第1 事案の概要
1 当事者
亡Aと亡Bが夫婦
X、Y、C、Dが亡Aと亡Bの子
2 時系列
平成20年12月 亡B死亡
→法定相続人は、亡A、X、Y、C、Dの5名
→亡AおよびDは、遺産分割調停手続において、Yに相続分を譲渡
平成22年12月 亡Bの遺産につき、遺産分割調停が成立
平成26年7月 亡A死亡
→法定相続人は、X、Y、C、Dの4名
第2 争点
本件相続分譲渡が,亡Aの相続において,その価額を遺留分算定の基礎となる財産額に算入すべき贈与(民法1044条,903条1項)に当たるか否か。
第3 第1審および原審の判断
第1審(さいたま地裁平成28年12月21日判決)
原審(東京高裁平成29年6月22日判決)
⇒相続分の譲渡は遺留分算定の基礎となる財産として加算すべき「贈与」にはあたらない。
第4 本判決の判断
・共同相続人間で相続分の譲渡がされたときは,積極財産と消極財産とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分が譲受人に移転し,相続分の譲渡に伴って個々の相続財産についての共有持分の移転も生ずるものと解される。
・そして,相続分の譲渡を受けた共同相続人は,従前から有していた相続分と上記譲渡に係る相続分とを合計した相続分を有する者として遺産分割手続等に加わり,当該遺産分割手続等において,他の共同相続人に対し、従前から有していた相続分と上記譲渡に係る相続分との合計に相当する価額の相続財産の分配を求めることができることとなる。
・このように,相続分の譲渡は,譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き,譲渡人から譲受人に対し経済的利益を合意によって移転するものということができる。遺産の分割が相続開始の時に遡ってその効力を生ずる(民法909条本文)とされていることは,以上のように解することの妨げとなるものではない。
・したがって,共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡は,譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き,上記譲渡をした者の相続において,民法903条1項に規定する「贈与」に当たる。
第5 まとめ
本争点では、以下の3点が問題になる。
①「相続分」の譲渡をもって、贈与の対象といえるような具体的な「財産」ないし「財産上の利益」の移転があるといえるか。
→相続分の譲渡に伴い、単に持分割合が移転するだけでなく、個々の相続財産の共有持分の移転も生ずるといえる。
②①が財産上の利益の移転だとしても、それは遺産分割がなされるまでの暫定的な権利義務関係の移転であり、贈与とみることはできないのではないか。
→各相続人は相続分の割合に応じて被相続人の権利義務を継承(民法899条)
→相続分の譲渡を受けた者は、自己の相続分と譲渡を受けた相続分を合わせた相続分を有する者として、遺産分割協議に参加でき、相続分に見合った価額の財産の分配を請求できる。
→効果は暫定的ではない。
③遺産の分割は、相続開始の時にさかのぼってその効果を生じるものであり(民法909条本文)、遡及効によって相続分を譲渡人は相続開始時から相続財産を取得しなかったことになるから、当該譲渡人から譲受人に対する相続分の贈与があったとすることはできないのではないか。
→909条の遡及効は擬制に過ぎない。
→相続放棄は家庭裁判所への申述等の厳格な要式行為の下で絶対的遡及効が認められているが、単なるに二当事者間の合意のみ・可能な公示手段もない相続分の譲渡がそのような強い効果を有するとも考えにくい。
(『判例時報』№2403、2019年6月21日号、48頁~55頁)