契約者であり、保険料を支払い続けてきたものの、生前に保険が解約されているなどして未受領の返戻金がある、といった場合のことです。
この場合、解約返戻金を受け取る権利があるのは契約者であった被相続人、すなわち、被相続人が権利の主体となって有していた財産の一種ですから、これは「相続財産」にあたります。
従って、相続人がこの解約返戻金を受け取って使ってしまうと、「相続財産」を「処分」したことになり、「法定単純承認」となって、以後、相続放棄することができなくなりますので、注意が必要です。