第1 事案の概要
1 当事者
X1およびX2…本件事故の被害者
Y…本件自動車の名義上の所有者兼使用者
A…Yの兄、本件事故の加害者
2 時系列
平成22年10月 Aが生活保護を受給し始める
平成24年3月頃 Aは自動車を購入しようと考える
→もっとも、A名義で所有すれば生活保護が受給できなくなる恐れ
→弟であるYに名義貸しを依頼
→Yはこれを承諾
平成24年3月下旬 Aは本件自動車を購入(所有者と使用者の各名義はY)
平成24年10月 Aは自己の運転する本件自動車を、X1運転・X2同乗の普通乗用自動車に追突させる本件事故を起こす
→X1とX2は負傷
なお、平成24年当時、
・YとAは、住居及び生計を別にし、疎遠であった
・Yは本件自動車を使用したことはなく、保管場所も知らなかった
・Yは本件自動車の売買代金や維持費等を負担したことも無かった
第2 争点
名義貸与の依頼を承諾して本件自動車の名義上の所有者兼使用者になったYが、本件自動車の運行について、運行供用者にあたるか否か。
第3 「運行供用者」に関する判例・通説
運行責任者の意義について(最判昭和43年9月24日民集92号369頁)
「自賠法三条にいう「自己のために自動車を運行の用に供する者」とは、自動車の使用についての支配権を有し、かつ、その使用により享受する利益が自己に帰属する者を意味する」
→「運行支配」と「運行利益」の2つの要素から判断(二元説)
第4 第1審および原審の判断
(1)第1審(岡山地裁平成29年2月3日判決)
結論……Yは本件自動車の運行供用者にあたる。
理由
・Aの自動車の管理・使用はYの名義貸与の了承の上に成り立っているというほかない。
・YはAが本件自動車を使用することについて、自動車の運行を事実上支配、管理することができる。
・名義貸与の経緯やAとの人間関係に照らせば、Yは社会通念上自動車の運行が社会に害悪をもたらさないように監視・監督すべき立場にある。
(2)原審(広島高裁平成29年10月12日判決)
結論……Yは本件自動車の運行供用者にあたらない。
理由
・Yは単なる名義貸与者にすぎない。
・Yが本件自動車の運行を事実上支配・管理していたと認めることはできない。
第4 本判決の判断
「Aは、当時、生活保護を受けており、自己の名義で本件自動車を所有すると生活保護を受けることができなくなるおそれがあると考え、本件自動車を購入する際に、弟であるYに名義貸与を依頼したというのであり、YのAに対する名義貸与は、事実上困難であったAによる本件自動車の所有及び使用を可能にし、自動車の運転に伴う危険の発生に寄与するものといえる。また、YがAの依頼を拒むことができなかったなどの事情もうかがわれない。」
「そうすると、上記…のとおりYとAとが住居及び生計を別にしていたなどの事情があったとしても、Yは、Aによる本件自動車の運行を事実上支配、管理することができ、社会通念上その運行が社会に害悪をもたらさないよう監視、監督すべき立場にあったというべきである。したがって、Yは、本件自動車の運行について、運行供用者に当たると解するのが相当である。」
第5 まとめ
本件では、Yが本件自動車の運行を事実上支配、管理できたというところから、「運行支配」が認められたと解される。
また、原則自動車を保有できない生活保護受給者への安易な名義貸しに警鐘をならすものとして、重要な意義を有する。
(『判例タイムズ』1458号、2019年5月、88頁~91頁)