
交通事故に遭われた際、ご自身の過失が全くない「10対0」であれば話は単純ですが、残念ながらご自身にもわずかな過失(1割)があるとされる「9対1」の事故も少なくありません。
「相手が9割も悪いのだから、十分な補償を受けられるはず」とお考えになるかもしれませんが、実はこの「1割の過失」が、示談金(損害賠償金)の計算や受け取り方に影響を与えることがあります。
本コラムでは、弁護士の立場から、過失割合9対1の事故における示談金の計算方法、慰謝料の相場、そして注意すべき点について、具体的な事例や金額を交えながら分かりやすく解説します。適正な示談金を獲得するためにも、ぜひご一読ください。
1. 物的損害(車の修理費など)の示談金計算方法

9対1の事故では、ご自身の車の修理費全額が相手から支払われるわけではありません。お互いの損害額に、それぞれの過失割合を掛けた金額を、互いに請求し合う形(損益相殺)で精算されます。
【計算例】
- あなたの車の修理費(被害者):30万円
- 相手の車の修理費(加害者):100万円
- あなたの過失割合:1割 (10%)
- 相手の過失割合:9割 (90%)
この場合、
- 相手があなたに支払う金額:あなたの修理費 30万円 × 相手の過失 90% = 27万円(①)
- あなたが相手に支払う金額:相手の修理費 100万円 × あなたの過失 10% = 10万円(②)
したがって、実際に相手からあなたに支払われる金額は、①から②を差し引いた(相殺した)17万円となります。
ご自身の修理費30万円のうち、13万円(修理費30万円 – 受取額17万円)は自己負担となる計算です(車両保険に加入していれば、保険でカバーできる場合があります)。
相手の修理の方が高いという極端な例ですが、実際に、こうしてケースもあります。
なお、相殺ではなく、それぞれもらうということもできます。つまり、あなたは27万円を相手からもらい、相手に払う10万円は、「対物保険」を使用します。次の更新時に、保険料が値上がりしてしまう可能性はありますが、保険によって支払うことも検討してください。
相殺か、相互払い(クロス払い)のどちらが良いかは、ケースによりますので、弁護士や保険会社とよく相談する必要があります。
2. 人的損害(治療費、慰謝料など)の示談金計算方法

お怪我をされた場合の人的損害については、物的損害とは異なり、単純な相殺計算ではありません。
まず、あなたの損害の総額(治療費、休業損害、慰謝料など)を算出し、そこからあなたの過失割合である10%を減額した金額を、相手(の保険会社)に請求することになります。
計算式:{ (治療費 + 休業損害 + 慰謝料など) の総額 } × (1 – あなたの過失割合 0.1) = 請求可能額
慰謝料について(9:1の過失の場合)
慰謝料の計算には、自賠責保険基準、任意保険基準、そして弁護士基準(裁判基準)の3つの基準がありますが、弁護士が介入した場合や裁判になった場合は、最も高額となる傾向にある弁護士基準で計算します。以下では、この弁護士基準に基づいた慰謝料相場を解説します。
むちうちの場合の入通院慰謝料(弁護士基準)

比較的軽傷とされるむちうちの場合でも、弁護士基準では通院期間に応じて慰謝料が認められます。
・通院期間3ヶ月の場合:基準額 約53万円
- 9対1の場合の請求額:53万円 × (1 – 0.1) = 約47.7万円
・通院期間6ヶ月の場合:基準額 約89万円
- 9対1の場合の請求額:89万円 × (1 – 0.1) = 約80.1万円
※上記は通院のみの場合の目安です。入院期間があればさらに増額されます。
骨折等の重傷の場合の入通院慰謝料(弁護士基準)
骨折など、むちうちより重い怪我の場合は、より高額な慰謝料基準が適用されます。
- 通院期間6ヶ月の場合:基準額 約116万円
- 9対1の場合の請求額:116万円 × (1 – 0.1) = 約104.4万円
- 通院期間1年の場合:基準額 約154万円
- 9対1の場合の請求額:154万円 × (1 – 0.1) = 約138.6万円
※上記は通院のみの場合の目安です。入院期間があればさらに増額されます。
後遺障害慰謝料の相場(弁護士基準)

交通事故に遭って治療しても、残念ながら体に痛みが残ってしまうことがあるかと思います。
それは、「後遺障害(後遺症)」と呼ばれます。
後遺障害(後遺症)とは、治療しても完治せず、「症状固定」(治療してもこれ以上は状態が変わらない段階)の段階で体に不具合が残ることをいいます。
後遺障害には1級から14級までの決められた等級があり、この等級によって損害賠償の額が大きく変わってきます(1級が一番重く、14級が一番軽い)。つまり、治療を続けても症状が改善せず、後遺障害として等級認定された場合、入通院慰謝料とは別に後遺障害慰謝料が支払われます。慰謝料の基準は、以下の通りです。
後遺障害等級 | 慰謝料基準額(弁護士基準) | 9対1の場合の請求額(10%減額後) |
第14級 | 約110万円 | 約99万円 |
第12級 | 約290万円 | 約261万円 |
第10級 | 約550万円 | 約495万円 |
第8級 | 約830万円 | 約747万円 |
第5級 | 約1,400万円 | 約1,260万円 |
第1級 | 約2,800万円 | 約2,520万円 |
※等級が上がるほど(数字が小さくなるほど)重い後遺障害となり、慰謝料も高額になります。
死亡慰謝料の相場(弁護士基準)
残念ながら被害者の方がお亡くなりになった場合、その方の家庭での立場によって慰謝料の基準額が変わります。
死亡慰謝料は、交通事故に遭って、死亡された被害者の精神的苦痛に対する賠償です。また、死亡慰謝料には近親者に対する慰謝料も含まれています。
慰謝料金額の、一応の目安は以下の通りです(具体的な事情により増減します)。
●死亡したのが一家の支柱 2800万円
●死亡したのが母親または配偶者 2500万円
●その他 2000万円~2500万円
※その他とは、独身の男女、子供、幼児等です。
過失割合9:1の場合を以下の通りまとめました。
被害者の立場 | 慰謝料基準額(弁護士基準) | 9対1の場合の請求額(10%減額後) |
一家の支柱 | 約2,800万円 | 約2,520万円 |
母親・配偶者 | 約2,500万円 | 約2,250万円 |
その他(独身者、子供等) | 約2,000万円~2,500万円 | 約1,800万円~2,250万円 |
死亡事故について詳しくは、こちらをご参照ください。
過失9:1のときの逸失利益について

将来得られるはずだったが、後遺障害のために得られなくなってしまった収入のことを「後遺障害逸失利益」といいます。専門用語で「得べかりし利益(うべかりし利益)」とも言います。
逸失利益は、基本的には1年あたりの基礎収入に、後遺障害によって労働能力を失ってしまうことになってしまうであろう期間(労働能力喪失期間。)と、労働能力喪失率(後遺障害によって労働能力が減った分)を乗じて算定することになります。
ただし、将来もらえる金額を、一括してもらう事になるので、「中間利息」というものを控除する事になります。
中間利息の控除は、一般的にはライプニッツ式という方式で計算されます。
まとめると、後遺障害事故における逸失利益は以下の計算式によって算定されます。
1年あたりの基礎収入 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対するライプニッツ係数 |
・基礎収入⇒ 事故にあった方の事故時の収入です。
・労働能力喪失率⇒ 後遺障害によりどの程度労働ができなくなるかの率です。表により大体定型化されています。以下の載せておきます。
・労働能力喪失期間⇒ 症状固定の日から67歳までとされています。
・ライプニッツ係数⇒ 定型化されています。こちらのページで解説しています。
後遺障害 労働能力喪失表
後遺障害等級 | 労働能力喪失率 |
---|---|
第1級 | 100/100 |
第2級 | 100/100 |
第3級 | 100/100 |
第4級 | 92/100 |
第5級 | 79/100 |
第6級 | 67/100 |
第7級 | 56/100 |
第8級 | 45/100 |
第9級 | 35/100 |
第10級 | 27/100 |
第11級 | 20/100 |
第12級 | 14/100 |
第13級 | 9/100 |
第14級 | 5/100 |
後遺障害の等級認定について

後遺障害は、慰謝料等の保険金に大きな影響を及ぼします。
後遺障害の等級認定は、医師の診断書を元に損害保険料率算出機構が行いますが、被害者が考えているような認定が受けられないことがしばしばあります。
つまり、考えていたよりも低い等級で認定されてしまったり、等級がつかない「非該当」とされることもあります。
適正な後遺障害の認定を受けるためには、適切な治療を受け、適切な検査を受け、適切な行為障害の診断書を作成してもらうことは、重要です。
同じ症状でも、医師がどのような治療を選択するか、検査を選択するかは、全く違います。また、診断書の書き方も全く違います。
従って、適切な後遺障害の認定を受けるためにも、受傷直後、症状固定前から、弁護士に相談されることが重要です。
交通事故に遭われた場合、できるだけ早い段階で当事務所にご相談ください。
・法律相談料は初回無料
・10分無料電話相談実施中(お気軽にお電話ください)
・ラインでの相談無料
治療費に関する注意点

過失割合9対1の事故の場合、ご自身の治療費についても、最終的には1割分が自己負担となる可能性があります。相手方の保険会社が治療費を病院に直接支払ってくれる「一括対応」をしている場合でも、示談時に損害賠償総額から1割分が差し引かれる(過失相殺される)のが通常です。
ここで重要なのが健康保険の利用です。
自由診療で治療を受けると治療費が高額になり、自己負担分(1割)も大きくなってしまいます。
交通事故であっても、健康保険を利用することは可能です(「第三者行為による傷病届」の提出が必要)。
健康保険を使えば、自由診療に比べて治療費単価を抑えられ、結果的に自己負担額を軽減できる可能性が高まります。
相手保険会社から「健康保険は使ってください」と言われ、「なんで自分の保険を使わないといけないのか」と思う方もいらっしゃいますが、実は、トータルでみると、保険金が多くなることもあるのです。
健康保険を使う権利は被害者にあります。治療が長引きそうな場合や、過失割合に争いがある場合は、健康保険の利用を検討しましょう。
健康保険を使ったほうが良いのかどうかは、弁護士によくご相談ください。
過失割合9対1の事故の代表例

どのような場合に9対1と判断されやすいのでしょうか。いくつかの典型例を挙げます(あくまで目安であり、個別の状況によって判断は異なります)。
過失割合は、「別冊判例タイムズ38号 民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準 全訂5版」などの専門書籍にある程度類型化されていますが、実際の事故状況は様々であり、ドライブレコーダーの映像や目撃者の証言などによって割合が修正されることもあります。
1.自動車同士の9:1の事故
【状況1】 一方が優先道路を直進中、もう一方が非優先道路(一時停止標識があるなど)から交差点に進入して衝突した場合。
※優先道路ではなく、「一時停止」の場合は、8:2になる可能性が大きいです。
【状況2】道路外に出るため右折した車が直進車にぶつかった場合
【状況3】追越禁止の道路で追い越しをした車が非追越車に追突された場合
2.車とバイクの9:1の事故
【状況1】優先道路を走行していたバイクと非優先道路を走行していた車が交差点で衝突した
【状況2】一方通行違反をして交差点に差しかかった車と、直進してきたバイクが衝突した
【状況3】黄信号で交差点に進入したバイクと赤信号で進入した四輪車が衝突した
過失割合に納得がいかない場合の対処法
相手方の保険会社が提示する過失割合に納得できない場合は、安易に同意(示談)してはいけません。
- 証拠の確保: ドライブレコーダーの映像、事故現場の写真、実況見分調書(警察が作成)、目撃者の証言などが、過失割合を交渉する上で重要な証拠となります。
- 保険会社との交渉: なぜその過失割合になるのか、根拠を具体的に確認し、こちらの主張と証拠を提示して交渉します。
- 弁護士への相談: 保険会社との交渉は、専門知識がないと不利に進むことがあります。特に、提示された過失割合に疑問がある場合や、相手の主張が一方的な場合は、交通事故に詳しい弁護士に相談することをお勧めします。弁護士は、証拠に基づき、法的な観点から適切な過失割合を主張し、相手方保険会社と対等に交渉します。場合によっては、紛争処理センターへの申し立てや、訴訟(裁判)といった手段も検討します。
交通事故の過失割合は、賠償額を左右する重要な要素です。その決定プロセスを理解し、客観的な証拠(特にドライブレコーダー)がいかに大切かを知っておくことが、万が一の際に役立ちます。提示された過失割合に疑問や不満を感じた場合は、安易に合意せず、まずは証拠の確認や弁護士への相談を検討しましょう。
弁護士特約とは?弁護士費用がかからない?

【弁護士費用特約】とは、ご自身が加入している、自動車保険、火災保険、個人賠償責任保険等に付帯している特約です。
弁護士費用特約が付いている場合は、交通事故についての保険会社との交渉や損害賠償のために弁護士を依頼する費用が、加入している保険会社から支払われるものです。
被害に遭われた方は、一度、ご自身が加入している各種保険を確認してみてください。わからない場合は、保険証券等にかかれている窓口に電話で聞いてみてください。
弁護士費用特約で、自己負担一切なしのケースもあります。
弁護士特約の費用は、通常300万円までです。多くのケースでは300万円の範囲内でおさまります。
むちうち、物損事故で、費用が300万円を超えることはまず考えられません。
骨折や重傷の場合は、一部超えることもありますが、弁護士費用特約の上限(通常は300万円)を超える報酬額となった場合は、越えた分を保険金からいただくということになります。
なお、弁護士費用特約を利用して弁護士に依頼する場合、どの弁護士を選ぶかは、被害に遭われた方の自由です。
※ 保険会社によっては、保険会社の承認が必要な場合があります。
弁護士費用特約を使っても、等級は下がりません。弁護士費用特約を利用しても、等級が下がり、保険料が上がると言うことはありません。
過失があっても使えます。
弁護士費用特約は、0:10の過失割合でないと使えないと思っている方も多いのですが、被害者に過失があっても利用できます。
まずは、ご自身やご家族の入られている保険に、「弁護士特約」がついているか確認してください。火災保険に付いている事もあります。
最後に

過失割合が9対1の事故では、ご自身の過失はわずか1割ですが、示談金の計算においては無視できない影響があります。特に、慰謝料の計算においては、相手保険会社の提示額が、弁護士基準よりも大幅に低い「任意保険基準」で計算されているケースが少なくありません。
物的損害の計算方法、人的損害(特に慰謝料)の適正な相場、治療費の取り扱い、そして過失割合そのものについて、正しい知識を持つことが、適正な示談金を獲得するために不可欠です。
もし、相手方保険会社の提示内容に少しでも疑問を感じたら、示談に応じてしまう前に、ぜひ一度、交通事故問題に精通した弁護士にご相談ください。
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