令和元年12月 弁護士 赤木 誠治

第1 事案の概要
 1 当事者
X(原告)…従業員(薬剤師)としてYにて勤務していた。
Y(被告)…保険調剤薬局の運営を主たる業務とする株式会社。

 2 時系列
平成24年11月10日  Xは、Yとの間で本件雇用契約を締結
             →賃金(月額) 基本給46万1500円 業務手当10万1000円
平成25年1月21日~平成26年3月31日  
               XはYにおいて勤務し、上記賃金の支払いを受けた。
※この間の1か月あたりのXの時間外労働等の時間(全15回)
     20時間未満…2回   20時間以上30時間未満…10回    30時間以上…3回

 3 本件で出てくる各種書面の記載(概要)
(1) 本件雇用契約に係る契約書
「月額562、500円(残業手当含む)」
「給与明細書表示(月額給与461、500円 業務手当101、000円)」
(2) 採用条件確認書
「月額給与 461、500」
「業務手当 101、000 みなし時間外手当」
「時間外勤務手当の取り扱い 年収に見込み残業代を含む」
「時間外手当は、みなし残業時間を超えた場合はこの限りではない」
(3) 賃金規程
「業務手当は、一賃金支払い期において時間外労働があったものとみなして、時間手当の代わりとして支給する。」
(4) YとX以外の従業員との間で作成された確認書
「業務手当は、固定時間外労働賃金(時間外労働30時間分)として毎月支給します。一賃金計算期間における時間外労働がその時間に満たない場合であっても全額支給します。」

 4 本件で使用されていたタイムカードについて
・Yは、タイムカードを用いて従業員の労働時間を管理していた。
・タイムカードに打刻されるのは、出勤時刻と退勤時刻のみであった。
・Xは、平成25年2月3日以降は、休憩時間に30分間、業務に従事していたが、これはタイムカードで管理されていなかった。
・YからXに対して交付される毎月の給与支給明細書には、時間外労働時間や時給単価を記載する欄があったが、これらの欄はほぼすべての月で空欄だった。

第2 争点
主な争点⇒業務手当がみなし時間外手当として有効か否か。

第3 第1審および原審の判断
(1)第1審
・事実関係に照らして、Y社がXに対して給与のうち基本給が46万1500円、みなし時間外手当として支給される業務手当が10万1000円である旨を説明し、Xはこれを了解して本件雇用契約を締結した。
・本件雇用契約書や賃金規程には、業務手当が30時間分の時間外割増賃金となる旨の明示規定はないものの、Yにおいては、業務手当を30時間分の時間外手当と認定していることが認められる。
・Yの代表者によりXに対し、みなし残業時間の設定時間についても、その旨一応の説明がされていると認められる。
・みなし時間外手当に対応する時間外労働時間を超過する時間外労働については、実際にみなし時間外手当とは別に時間外手当が支払われるなど、業務手当を超える部分について、時間外手当の精算がされている。
⇒ほぼXの請求は棄却された。

(2)原審
「いわゆる定額残業代の仕組みは、定額以上の残業代の不払の原因となり、長時間労働による労働者の健康状態の悪化の要因ともなるのであって、安易にこれを認めることは、労働関係法令の趣旨を損なうこととなり適切でない。」
「定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその発生の事実を労働者が認識して直ちに支払を請求できる仕組み(発生していない場合には発生していないことを労働者が認識できる仕組み)が備わっており、これらの仕組みが雇用主により誠実に実行されており、基本給と定額残業代の金額のバランスが適切であり、その他法定の時間外手当の不払や長時間労働による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がない場合に限り、定額残業代の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなすことができると解される」

 本件についてみると、
・業務手当の性質(業務手当が何時間分の時間外手当に当たるのか)がXに伝えられていない。
・昼間の2時間半の休憩時間中の時間外労働の発生の有無を管理・調査する仕組みがないため、Xの時間外労働の合計時間を測定することができない。
・Xに時間外労働の月間合計時間や時給単価が誠実に伝えられていないため、定額の業務手当を上回る金額の時間外手当が発生しているかどうかをXが認識することができない
⇒Xの請求を広く認めた。

第4 本判決の判断
・労基法37条が求めているのは、同条ならびに政令および厚生労働省令の関係規定に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことにとどまるものと解される。
・労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではない。
・雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。

 本件についてみると、
・本件雇用契約書および採用条件確認書ならびに賃金規程の記載、X以外の各従業員とYとの間での確認書の記載から、Yの賃金体系においては、業務手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものと位置付けられていた。
・Xに支払われた業務手当は、約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当するものであり、Xの実際の時間外労働等の状況と大きくかい離するものではない。
⇒破棄差戻し

第5 まとめ
固定残業代が時間外労働等の対価として支払われたか否かの判断について、本判決では、(控訴審で示されたような)契約内容以上の要件を否定した。

(参考文献:『判例タイムズ』№1459、2019年6月号、30頁~35頁)