令和2年9月  弁護士 木村 綾菜

【事案の概要】
⑴ Xは,貨物運送を業とするY社に雇用されていたトラック運転手である。
  Y社はその事業に使用する車両全てについて自動車保険契約等を締結していなかった。
⑵ Xは,平成22年7月26日,業務としてトラックを運転中,信号機の無い交差点を右折する際,同交差点に進入してきたAの運転する自転車に上記トラックを接触させ,Aを転倒させ死亡させる事故を起こした(以下,「本件事故」とする。)。
Aの相続人は,長男及び次男。
⑶ 次男は,平成24年10月,Y社に対して,本件事故による損害賠償を求める訴訟を提起し,平成25年9月,訴訟上の和解が成立。和解金1300万円が支払われた。
⑷ 長男は,平成24年12月,Xに対して,本件事故による損害賠償を求める訴訟を提起。
  平成26年2月,第1審裁判所は46万円+遅延損害金の支払義務を認めた。長男,控訴。
  同年3月,Xは上記判決に従い,52万円余りを支払った。
  平成27年9月,控訴審裁判所は,上記判決を変更し1383万円+遅延損害金の支払義務を認めた(確定)。
  平成28年6月,Xは上記判決に従い,長男のために1552万円余りを弁済供託した。
⑸ 本件は,上記事情のもと,XがY社に対して,被用者の使用者に対する求償権を取得したとして,上記弁済供託に基づく支払額等の支払を求めるものである。

【争点】
・被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合に,被用者は使用者に対して求償することができるか
(いわゆる逆求償は認められるか)

【裁判所の判断】
・最高裁
 原判決破棄,差戻し。
「民法715条1項が規定する使用者責任は,使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや,自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し,損害の公平な分担という見地から,その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである(最高裁昭和30年(オ)第199号同32年4月30日第三小法廷判決・民集11巻4号646頁,最高裁昭和60年(オ)第1145号同63年7月1日第二小法廷判決・民集42巻6号451頁参照)。このような使用者責任の趣旨からすれば,使用者は,その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず,被用者との関係においても,損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。
 また,使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対して求償することができると解すべきところ(最高裁昭和49年(オ)第1073号同51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁),上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで,使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。
 以上によれば,被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,上記諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができるものと解すべきである。」

【検討】
被用者が第三者に損害を与えた際,使用者が損害を賠償した場合に,使用者が被用者に求償できることは,法律上定められている(民法715条3項)。
第七百十五条 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
そして,こうした使用者からの求償は,「損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度」において可能だとされ(最判昭和51年7月8日民集30巻7号689頁),実際に求償が認められる範囲はごく限られていた。
一方,被用者が損害を賠償した場合に使用者に求償できるか否かは,条文上明らかではなく,判例も無かった。

本件の二審(大阪高判平成30年4月27日)は,
① 被用者が第三者に損害を加えた場合,それが使用者の事業の執行についてされたものであっても,不法行為者である被用者がその損害の全額について賠償義務を負う。
② 715条1項の使用者責任は,損害を被った第三者が,資力の乏しい被用者から損害賠償金を回収できないという事態に備え,比較的資力に富む使用者にも損害賠償義務を負わせる趣旨であり,逆求償の根拠とはならない。
③ 使用者が使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合に,使用者の被用者に対する求償が制限されることはあるが(上記最判昭和51年判決),これは信義則上権利の行使が制限されるものに過ぎない。
として,逆求償を認めなかった。
一方、本判決は,
①② 使用者責任の趣旨は,使用者が被用者を使って利益を上げていることや,事業を拡大させ危険を増大していることに着目し,損害の公平な分担という見地から,事業の執行について被用者が第三者に加えた損害について使用者に責任を負わせるものである。
この趣旨からすれば,使用者は,第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず,被用者との関係においても,損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべき。
③ 使用者が第三者に対して損害を賠償した場合には,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対して求償することができると解すべきところ(上記最判昭和51年判決),この場合と被用者が損害を賠償した場合とで,使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。
として,一般的に逆求償は認められるとした(本件では,求償できる額を審理させるため,差戻し。)。

なお,補足意見では,「相当と認められる額」の算定に当たって考慮されるべき事情について言及されている。これによれば,額の算定に当たっては,法廷意見の「事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情」を考慮するとされているが,中でも下記のようなX・Y社の「属性・関係性」がまず重視されるべきとされている。
① 本件では,Y社は貨物自動車運送業者として規模の大きな上場会社,Xはトラック運転手としてY社の業務に継続的かつ専属的に従事していた自然人である。
  このため,Xに損害を負担させるのは著しい不利益だが,Y社にとっては「偶発的財務事象」として対応が可能であるといえる。
② Y社は損害賠償責任保険に加入する選択肢があるが,この選択肢をとらない場合には,とらない方が利益になるという経営判断がなされている。一方で,Xは,損害賠償責任保険が無かったために,保険制度を通じた訴訟支援等の恩恵を受けられなかった関係にある。
この点は,被用者側の負担の額を小さくする方向に働く要素である。
上記からすれば,使用者がそれなりの規模以上の企業である場合には,損害の大部分に対して責任を負うことがほとんどになると思われるが,その具体的な額については,ケースバイケースになるものと考えられ,使用者から被用者に対する求償のケースと合わせて,事例の積み重ね・比較検討によって判断していくことになると思われる。

本判決は,いわゆる逆求償に関して,初めて判断された最高裁判決であり,実務上・理論上も意義のあるものである。

以上