下請法は、当初の委託内容に含まれていない追加的な作業や成果を無償で求める「不当なやり直し」を禁止しています。どのような行為が「不当なやり直しの禁止」に当たるのか、最新の勧告事例であるカバー株式会社の勧告事例等を交えて解説します。

不当なやり直しの禁止とは

下請法が親事業者に対して禁止している11の行為の中に、「不当な給付内容の変更及び不当なやり直しの禁止」というものがあります(下請法第4条2項4号)。

今回は、この内の「不当なやり直しの禁止」を取り上げたいと思います。

下請法第4条2項
親事業者は、下請事業者に対し製造委託等をした場合は、次の各号(役務提供委託をした場合にあつては、第一号を除く。)に掲げる行為をすることによつて、下請事業者の利益を不当に害してはならない。

4号
下請事業者の責めに帰すべき理由がないのに、・・・下請事業者の給付を受領した後に(役務提供委託の場合は、下請事業者がその委託を受けた役務の提供をした後に)給付をやり直させること。

引用元:https://laws.e-gov.go.jp/law/331AC0000000120/

上記の条文を見ると分かる通り、不当なやり直しの禁止とは、「下請事業者の責に帰すべき理由がないのに」「下請事業者の給付を受領した後に」その給付のやり直しをさせることを禁止している規定です。

「下請事業者の責に帰すべき理由がないのに」とは、ざっくりといえば、下請事業者が委託内容と異なった仕事をしたわけではないのに、とか、下請事業者が作製した商品に瑕疵がないのに、といった意味です。

下請事業者がきちんと契約を履行し、商品を納入したにも関わらず、何らかの理由によって作り直し・やり直しをさせた場合、下請事業者からみれば、委託された内容に含まれていない作業をしなくてはならず、費用負担も生じます。

そうすると下請事業者の利益が損なわれてしまうため、これを防止するために、不当なやり直しの禁止が定められているのです。

ちなみに、下請事業者から給付を受領する「前」に、下請事業者の給付の内容を変更させることは、「不当な給付内容の変更」として同じく第4条2項4号の条文で禁止されています。

給付の前か後かで、禁止されている内容が少し違いますので、注意が必要です。

この不当な給付内容の変更の場合も、上記の不当なやり直しの禁止と同様、それまでに行った作業が無駄になり、別の作業が必要になるなど、下請事業者に時間・労力・費用等の負担が生じるものです(なお、給付前に発注を取り消すことも「給付内容の変更」に含まれます。)。

そのため、下請事業者の利益の保護のために禁止されているのです。

3条書面と「不当なやり直し」の関係

上記の通り、不当なやり直しには、「下請事業者の責に帰すべき理由がない」場合にやり直しをさせることが該当します。

したがって、下請事業者が契約内容に沿った仕事をしなかった場合には、そのやり直しを求めても「不当」とは言えず、本条違反にはなりません。

では何をもって契約内容に沿っていると考えるのかというと……

これにはいわゆる3条書面が関わってきます。

3条書面とは、下請法第3条によって契約時に親事業者が交付しなければならないとされている書面のことです。

この3条書面には、記載しなくてはならない事項がたくさんあります。

中でも本件に関わる重要な項目は「下請事業者の給付の内容」です。

すなわち、下請事業者との間で下請法の適用がある契約を締結する際には、その契約のときに、「下請事業者の給付の内容」を明記した書面の交付が必要であるということです。

この「給付の内容」とは、下請事業者からすれば、自分が目指すべきゴールのようなものです。この内容を実現してこそ、下請事業者はその契約上の義務を果たしたといえます。

そのため、3条書面に記載すべき「給付の内容」は、下請事業者が作製・提供する委託の内容が分かるように、その規格や仕様などを明確に記載しなければならないとされています(なお、品目などでその内容が特定できるのであれば、それで良いと考えられます。)。

そして「やり直し」が問題になる場面では、下請事業者から給付された内容が、この3条書面に記載されている「給付の内容」と合致しているか判断するということになります。

3条書面に記載されている「給付の内容」と合致していないのであれば、下請事業者がきちんと契約を履行していないということになり、「下請事業者の責に帰すべき理由」があるといえ、やり直しを求めても「不当」とは言えません。

逆に、3条書面の記載の通りの給付があったのであれば、やり直しを求めることは、落ち度の無い相手方に契約に無いことをさせることになるため、「不当」ということになります(なお、親事業者が相当の費用負担をする場合には、下請事業者の利益は害されませんから、「不当」には当たらないことになります。)。

このように、「不当なやり直しの禁止」を考える上では、3条書面の「下請事業者の給付の内容」の記載がとても重要ということになります。

「不当なやり直しの禁止」に関する最新の勧告事例

それでは、以下2つ、具体的な勧告事例を紹介いたしましょう。

どちらも令和6年に公表された最新の勧告事例です。

⑴ カバー株式会社に対する勧告

令和6年10月25日、公正取引委員会は、カバー株式会社(以下「カバー」とします。)に対して、カバーが「不当なやり直しの禁止」に違反したとして、勧告を行いました。

ちなみに、今回、カバーには「下請代金の支払遅延の禁止」(第4条1項2号)の違反行為もあったようです。この件については勧告ではなく「指導」を行ったとのことでした。

「指導」のケースは、通常は勧告事例のように企業名等は公表されないのですが、今回上記勧告と合わせて行われたということで、公表されているようです。

この記事では、「勧告」が行われた「不当なやり直しの禁止」にかかわる部分だけ取り扱います。

参照:公正取引委員会HP「(令和6年10月25日)カバー株式会社に対する勧告等について」

カバーは2016年に設立された比較的新しい会社で、その主な事業内容も、昨今流行りの「VTuber」を取り扱う、かなり現代的な会社です。

VTuberとは、バーチャルYouTuberの略で、通常のユーチューバーが、テレビに映るのタレントのように自身の顔や姿を映した動画をユーチューブ等に投稿しているのに対し、Vチューバ―は「バーチャル(仮想・架空)」であるキャラクターの姿を動かして動画を作成し、YouTube等に投稿する人のことを指します。

このVTuberが所属する大手プロダクション「ホロライブプロダクション」を運営しているのが、このカバーという会社になります。

VTuberの用いるキャラクターは、2D(平面)のことも3D(立体)のこともありますが、多くの場合は、WebカメラやVR機器などを使い、生身の人間の動きにあわせてキャラクターの表情や手足が動くようになっているようです。

リアルタイムに動かせるため、ライブ配信などでも多くのVTuberが活躍しているとのことで、その市場力・影響力の大きさが伺われます(ちなみに、カバーの資本金は2023年6月時点で9億7300万円とのことですから、下請法上の親事業者の資本金要件は容易に満たしています。)。

さて、上記の通り、VTuberの活動には、VTuberが使用するキャラクターのイラストや動画用の2D/3Dモデルが必要になります。

VTuberの中には自身でこれらを作成している人もいるとは思いますが、通常の場合は、専門業者に外注をすることになるでしょう。

カバーも、下請事業者に対して、これらのイラスト・モデルの作成を委託していました。

しかしながら、カバーは、令和4年4月から令和5年12月までの間に、下請事業者からイラストやモデルといった給付を受領した後、下請事業者に対してやり直しを求め、計23名の下請事業者に対して、合計243回のやり直しを無償でさせたとのことです。

これらのやり直しの内容は、いずれも、3条書面で示された仕様等からはその作業が必要であることが分からない内容であったということで、上記一般論で述べたような「給付の内容」に明記されていない成果・作業を求めたということが違反事実として示されています。

また、上記勧告を公表するHPでは、上記のやり直し事例のうち3つを例示として具体的に示しています。

これを読むと、納入後の検査期間が経過した後にやり直しを要求していたり、給付を受領した上「制作完了」と通知したにも関わらず、その後にやり直しを求めていたりしている事実が指摘されており、不当なやり直しの中でも悪質であるということが暗に示されているように思われます。

また、納品されたイラストやモデルは、最終的にVTuber本人が動画作成やライブ配信で使用していくわけですが、このVTuberが修正を希望しているということで、あとからやり直しを求めるということもあったようです。

下請法の違反事例では、こういった「エンドユーザーや取引先からNGが出た」という事情で下請法の禁止行為に当てはまる行為をしてしまうことが度々あります。

しかしながら、委託内容にエンドユーザー等からの要望を受けた修正というものが含まれていないのであれば、その修正を求めることは契約外の負担を下請事業者に負わせることに他なりません。

修正の必要性が見込まれるのであれば、はじめから修正に応じてもらうことも契約内容(給付内容)に盛り込み、その分の対価も織り込んだ上で、下請契約を締結する必要か、別途費用負担をして修正をお願いする必要があります。

公正取引委員会は、カバーに対して、今回明らかになった243回の無償のやり直しについて、その費用に相当する額を公正取引委員会の確認を得た上で支払うように勧告しました。

また、今回明らかになった件以外にも同様の事案があるおそれがあると考えたのか、令和4年4月1日から令和6年10月25日までの間に行われた情報成果物作成委託の下請取引について、「不当なやり直しの禁止」に当たる事例が無いかどうか調査することも求めています。

カバーとしては、多くのVTuberを抱えるプロダクションの運営会社として、誠意ある対応を求められています。

⑵ 大阪シーリング印刷株式会社に対する勧告

もうひとつ、「不当なやり直しの禁止」に違反した事例を紹介しましょう。

令和6年6月19日、公正取引委員会は、大阪シーリング印刷株式会社(以下「大阪シーリング印刷」とします。)に対して、大阪シーリング印刷が「不当なやり直しの禁止」に違反したとして、勧告を行いました。

参照:公正取引委員会HP「(令和6年6月19日)大阪シーリング印刷株式会社に対する勧告について」

大阪シーリング印刷は、その名の通り大阪市に本社を構える大手印刷会社で、シールやラベル、フィルム製品、紙製のパッケージの印刷・製造を行っています。

大阪シーリング印刷は、食品製造業者等から、食品の容器に貼るためのラベルやパッケージの印刷・製造を請け負っていました。その上で、大阪シーリング印刷は、そのラベル等のデザインの作成を、下請事業者らに委託しているということです。

なんとなく、勧告事例の内容の予測がつくのではないでしょうか。

上記カバーの事案でも少し触れましたが、この大阪シーリング印刷のケースは、親事業者の取引先(顧客)からNGが出たパターンです。

大阪シーリング印刷は、下請事業者からデザインを受領して、受入検査の上、問題無しとしました。

その後、そのデザインをラベル等に印刷して食品製造業者に納入しますが、その食品製造業者からやり直しの依頼がありました。これを受け、大阪シーリング印刷は下請事業者らにデザインのやり直しを無償でさせていたということです。

これが「不当なやり直しの禁止」に反するとして、令和6年6月、勧告が行われました。「不当なやり直しの禁止」に違反する事例としては初の勧告事例となってしまいました。

驚くべきはその回数です。令和4年4月から令和5年10月までの1年半の間に、下請事業者計36名に対して、合計2万4600回ものやり直しをさせていたというのです。

上記公正取引委員会HPからは具体的にどのような方法でやり直しを要求していたのか明らかではありませんが、以前から無償のやり直しをさせていたということで、常態化していたものと思われます。

なお、大阪シーリング印刷は、令和6年5月20日、下請事業者らに対して、デザインのやり直しの分の費用として、総額984万円を支払っているとのことです。

デザインの業界には個人事業者等、零細な事業者も多い傾向にありますから、支払われるべき時期に費用が支払われないということは、金額以上の悪影響があったかもしれません。

今後、同様の不当なやり直し事案が無くなっていくことが期待されます。

まとめ

以上、最新の勧告事例を交えて、「不当なやり直しの禁止」について解説しました。

「やり直し」というとゼロから作り直し、というイメージもあるかもしれませんが、下請法の「不当なやり直しの禁止」における「やり直し」は、給付に関して、契約上盛り込まれていない追加の作業をさせることを指します。

そのため、前述の作り直しというものも含まれますし、いわゆるブラッシュアップのような、品質を上げるための調整・修正なども含まれることになります。

そう考えると、「実は発注書面に明記していない修正作業をさせていた…」というケースも身近にあり得るのではないでしょうか。

下請事業者に給付させるものは全て3条書面に明記する、価格に反映させる
3条書面に明記できなかった修正等の「やり直し」をしてもらう場合には、その分の費用を負担する

という2点に気を付ければ、この「不当なやり直しの禁止」に違反することは避けられるものと思われます。

下請事業者のサービス精神やプロ意識に依存することなく、適切な下請取引を心掛けるようにしましょう。

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■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 木村 綾菜

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