令和2年5月  弁護士 木村 綾菜

【事案の概要】
⑴ 金銭消費貸借契約公正証書
 平成12年8月22日、X・Yは、金銭消費貸借契約公正証書を作成した。
 (内容要旨)
  ・Yは、平成12年4月17日、Xに対し、336万円を貸し付けた。
   (以下、この貸付金の返還請求権を「本件貸金債権」という。)
  ・Xは、平成12年8月27日を期限として、上記債務を一括で支払う。
  ・原告は、本公正証書に定める債務の履行を遅滞したときは、直ちに強
制執行に服する。
⑵ 貯金債権差押命令
 平成20年6月23日頃、Yは、鹿児島地方裁判所に対し、上記公正証書を債務名義として、Xを債務者、本件貸金債権を請求債権、Xの株式会社ゆうちょ銀行に対する貯金債権を差押債権とする債権差押命令申立をし、これを認容する債権差押命令が発令された。
 平成20年7月3日までに、本件債権差押命令正本が第三債務者であるゆうちょ銀行に送達された。
 一方で、本件債権差押命令がXに送達されたことなどを認めるに足りる証拠はない。
⑶ 再度の債権差押命令
 平成28年6月8日頃、Yは、改めて、本件公正証書を債務名義として、Xを債務者、本件貸金債権を請求債権とする債権差押命令申立をした。
⑷ 本件(請求異議事件)
 本件は、Xが、上記公正証書記載の本件貸金債権は消滅時効の援用により消滅したと主張して、その執行力の排除を求める請求異議の訴えである。

【争点】
・債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断の効力が生ずるためには、その債務者が当該差押えを了知し得る状態に置かれることが必要か

【裁判所の判断】
(1審・原審)
 1審は、「債権差押手続においては、…発令前に債務者の審尋がなされることはなく(民事執行法145条2項)、債務者は、通常、債権差押命令正本が自身に送達されるまでその手続が開始したことを知り得ない」ため「民法155条の趣旨は、債権差押手続によく妥当するものとも思える」と述べ、改正前民法155条を類推適用し、時効中断の効力を債務者に及ぼすためには、債務者が差押えについて了知し得る状態に置かれることを要するとして、証拠上債務者に対して債権差押命令の送達等がなされたと言えない本件においては、債務者に時効中断の効力は及ばないと判断した。請求認容。Y控訴。
原審は、同155条の趣旨について、「通知」を要求することで「債権者と債務者との間の利益の調和を図ること」と述べ、その「法意に照ら」して本件における時効中断の効力を否定した。Y控訴棄却。Y上告受理申立。

(最高裁)
 破棄自判。X請求棄却。
 「民法155条は,差押え等による時効中断の効力が中断行為の当事者及びその承継人に対してのみ及ぶとした同法148条の原則を修正して差押え等による時効中断の効力を当該中断行為の当事者及びその承継人以外で時効の利益を受ける者に及ぼす場合において,その者が不測の不利益を被ることのないよう,その者に対する通知を要することとした規定であると解され(最高裁昭和47年(オ)第723号同50年11月21日第二小法廷判決・民集29巻10号1537頁参照),差押え等による時効中断の効力を当該中断行為の当事者又はその承継人に生じさせるために,その者が当該差押え等を了知し得る状態に置かれることを要するとする趣旨のものであると解することはできない。しかるところ,債権執行における差押えによる請求債権の消滅時効の中断において,その債務者は,中断行為の当事者にほかならない。したがって,上記中断の効力が生ずるためには,その債務者が当該差押えを了知し得る状態に置かれることを要しないと解するのが相当である。
 そして,前記事実関係によれば,本件差押えにより本件貸金債権の消滅時効は中断しているというべきである。」

【検討】
⑴ 本件の特徴
 改正前民法147条は、差押え(2号)を時効の中断事由にしている。この時効の中断の効力については、差押えの申立時に生じると解されている(最判昭和59年4月24日民集38巻6号687頁)。
 時効中断の効力が及ぶ範囲につき、同148条は、「その中断の事由が生じた当事者及びその承継人の間」に及ぶとしている。
一方、差押えは、物上保証人などに対しても行われることがあり、この場合には、中断行為すなわち差押えに関与する当事者は、債権者と物上保証人のみとなり、債務者が含まれない。このような場面で債務者に対して時効中断の効力を及ぼすために、同155条が規定されていた。
ここで、本件は、債権者が、債務者の有する貯金債権に対して差押えをしたという事案である。上記の条文理解からすれば、本件は同155条ではなく同148条が適用され、債務者に対しても当然時効中断の効力が及ぶ場面のはずであった。
それにもかかわらず、1審及び原審は、同155条の類推適用ないし「法意に照らして」時効中断の効力は及ばないと結論づけたのである。
⑵ 改正前民法155条の趣旨と1審・原審の検討
 この同155条の趣旨について、最高裁の指摘する最二小判昭和50年11月21日民集29巻10号1537頁は、「他人の債務のために自己所有の不動産につき抵当権を設定した物上保証人に対する競売の申立は、被担保債権の満足のための強力な権利実行行為であり、時効中断の効果を生ずべき事由としては、債務者本人に対する差押えと対比して、彼比差等を設けるべき実質上の理由はない。民法155条は、右のような場合について、同法148条の前記の原則を修正し、時効中断の効果が当該中断行為の当事者及びその承継人以外で時効の利益を受ける者にも及ぶべきことを定めるとともに、これにより右のような事項の利益を受ける者が中断行為により不測の不利益を蒙ることのないよう、その者に対する通知を要することとし、もつて債権者と債務者との間の利益の調和を図つた趣旨の規定であると解することができる。」と述べている。
 時効中断の効果が及ぶ「人」の範囲を、当事者のみ(同148条)から債務者にも拡げる際に、債務者が「不測の不利益を蒙ることのないよう」「債権者と債務者との間の利益の調和」のために「通知」を要求したとしているものである。
本件のような債権執行における差押えの場合、債務者は差押対象の債権を有している者であり、差押手続の当事者であるのだから、上記のように「人」の範囲を拡張する場面ではなく、また、差押えを受けた当事者にとって差押えの効果は当然のものであり「不測の不利益」ではないため「債権者と債務者との間の利益の調和」を図るべき場面ではないと言える。
したがって、同155条を類推適用ないし同155条の「法意に照らして」1審および原審のような結論を導くことは、その基礎を欠くように思われる。
⑶ 本判決の意義・位置づけ
本件の最高裁判決は、同155条について、「差押え等による時効中断の効力を当該中断行為の当事者又はその承継人に生じさせるために、その者が当該差押え等を了知し得る状態に置かれることを要するとする趣旨のものであると解することはできない」として、当該中断行為の当事者又はその承継人については、原則通り同148条のみの適用とし、時効の「中断の効力が生ずるためには、その債務者が当該差押えを了知し得る状態に置かれることを要しないと解する」と述べており、素直な条文解釈を示すものとして肯定されると考えられる。
⑷ 1審・原審の提起した問題点
 では、なぜ1審や原審はあえて改正前民法155条を持ち出して時効中断の効力を否定したのか。
 この点について、特に1審は以下のように述べる。
 「…債権差押えの場合、一般に、債務者による執行免脱を予防する目的でまず第三債務者に差押命令正本が送達され、これにより差押えの効力が生じた後に債務者に差押命令正本が送達されることになるため、申立書記載の債務者住所への送達が奏功しないことが明らかになり、裁判所がその旨を債権者に連絡した時点では、既に陳述催告に応じて提出された第三債務者の陳述書により差押債権が存在しないこと又は僅少であることが判明していることが少なくなく、これにより手続続行の意欲をなくした債権者が再送達の上申や公示送達の申立てなど債務者への送達を完了するために自身がなすべき手続きを行わずに長期にわたり放置するといった事態がしばしば見られるところである。」
 このような場面で、債権者が「差押命令正本の債務者への送達を完了するために自身がなすべき手続を行わずに放置し、これにより債務者が差押手続の開始を知らないまま本来の時効期間を超えて更に長期間が経過するに至ったような場合にまで債権者の保護を優先するのは、債権者と債務者の利益の調和の観点から不合理であるというほかない。」
 本件では、平成20年6月23日頃に債権差押命令申立がなされた後、証拠上債務者に差押命令正本が送達されないままであった。
 その上で、平成28年6月8日頃、再度の債権差押命令申立がなされており、「これを認容する債権差押命令の請求債権には同日までの遅延損害金が含まれているところ、」元金336万円に対して、「本来の時効期間経過後に累積した遅延損害金は元金の額を優に超え、600万円近くに上る」とされている。
 1審によれば、このような長期放置の事案は「しばしば見られる」とのことであるから、1審及び原審は、時効という「権利の上に眠る者は保護に値せず」の制度が、現実には権利の上に眠る者を保護する制度として機能してしまっていることに不合理を感じ、解釈によってその不合理を是正しようとしたものと考えられる。
 一方、最高裁は、この問題については触れずに本件の結論を導いている。
 最高裁がこの1審の問題提起をどのように考えたのかは不明であるが、本判決が下された令和元年9月19日時点においては、いずれも令和2年4月1日に施行される新法における制度設計によって、この問題がおおよそ解決されるであろうことが考慮されていたのではないかと考えられる。
⑸ 新法における制度設計
まず、「民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)」による改正後の新民法下では、差押えを含む「強制執行」(改正後民法148条1項1号)の申立によって時効の完成猶予の効果が生じるとする(同148条1項柱書)。
そして、取り立て等の目的を達した場合には時効の更新(同148条2項)の効果が生じ、「申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによってその事由が終了した場合」は、その終了の時から6か月間、時効の完成猶予となる(同148条1項柱書かっこ書)。
この改正により、従来の、申立によって時効の中断効が生じて、取下げ等によって遡って時効の中断を無かったことにするという、法的に不安定な部分を取り除いた。
次に、1審の指摘する長期放置の問題に関しては、民事執行法の改正(「民事執行法及び国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律の一部を改正する法律(令和元年法律第2号)」)が対応する。
改正後民事執行法145条7項は、「執行裁判所は、債務者に対する差押命令の送達をすることができない場合には、差押債権者に対し、相当の期間を定め、その期間内に債務者の住所、居所その他差押命令の送達をすべき場所の申出…をすべきことを命ずることができる。」と定める。
そして、もし期間内に上記の申し出がなければ、執行裁判所は差押命令を取り消すことができるとされている(同145条8項)。
差押命令が取り消されれば、事件は終了となり、改正後民法148条1項柱書により、以後6か月間の時効の完成猶予の効果のみが生じる。
このような新制度により、1審が問題提起した申立後に送達がされずに長期放置されるといった事態はおおよそ解消できることとなり、1審・原審のような解釈をとる必要はなくなったと考えられるのである。

以上