【事案の概要】
1 本件建物の所有者Zを債務者とする抵当権が、平成23年9月、本件建物に設定され、その旨の登記がされた。
2 本件建物について滞納処分による差押えが平成24年5月にされ、その旨の登記がされた。
3 Yは、平成24年10月、Aから本件建物を賃借し、その引渡を受けた。
4 本件建物について担保不動産競売の開始決定が平成29年3月にされ、それによる差押えがされた旨の登記がされた。
5 Xは、本件建物を買い受け、平成29年10月、その代金を納付して、Yを相手方とする不動産引渡し命令を求める申し立てをした。
【争点】
抵当権に後れる賃借権であっても、賃借人保護のため、競売手続の開始前から建物を使用収益する者は買受人による買受けの時から6か月を経過するまでは、建物の引渡を猶予される(民法395条)。
滞納処分による差押がされた後に設定された賃借権により、担保不動産競売の開始前から建物の使用または収益をする者が、民法395条1項1号に掲げる「競売手続の開始前から使用または収益をする者」に該当するか。
【判示(抜粋)】
抵当権者に対抗することができない賃借権が設定された建物が担保不動産競売により売却された場合において、その競売手続の開始前から当該賃借権により建物の使用又は収益をする者は、当該賃借権が滞納処分による差押えがされた後に設定されたときであっても、民法三九五条一項一号に掲げる「競売手続の開始前から使用または収益する者」に当たると解するのが相当である。なぜなら、同項は、抵当権者に対抗することができない賃借権は民事執行法に基づく競売手続における売却によってその効力を失い(民事執行法59条2項)、当該賃借権により建物の使用または収益をする占有者は当該競売における買受人に対し当該建物の引渡義務を負うことを前提として、即時の建物の引渡しを求められる占有者の不利益を緩和するとともに占有者と買受人との利害の調整を図るため、一定の明確な要件を満たす占有者に限り、その買受けの時から六箇月を経過するまでは、その引渡義務の履行を猶予するものであるところ、この場合において、滞納処分手続は民事執行法に基づく競売手続と同視することができるものではなく、民法395条1項1号の1号の文言に照らしても、同号に規定する「競売手続の開始」は滞納処分による差押えを含むと解することができないからである。
【検討】
以下の理由から、決定は妥当と考える。
1 民法395条が滞納処分に基づく公売手続について特別な規定を置いていない。
2 明渡猶予制度の趣旨は、売却により賃借権が消滅してしまうことから、賃借人を保護することにあることからすると、滞納処分による差押えの処分制限効は395条1項1号の適用を否定する理由にはならない。
3 滞納処分による差押えがなされたとしても、競売開始前から使用収益していた賃借人の保護の必要性に変わりはない。
4 滞納処分による差押え後は公売手続が長期間進行しない又は公売がなされないことが多いため、差押え後の賃借人が公売手続についての執行妨害目的を有するとは認められず、差押え後の賃借人を排除する必要性は乏しい。