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部品等の製造を下請事業者に委託する際に、自社が所有する金型を預けることは良くあります。ただし、その金型を下請事業者に保管させ続けると、下請法違反となることがあります。公正取引委員会の勧告事例をもとに解説します。
1 型取引には要注意?
製造業においては、部品等の製造を下請事業者に委託する際に、自社が所有するその部品用の金型や木型を下請事業者に預けて製造させる(もしくは金型から製造させる)ということがよくあります。
こういった下請契約自体が違法ということではありませんが、金型等の扱いについては、気を付けないと下請法違反となることがあります。
以下、具体例として令和6年3月の勧告事例を紹介します。
2 ニデックテクノモータ株式会社のケース
ニデックテクノモータ株式会社(以下「ニデックテクノモータ」とします。)は、「ニデックってなんなのさ?」というCMで少し前に話題になったニデック株式会社の子会社で、家庭用モータや産業用モータの開発、製造、販売をしている会社です。
ニデックテクノモータは、その自社が製造販売する産業用モータの部品の製造を、下請事業者に委託していました。
その際に、自社等が所有する金型・木型・樹脂型・治具・部品の製造用の設備を、下請事業者に貸与していたということです。
ここまでは、まったく問題のない下請取引です。
しかしながら、これらの金型等のうち下請事業者44社に預けていた計600個程度について、遅くとも令和4年5月1日には、次回以降の具体的な発注時期を示せない状態になっていました。
つまり、使う(使わせる)予定のないモノが、下請事業者の手元にあることになります。通常は、下請契約が終われば(発注が終われば)、下請事業者としてはその金型等を手元に置いておく理由がありません。所有者であるニデックテクノモータ等に引き取ってもらうか、廃棄するのが筋です。
それにもかかわらず、ニデックテクノモータは、引き続きそれらの金型等を無償で保管させると共に、現状確認等のための棚卸し作業を年2回も行わせていました。
保管にはコストがかかります。また、棚卸し作業も人工を割いて行うのですから、やはりコストがかかっています。
ニデックテクノモータはこれを無償でさせていたのですから、本来所有者であるニデックテクノモータ等が支払うべきだった保管や管理の経済的コストを、下請事業者が(無償で)提供していたということになります。
このことが、下請法の「不当な経済上の利益の提供要請の禁止」に該当し下請法違反となるとして、令和6年3月25日、公正取引委員会はニデックテクノモータに勧告を行いました。
なお、ニデックテクノモータは、すでに上記の600個の金型等については全て回収または廃棄をしており、金型等の保管料・棚卸し作業料として相当額を下請事業者らに支払ったということです。
支払総額は1812万4480円にもなるということなので、いかに大きな負担を下請事業者に強いていたのかということが分かります。
参考:公正取引委員会HP「(令和6年3月25日)ニデックテクノモータ株式会社に対する勧告について」
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/mar/240325_kinki_shitauke.html
3 「不当な経済上の利益の提供要請の禁止」とは
下請法第4条2項3号は、親事業者による不当な経済上の利益の提供要請を禁止しています。
下請法第4条第2項
親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、次の各号(役務提供委託をした場合にあつては、第一号を除く。)に掲げる行為をすることによつて、下請事業者の利益を不当に害してはならない。
3号
自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること。
例えば、協賛金の名のもとに金銭を徴収することや、従業員を無償で派遣させることなどは、この「金銭、役務その他の経済上の利益」に当たるとされています。
ほかの類型としては、商品を展示用またはサンプル用として無償で提供させたり、知的財産権の譲渡を取り決めていない番組未使用部分の映像素材を無償で譲渡させたり、貨物運送を委託した際に委託内容に含まれない荷物まで積み下ろし作業をさせたりといったことが挙げられます。
今回のテーマである型取引に関連するところでいえば、上記のニデックテクノモータのケースで紹介した金型等を無償で保管させたり、管理させたりすることも本規定違反となりますし、金型の製造から委託した場合に、その金型の設計図を提供させる契約では無かったにもかかわらず、金型だけでなく設計図も提供するように要請することなども、本規定違反となります。
なお、ここで下請法違反となるのは、あくまで「不当な」経済上の利益の提供要請です。
例え無償で従業員を派遣させていたとしても、その派遣により、下請事業者が得をする(負担するコスト以上の見返りがある)ことが事前に明確に示されており、その上で下請事業者が派遣を決めたのであれば、それは「不当な」経済上の利益の提供とはならないとされています。
ただし、こういったケースは稀であり、例外的なもののように思います。
基本的には、対価を払わずに何かをさせる・何かを提供させることは、本規定違反となる可能性があると考えた方が良いと思われます。
4 公正取引委員会も注視していた型取引
少し話が変わりますが、令和6年6月5日、公正取引委員会は「令和5年度における下請法の運用状況及び中小事業者等の取引公正化に向けた取組」という資料を公開しました。
これは、公正取引委員会が毎年発表している、前年度の下請法に関する調査や勧告・指導等の情報をまとめたものです。
今年は、親事業者8万名、下請事業者33万名の計41万名を調査対象として、定期調査を実施したということです。
昨年の計37万名、一昨年の計36万5000名と比べて大幅に調査対象数が増加していますが、これは情報サービス業・道路貨物運送業・金属製品製造業・生産用機械器具製造業・輸送用機械器具製造業の5業種や価格転嫁に関して違反行為が多く認められた業種、フリーランスとの取引が見込まれる業種などと、「令和4年度定期調査で金型取引が認められた業種」について、重点的に調査するため、調査対象を増やしたからであるとしています。
また、本発表資料の第1「2 下請法違反被疑事件の処理状況」⑴(オ)では、「金型に関連する下請法違反実例」と題して、金型取引に関して、公正取引委員会が不適切な取引事案については「厳正に対処する」と述べており、令和5年度には3件の勧告を行ったことが述べられています。
上記のとおり、本発表資料では、型取引(特に金型の取引)に関して特筆して述べられている部分があります。
すなわち、公正取引委員会としては、少なくとも令和5年度については、金型取引の適正化に対して強い関心を持って調査・指導等を行ってきたということです。残念ながら適正ではない取引が多かったために、公正取引委員会としても見過ごせなかったということでしょう。
上記のニデックテクノモータのケースや、下記で述べる他の型取引に関する勧告事例を参考に、ご自身の関わる型取引が適正なものであるかどうか、一度ご検討頂けると良いと思います。
5 型取引に関する勧告事例
⑴ 岡野バルブ製造株式会社のケース(令和5年3月)
岡野バルブ製造株式会社(以下「岡野バルブ製造」とします。)は、福岡県北九州市にある発電用バルブの製造・保守などを手掛ける会社です。
岡野バルブ製造は、下請事業者に対して、自社が販売する発電用バルブの部品の製造委託をしていました。下請事業者には、自社が所有する木型・金型を貸与して、製造をしてもらっていたようです。
このうち、合計330個の木型・金型については、これを用いて製造する部品の発注が長期間ありませんでした。
このような状況でありながら、遅くとも令和3年8月1日から、令和4年12月6日までの間、岡野バルブ製造は、下請事業者に対し、引き続き無償で木型・金型を保管させていたということです。
このことが、下請法の「不当な経済上の利益の提供要請の禁止」に該当し下請法違反となるとして、令和5年3月16日、公正取引委員会は岡野バルブ製造に対して勧告を行いました。
なお、この岡野バルブ製造のケースが、型の無償保管要請についての初の勧告事案だということです。
参考:公正取引委員会HP「(令和5年3月16日)岡野バルブ製造株式会社に対する勧告について」
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2023/mar/230316_kyusyushitauke.html
⑵ サンケン電気株式会社のケース(令和5年11月)
サンケン電気株式会社(以下「サンケン電気」とします。)は埼玉県新座市にある電子部品、デバイス、電子回路の製造および販売や電子機械器具の製造および販売等を手掛ける会社です。
サンケン電気は、下請事業者に対して、自社が販売する又は製造を請け負っているパワー半導体製品の部品や附属品について、製造を委託していました。
下請事業者には、自社が所有する金型を貸し出して製造してもらっていたところ、計386個の金型については、遅くとも令和3年7月1日から2年4か月弱程度の期間、次回以降の具体的な発注時期を示せない状態になっていました。一部の下請事業者からは、長期間発注が無いため、廃棄したいとの要望も出ていたとのことです。
しかし、サンケン電気は、引き続き無償で金型を保管させると共に、現状確認等のための棚卸し作業を年2回も行わせていました。
図式としてはニデックテクノモータのケースとほとんど同じですね。
このことが、下請法の「不当な経済上の利益の提供要請の禁止」に該当し下請法違反となるとして、令和5年11月30日、公正取引委員会はサンケン電気に対して勧告を行いました。
なお、サンケン電気は、すでに上記386個の金型のうち167個については廃棄しており、また金型の保管料・棚卸し作業料として相当額を下請事業者らに支払ったということです。
参考:公正取引委員会HP「(令和5年11月30日)サンケン電気株式会社に対する勧告について」
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2023/nov/231130_sankendenki.html
⑶ サンデン株式会社のケース(令和6年2月)
サンデン株式会社(以下「サンデン」とします。)は群馬県伊勢崎市にある自動車の空調システムや自動車空調用のコンプレッサーの製造販売を手掛ける会社です。
サンデンは、下請事業者に対して、自社が販売する又は製造を請け負っている自動車空調システム及び自動車空調用のコンプレッサーの部品もしくは附属品について、製造を委託していました。
下請事業者には、自社が所有する金型や治具を貸し出して製造してもらっていたところ、そのうちの下請事業者計61名に貸し出していた計4220個の金型については、遅くとも令和4年1月1日以降、当該金型等を使用して製造する部品・附属品の発注が長期間行われていない状況になっていました。
このことが、下請法の「不当な経済上の利益の提供要請の禁止」に該当し下請法違反となるとして、令和6年2月28日、公正取引委員会はサンデンに対して勧告を行いました。
なお、サンデンは、上記4220個の金型等のうち2458個についてはすでに廃棄しており、また193個の金型等については、その保管料に相当する金額の一部を下請事業者らに支払っているということです。
勧告では、金型等の保管料相当額を速やかに支払うことなどが求められています。
参考:公正取引委員会HP「(令和6年2月28日)サンデン株式会社に対する勧告について」
https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2024/feb/240228_Sanden.html
6 まとめ
いかがだったでしょうか。
特に製造業においては、部品等の製造を下請事業者に委託する際に、自社が所有するその部品用の金型や木型を下請事業者に預けて製造させる(もしくは金型から製造させる)ということは頻繁に行われていることですが、その金型等を正当な対価を支払わずに保管・管理させてしまうと、下請法違反となることがあります。
特に最近では、公正取引委員会や中小企業庁などが問題視して、勧告や指導を積極的に行っていたようですから、ご自身の型取引が適正な状況であるかどうか、一度ご検討頂くと良いと思います。
なお、中小企業庁が、金型取引一般に関して「型を用いて製品を製造する全ての事業者の皆様方へ」という資料を公表しています。上記で扱ったケースは型取引の一類型(この資料でいうと、おそらく「類型B」に当たります。)に過ぎません。他の類型の型取引も適正に実施されるよう、これらの資料も参考にされて下さい。