令和2年3月  弁護士 木村 綾菜

【事案の概要】

1.人物紹介










2.事実の経緯
⑴ 家族関係について
平成5年8月、XY婚姻。Yは専業主婦になった。
平成9年長女誕生、平成15年次女誕生。
Xは、婚姻期間中、海外赴任期間が長く、同居の期間もあった(⑶のX別居までの間に、合計7年4か月程度)が、基本的に単身赴任。ただし、単身赴任期間も一緒に旅行するなど夫婦関係に格別の問題は無かった。
⑵ A同居(Yによる介護)
平成21年11月14日、Xの父Aが、高齢のため一人暮らしが困難になり、Yと同居を開始した。Xはシンガポールに単身赴任中であり、Aの介護・世話はYが担当した。
Aは同居当時80歳。呼吸器障害(肺気腫)により、酸素マスクを使用したり、介護用ベッドを必要としたりする状態であり、翌年平成22年には身体障碍者手帳(呼吸機能障害等級1級)の交付、要介護2の認定を受けた。
Aは、Xに秘密で、生活費等として、Yに月額10万円を渡していた。
⑶ Xの単身赴任
X帰国後の平成23年6月11日、Xは、サマータイムの始業時間に合わせるため、サマータイム期間中のみの予定で、勤務先近くに単身赴任した。
なお、Xは、この単身赴任時には、未だ離婚の意思を有していなかった。
⑷ Xから突然の離婚の申し出
平成23年7月25日頃、Xは、Yに対して、電話で突然離婚したい旨を告げた。
Yは、Xから離婚の意図や動機の説明もなく、Aや子どもら(当時中学3年生と小学3年生)の世話のことも考えると、離婚の申し出を受け入れられなかった。
Xは、YやAが使用していた大型ミニバン車を使えないようにした。
⑸ Xによる別居・放置
Xは、上記⑶の単身赴任開始時より、7年間以上別居を続けている。
この間、Xは、子どもらの監護とAの介護をすべてYに任せたまま、離婚の理由や離婚後の生活設計の構想についての話し合いを全くしなかった。
⑹ Xに対する弁護士のアドバイス
Xは、離婚について弁護士に相談し、弁護士からのアドバイスにより、別居をある程度長期間継続すれば必ず裁判離婚が実現できるので別居を継続すること、離婚の際の財産分与の額は別居時の夫婦財産が基準となるので、Yらを住まわせていたマンションの価額の半分を分与すればよく、将来の退職金や今後の貯金を分与する必要はないこと、離婚が成立するまでは、子らと原則として合わないこと、A及びYとも原則として会わないこと、Aと子どもらの面倒を見るのは全部Yの負担とすること、月額20万円程度の婚姻費用をYに送金することを基本方針として実行することにした。
⑺ 一回目の離婚調停・訴訟と平成28年までの出来事
平成23年11月、Xは離婚調停を申し立てた(不成立)。
平成24年10月、Xは離婚訴訟を提起した(棄却。控訴も棄却。)
・婚費を月25万円とする調停成立。
・Xは、Aの希望(Xといつでも連絡が取れる携帯電話が欲しい、通院のための車が欲しい等)を、一切叶えなかった。
・Xは、訴訟で、夫婦関係は悪く別居状態にあった旨の虚偽の主張をした。
・Xは、YやAへの直接の対応をすべて拒否し、3度の転勤の事実及び転勤先における住所や連絡先をYやAに知らせなかった。たまたまXの居住先を知ったYが、Aを伴って同所を訪れたが、面会できなかった。
・Yは、変形性頚椎症、脊柱管狭窄、神経根症の診断を受けた。
・Aは、Yや子ども(孫)らの将来を心配して、Yと養子縁組をした。
同意署名を求められたXは、直接の連絡を拒絶した。
・Aは、実家の売却余剰金をYに贈与し、生命保険の保険金受取人を子ども(孫)らに変更した。
・X代理人が辞任。
⑻ A死亡
平成28年11月、A死亡。
葬儀に訪れたXは、AY間養子縁組、AのYに対する贈与、Aの保険金受取人変更等の事実を聞かされた。
⑼ 二回目の離婚調停・訴訟(本件)とXの次女学費負担拒否
平成29年1月30日、Xが離婚調停申立(不成立)。
平成29年6月6日、Xが本件訴訟を提起。婚姻費用減額調停も申立。
婚費については、同年11月1日に、①月20万円に減額、②次女の塾の費用や高校の学費等特別の出費は都度協議、③病気や事故の特別の出費は都度協議、④マンションの固定資産税をXが負担、という調停が成立。
しかし、次女の高校進学の際、Xが、次女の希望する私立高校の学費の負担を拒否し、次女は都立高校に通うこととなった。
⑽ 当事者らの現況
現在、Xの離婚の意思は強固。Yは、Xから正直に話してもらえれば、話し合いながら婚姻関係が改善していくと考えている。
長女は、就職して寮住まいであり、経済的に自立している。
次女は、Yと同居し、平成30年4月から都立高校に進学し、現在、塾代をYが負担している。
子どもらは、いずれも、Xが突然別居を開始し離婚を求めて以降、Yが苦労している状況を直接見ており、Aの介護にも協力してきたもので、両親の離婚に強く反対している。
Yは、平成29年5月に不整脈の診断を受けて、大学病院での治療を支持され、膝関節痛もある。無職であり、就業することによって体に負担がかかり、体調が悪化することが懸念されている。
Xは、現在も勤務しており、平成28年度の収入(課長職)は1112万6964円である。

【争点】
・本件における7年間の別居が「婚姻を継続し難い重大な事由」に当たるか
・本件のXからの離婚請求が信義誠実の原則に照らして許されるか
※Yから、Xが有責配偶者である旨の主張はされていない

【裁判所の判断】
原判決取消、請求棄却。

本件における7年間の別居が「婚姻を継続し難い重大な事由」に当たるか
・一般に、婚姻関係が危うくなった場合においても、離婚を求める配偶者は、まず、話し合いその他の方法により婚姻関係を維持するように努力するべきであるが、家事専業者側が離婚に反対し、かつ、家事専業者側に離婚の破綻についての有責事由がない場合には、離婚を求める配偶者にはこのような努力がより一層強く求められている。
・離婚を求める配偶者は、離婚係争中も、家事専業者側や子を精神的苦痛に追いやったり、経済的リスクの中に放り出したりしないように配慮していくべきである。
・離婚請求者側が婚姻関係維持の努力や別居中の家事専業者側への配慮を怠るという本件のような場合においては、別居期間が長期化したとしても、直ちに婚姻を継続し難い重大な事由があると判断することは困難である。


本件のXからの離婚請求が信義誠実の原則に照らして許されるか
・仮に、別居期間が7年以上に及んでいることが婚姻を継続し難い重大な事由に当たるとしても、Xの離婚請求が信義誠実の原則に照らして許容されるかどうかを、検討しなければならない。
・離婚請求が信義誠実の原則に反しないかどうかを判断するには、
①離婚請求者の離婚原因発生についての寄与の有無、態様、程度、
②相手方配偶者の婚姻継続意思及び離婚請求者に対する感情、
③離婚を認めた場合の相手方配偶者の精神的、社会的、経済的状態及び夫婦間の子の監護・教育・福祉の状況、
④別居後に形成された生活関係、
⑤時の経過がこれらの諸事情に与える影響などを考慮すべきである(有責配偶者からの離婚請求についての最高裁昭和61年(オ)第260号同62年9月2日大法廷判決・民集41巻6号1423頁の説示は、有責配偶者の主張がない場合においても、信義誠実の原則の適用一般に通用する考え方である。)。
①…Y・子どもら・病親の一方的な放置、7年以上の別居という事態は、もっぱら話し合いを一切拒絶するXに原因がある。
②…Yは非常に強い婚姻継続意思を有している。
③…専業主婦として婚姻し、職業経験に乏しいまま加齢して収入獲得能力が減衰し、YひとりでA及び子どもらの面倒を一人で見てきたことを原因とする肉体的精神的負担によるとみられる健康状態の悪化に直面しているYは、離婚を認めれば、婚姻費用分の収入と居住環境(マンション)を失い、精神的苦境及び経済的窮境に陥る。
次女についても、Yが上記のような状況に陥れば、悪影響が及ぶ。
⑤…これらの悪影響は時の経過で軽減したり解消したりしない。
・Xは、婚姻関係の危機を作出したという点において、有責配偶者に準ずるような立場にあるという点も考慮すべきである。
・養子縁組、生命保険金受取人変更、実家売却代金の贈与の事情は、Xが連絡を絶つという姿勢をとっていたことにも原因があり、Y側の信義誠実義務の原則に反する事情として評価することは不適当である。
・以上の点を総合すると、Yの離婚請求を認容して婚姻費用分担義務から解放することは正義に反するものであり、今後も引き続きYに対する婚姻費用分担義務を負い、将来の退職金や年金の一部も婚姻費用の原資としてYに給付していくべきであって、同居、協力の義務も果たしていくべきである。
(上告、上告受理申立)

参考:第1審判決
離婚請求認容。
(離婚原因の有無について)
・Xは、別居後は一貫してYとの離婚を求め、一回目の離婚訴訟で敗訴しても離婚の意思は変わらず、夫婦関係の改善も図られることのないままであり、YがXの了承を得ることなくAと養子縁組していたことや、Aの生命保険の受取人がXから子どもらに変更されていたこと、X及びAの実家の売却代金をAがYに贈与していたこと等から、Yへの不信感を増し、現在でも離婚の意思は強固である。
・上記のような、身分関係上も財産関係上も重要な事項について、Xの理解を求めずに行ったことは、原告の被告に対する信頼を失わせるのに十分な出来事であるというべきであるし、XがYからの直接の連絡を拒む姿勢を示しているにもかかわらず直接の連絡をとろうとしてくる行為は、Xの心情や立場を理解しないものと言わざるを得ず、Xの離婚の意思が強固となったとしても致し方ないというべきである。
・別居期間が6年10か月に及ぶこと、Xの離婚意思が強固であること、YがXの訴えに耳を傾けて歩み寄る姿勢を示すことも可能であったのに態度を変えていないことに照らすと、Yに復縁の意思があっても、婚姻関係は破綻しており、その修復は極めて困難であると言わざるを得ないから、婚姻を継続しがたい重大な事由が認められる。

【検討(本判決の特徴)】
①別居期間中の、離婚請求者による婚姻関係維持の努力や他方配偶者への配慮の有無を検討し、長期の別居期間が「婚姻を継続し難い重大な事由」に当たるかどうか判断したこと

「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項)とは、「一般に、婚姻関係が深刻に破綻し、婚姻の本質に応じた共同生活の回復の見込みがない場合をいう」。「その判断に当たっては、婚姻中における両当事者の行為や態度、婚姻継続意思の有無、子の有無・状態、さらには双方の年齢・性格・健康状態・経歴・職業・資産状態など、当該婚姻関係にあらわれたいっさいの事情が考慮される。」(島津一郎=阿部徹編「新版注釈民法(22)」375頁、有斐閣・2008年)。
別居期間は、婚姻関係の破綻を示す重要な判断事情のひとつと考えられている。
別居期間が長期であれば長期であるほど、婚姻関係の破綻が認められやすいと考えられるが、絶対的な指標は無く、また、裁判例においては、同居期間との比較で別居期間が長期に及んでいるか否かが判断されている。
しかしながら、別居期間が5年以上あれば離婚事由となるという案が検討されたこともあり(平成8年2月26日法制審議会「民法の一部を改正する法律案要綱」)、実務上も「5年」という数字が意識されているようである。
本件は、同居期間が合計約7年4か月、離婚請求に関する別居期間が7年以上であるから、比較的長期の別居期間であると考えられる。
しかし、判決は、長期の別居期間であっても、離婚請求者(X)による婚姻関係維持の努力や他方配偶者への配慮の有無に着目し、本件では「婚姻を継続し難い重大な事由」は認められないと判断した。
私見でまとめれば、本件で長期の別居の意味を問うたとき、それはもっぱらXの「作戦」によるものであり、婚姻関係の破綻を示すものではない、ということではないだろうか。

②仮に婚姻を継続し難い重大な事由があるとしても、離婚請求者に有責性がなくとも(有責配偶者の主張がされなくても)、離婚請求が信義誠実の原則に反するか否か判断する判断枠組を採用したこと

本判決で引用されている最大判昭和62年9月2日は、有責配偶者からの離婚請求の事案であったが、本判決は、有責配偶者の主張がない場合においても、前記最判の示した信義則の考え方を適用すると明示した。

以上