地主の相続では、遺産の中に流動資産が少なく、相続人が納税資金の捻出に苦労したり、「負動産」の押し付け合いになって遺産分割が難航したりすることがあります。
本稿では、多数の不動産を所有する地主の相続について、注意点と対策を弁護士が解説します。
地主の相続は大変なのか?
地主の相続というと、「資産家の相続で羨ましい」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、多数の不動産を所有している地主が亡くなり、相続が発生すると、相続人は、どこにどのような不動産を所有していたのか把握するだけでも大変であることに加え、
「収益性・換価性の高い物件は皆取得したがるが、その他の不動産については相続人の誰もが引き取りたがらない」
という分け方の問題や、もっと深刻な問題として、
「遺産の大部分を占めるのが不動産で、相続税の支払い原資となる流動資産がほとんどない」
ということがあります。
ここでは、地主の相続について、注意すべきポイントとその対策を紹介したいと思います。
地主の相続で注意すべきポイント
地主の相続で注意すべきポイントは、ずばり、
①遺産不動産を漏れなく把握するのが大変であること
②「負動産」の押し付け合いになるなど遺産分割が難航する可能性があること
③遺産構成のバランスによっては納税資金の用意が困難になる可能性があること
です。
以下、それぞれの対策とともに、詳しく見ていきましょう。
①遺産不動産を漏れなく把握するのが大変であること
遺産の全容を把握することが相続の出発点ですが、多数の不動産を所有していた地主が亡くなると、遺産となるべき不動産を漏れなく把握するだけでも大変な作業になることがあります。
特に、生前あまり行き来がなかった相続人だと、どこにどのような不動産があるのか皆目分からないというケースもあります。
被相続人が、相続人の誰もが知らないうちに、不動産を買い足していたとか、遠方に別荘を購入していたということもあり、そのような不動産は目録から漏れがちです。
このような場合の対策としては、
■自宅に届いている固定資産税等納税通知書から把握する
■名寄帳を取り寄せて確認する
といった方法が考えられます。
しかし、固定資産税等納税通知書では、非課税となっている不動産を取りこぼす可能性がありますし、名寄帳は市区町村ごとなので、被相続人が縁もゆかりもない場所に不動産を所有していた場合に発見できない可能性があります。
つまり、残念ながら、万全とは言えないのです。
この点、令和8年2月2日から導入される「所有不動産記録証明制度」(仮称)を利用すれば、被相続人が所有していた不動産を全国一括で調べることができるようになります。
この制度が導入されれば、地主の相続における不動産の探索はぐっと楽になります。
②「負動産」の押し付け合いになるなど遺産分割が難航する可能性があること
地主は実家である土地建物の他、多数の不動産を所有していることが多いですから、相続の場面ではその分け方をめぐっても問題が生じるケースが多いものです。
例えば、定期的な賃料収入が見込める収益物件や、立地場所などの諸条件が良く、高額での売却が見込める物件については、取得を希望する相続人が複数いるものの、維持管理に手間のかかる田畑などの農地や山林、諸条件が悪くて売れそうもない物件は、誰も取得したがらない―――まさに、「負動産」の押し付け合いの様相を呈してしまって、話が前に進まなくなるのです。
また、実家を継いでいる相続人がいる場合は、その相続人が実家の土地建物を取得するのはよいとしても、その他の不動産については引き受け手が決まらないということもあります。
このような場合の対策としては、
■生前に遺言書を作成し、誰にどの不動産を取得させるか予め決めておく
のが有効です。
その際、取得させる不動産の価値や、維持管理にかかる費用・労力の面で、相続人間に大きな差が生じないよう配慮しておくことも重要です。
合理的な理由もないのに、ある特定の相続人にだけ好条件の物件ばかり取得させるような内容の遺言書だと、遺留分侵害の問題に発展したり、相続人間に根深い亀裂を生じたりする結果となりますので、注意が必要です。
③遺産構成のバランスによっては納税資金の用意が困難になる可能性がある
さらに、地主の相続で最も困るのが、
「遺産の大部分を占めるのが不動産で、相続税の支払い原資となる流動資産がほとんどない」
というケースです。
相続税は、原則として、相続開始から10か月以内に、現金で支払う必要があります。
しかも、すぐ売れる不動産ばかりとは限りませんから、遺産の中から納税資金が捻出できないとなると、相続人は、最悪、自己資金から相続税を支払わなければならなくなるかもしれません。
このような場合の対策としては、大きく、「生前の節税対策」と「相続発生後の納税資金対策」の2つに分かれます。
生前の節税対策
こちらは、納税資金の確保を考える前に、課税される相続税そのものを少なくするための対策です。
■養子縁組で基礎控除計算の頭数を増やす
皆さんもご存じのとおり、相続税の基礎控除の計算式は、
3000万円+600万円×法定相続人の数
です。
このため、被相続人が生前に養子縁組をすることで法定相続人の頭数を増やし、基礎控除の枠を大きくすることが可能です。
ただし、そもそも当事者間に縁組の意思がなく、節税目的のためだけに形だけ養子縁組したのでは、税務上無効とされる可能性があります。
また、当然ながら養子は相続人となりますので、他の相続人からすれば、その分、自分達の法定相続分の割合が減少することを意味します。
予期せぬ養子の登場で、その後の遺産分割が紛糾するようでは本末転倒ですから、養子縁組をする際には、他の相続人にも配慮して、慎重に進めることが重要です。
なお、相続税の基礎控除の計算において、法定相続人として認められる養子の人数には制限があります。
実子がいる場合は1人まで、実子がいない場合には2人までです。
これを超える人数と養子縁組をしても基礎控除の計算には入れられず、節税効果はありません。
■空いている土地に賃貸物件を建てる
賃貸物件が建っている土地の評価額は、税務上、更地の評価額より2割ほど低く評価されます。
そこで、空いている土地に賃貸用のアパートやマンションを建てて、相続税算定の基礎となる物件(土地)の評価額を低くするという方法です。
もっとも、賃貸物件を保有することは、管理会社を間に入れるにせよ、その経営の負担を背負うことに他なりません。
いくら節税のためとはいえ、空いている土地に無計画に賃貸用物件を建築する、ということはやめた方がよいでしょう。
■生命保険の非課税枠を活用する
こちらは「生前の節税対策」というよりは、「生前にできる納税資金対策」です。
生命保険金は500万円×法定相続人の数まで非課税となりますので、例えば、法定相続人の数が3人であれば、生前に、500万円×3本の生命保険に加入しておくのです。
受取人を特定の相続人に指定した生命保険は、原則として遺産にはなりませんので、他の相続人との間で遺産分割がまとまらない間であっても、その特定の相続人が自分の財産として受け取ることができます。
つまり、上の例だと、500万円×3本=1500万円が流動資産として相続人の手元に来る計算となり、これを相続税支払いの原資に充てることができるというわけです。
相続発生後の納税資金対策
相続発生後に納税資金を確保するための対策としては、次のような方法があります。
■相続した不動産を売却する
もっともストレートな方法として、相続した土地・建物を売却し、その売却代金を相続税の納税資金に充てるというものです。
しかし、すでに述べたように、相続税は相続開始から10か月以内に申告・納税しなければならないのに対し、相続した不動産が必ずしも早期に、好条件で売れるとは限りません。
また、「遺言書がなく、遺産分割をしないといけない状態なのに、他の相続人との話し合いがまとまらず、かつ、当面の納税資金の確保のために特定の物件を売却することにつき一部の相続人が同意してくれない」となると、残念ながら、売却自体ができません。
■金融機関から融資を受ける
遺産の中の流動資産が乏しく、手元の自己資金も心もとないという場合は、金融機関から納税資金を借りる、というのも一つの方法です。
ただし、融資である以上、利息の支払いが発生しますので、相続税の延納の場合と比較して、支払い総額において不利にならないように注意が必要です。
■相続税の延納を申請する
相続税の支払いは一括が原則ですが、税務署に申請してその許可を受ければ、「延納」(分割払い)が認められることがあります。
ただ、延納は単に申請すれば認められるというわけではなく、
- 相続税額が10万円を超えること
- 金銭で納付することを困難とする事由があり、かつ、その納付を困難とする金額の範囲内であること
- 延納税額及び利子税の額に相当する担保を提供すること
といった要件を満たす必要があります。
分割払いの期間は5年~20年です(遺産の構成割合や対象となる遺産によって変わります)。
なお、期限の猶予を与えてもらう以上、延納には利子税がかかります。
利子税の税率は、遺産の構成割合や対象となる遺産によって異なりますが、令和6年は、1.2%~6.0%(延納利子税割合・年割合)、0.1%~0.7%(特例割合)です。
■相続税の物納を認めてもらう
相続税は金銭で納付することが原則ですが、どうにも資金が工面できず、延納でも支払うことができない場合には、税務署に申請してその許可を受ければ「物納」(不動産や株式、高価な動産などを現物の形で納める)が認められることがあります。
物納を申請するためには、「延納によっても金銭で納付することを困難とする事由があり、かつ、その納付を困難とする金額を限度としていること」が必要です。
また、不動産の場合は、
- 担保権が設定されているもの
- 権利の帰属について争いがあるもの
- 境界が明らかでない土地
- 隣接する不動産の所有者その他の者との争訟によらなければ通常の使用ができないと見込まれるもの
- 他の土地に囲まれて公道に通じない土地で民法第210条(公道に至るための他の土地の通行権)の規定による通行権の内容が明確でないもの
- その管理または処分を行うために要する費用の額がその収納価額と比較して過大となると見込まれる不動産
など一定のものは、物納することができません。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、17名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。