この記事では、令和元年7月1日から施行されている改正相続法のうち、民法906条の2について解説します。
この条文の新設により、遺産分割前に遺産(の一部)が処分された場合の処理が明文で定められました。
遺産分割の場面において、相続人の一人がした遺産の処分が問題になることは多々あります。
そのような場面での遺産分割の進め方を考えるにあたって、重要な改正になりますので、ぜひ最後までご覧ください。
民法906条の2について
法改正(新設)の背景
遺産分割とは、被相続人の残した遺産について、相続人間で話し合ってその帰属を決めることです。
遺産分割を行う場合には、遺産分割協議を終わらせて誰がどの遺産を取得するか決めるまでは、遺産は全相続人の「共有」の状態となります。
共有となっている遺産は、他の共有者(相続人)の合意無しには、勝手に処分することはできません。
しかしながら、遺産には、ご自宅などの不動産の他に、現金や預貯金、貴金属類といった比較的処分しやすい財産も含まれることが多くあります。
そのような遺産があった場合には、現実には、相続人のうちの誰かが、遺産分割協議がまとまらないうちに、勝手に処分してしまう(現金を使ってしまう、預貯金を引き出してしまう、貴金属類を売ってしまう等)ということも多々あります。
このような場合、改正前の実務においては、「遺産分割とは、遺産分割時(遺産分割の話合いをするとき)に存在する財産を、相続人の間で分配する手続である」という考え方に基づいて、原則として、「今」存在している遺産のみを遺産分割の対象としていました。
すなわち、相続人の誰かが遺産の処分をしてしまったとしても、そのことは考慮せず、存在するものだけを分けるという考え方をしていたのです。
なお、判例(最判昭和54年2月22日)によって、相続人全員で、その処分してしまった遺産も遺産分割の対象に含めると合意した場合は、例外的に遺産分割の対象とすることができました。
遺産を処分してしまった相続人からすれば、処分した遺産を遺産分割の対象に含めると合意することは、その分自身の取り分が減ることとなり自身の不利益になりますから、そのような相続人が合意をしないことはよくありました。
すると、遺産を処分してしまった相続人からすれば取り分が増え、他の相続人からすれば処分されてしまった遺産の分だけ自身の取り分が減ることとなり、謂わば「やった者勝ち」のような状況になってしまい、どうしても不公平感が拭えないという事情があったのです。
906条の2第1項の解説
そのような状況を踏まえ、今回の相続法改正で、遺産分割前に遺産に属する財産が処分された場合の取り扱いについて、民法906条の2という条文が新設されました。
以下、順番に見ていきましょう。
民法906条の2 第1項
遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合であっても、共同相続人は、その全員の同意により、当該処分された財産が遺産の分割時に遺産として存在するものとみなすことができる。
第1項は、「遺産分割前に遺産に属する財産が『誰かに』処分された場合であっても、相続人全員が合意すれば、その処分された遺産も遺産分割の対象に含めることができる」という従来の例外論を、このような場合の原則として明文化しました。
したがって、例え相続人ではない第三者が遺産を処分してしまった場合でも、相続人間で合意できれば、遺産分割の対象とすることができます。
906条の2第2項の解説
特に重要な改正(新設)は、この第2項になります。
民法906条の2 第2項
前項の規定にかかわらず、共同相続人の一人又は数人により同項の財産が処分されたときは、当該共同相続人については、同項の同意を得ることを要しない。
第2項は、「共同相続人(の一人又は数人)」が、遺産分割前に遺産を処分してしまった場合の考え方を定めています。
すなわち、共同相続人が遺産の処分をしてしまった場合には、その共同相続人「以外」の相続人が全員合意すれば、遺産分割の対象に含めることができるとされました。
これによって、遺産の処分をしてしまった相続人が合意をしなくても遺産分割の計算上考慮できるようになり、従来生じていた「やった者勝ち」の不公平感が解消されることが期待できることになったのです。
906条の2を踏まえた実務的な考え方
実際に遺産分割前の遺産の処分があった場合には、どのような処理をしていくのでしょうか。順を追って考えてみましょう。
① 相続開始時の遺産を特定します。
例)被相続人が亡くなった令和4年1月1日には、A銀行に被相続人名義の200万円の預金があった。
② 相続開始後、遺産が処分されてしまったという状況を特定します。
例)相続開始後である令和4年1月8日に、A銀行の上記預金から、50万円が引き出された。
※民法906条の2は、相続開始後の遺産について遺産分割前に処分が行われた場合の決まりです。相続開始前(被相続人の生前)の財産の処分については対象外になります。
③ その遺産の処分を誰が行ったかを特定します。
例)相続人全員で話し合った結果、上記の預金引き出しを行ったのは、相続人Bであると確認された。
※もし遺産の処分(預金の引き出し等)をした人物に争いがあるなど特定できない場合には、遺産分割の前提問題として、その処分された遺産が遺産に含まれることの確認を求める訴訟をする必要がある可能性があります。
④ 処分された遺産を遺産分割の対象とすることを、相続人全員で合意できないか検討します(906条の2第1項)。
例)上記預金の引き出しを行った相続人Bも含めて、全相続人が引き出された50万円の預金も遺産分割の対象とすることに同意した。
→処分された遺産(預金50万円)も遺産分割の対象となる。
例)上記預金の引き出しを行った相続人Bが同意しなかった。
→次の⑤に進む。
⑤ 上記④で合意できなかった場合かつ遺産の処分を行った人物が相続人である場合に、その相続人「以外」の相続人全員が、処分された遺産を遺産分割の対象とすることに合意できないか検討します(906条の2第2項)。
例)預金の引き出しを行った相続人B以外の相続人全員が合意した。
→処分された遺産(預金50万円)も遺産分割の対象となる。
例)預金の引き出しを行っていない相続人Cが、相続人Bが預金を引き出して葬儀費用に充てたことは仕方がないと考えて、当該預金を遺産分割の対象とすることに反対した。
→処分された遺産(預金50万円)は遺産分割の対象とはならない。
※この例のように、財産を処分した理由・意図によっては遺産分割の対象とするべき(しないべき)とする相続人もいると考えられるので、遺産分割前の遺産の処分があった場合には、話し合いのなかで、「誰が」「どうして」処分を行ったのかを明らかにしていく必要があると思われます。
なお、処分された遺産が遺産分割の対象とならなかった場合には、その遺産の処分についての解決を望む相続人は、別途民事訴訟(不当利得返還請求訴訟など)などによる解決を検討することになります。
遺産が「全て」処分されてしまった場合
ちなみに、遺産分割前に遺産が「全て」処分されてしまった場合はどうなるのでしょうか。
この場合には、遺産分割をしようと思っても、そもそも分割する財産がありませんから、遺産分割自体をすることができない状況です。
そうすると、「遺産の分割時」の考え方を定めた906条の2は適用できないと考えられます。
新設された909条の2との関係性
同じく相続法改正で新設された民法909条の2では、金融機関で手続をすることによって、遺産分割前に一定の範囲内で預貯金を引き出すことができる制度が新設されました。
この制度を使って引き出された預貯金については、先に遺産分割をしてもらったと考えて、遺産分割時などに精算することとされています。
したがって、この909条の2に基づいて預貯金を払い戻した場合には、その払い戻した金額について、909条の2によって遺産分割時などに精算されますし、法に基づかず勝手に預貯金を払い戻してしまった場合には、906条の2によって遺産分割時に精算が図られることになります。
まとめ
この記事では、改正相続法の民法906条の2について解説しました。
特に906条の2第2項の新設により、遺産分割前に遺産(の一部)が処分された場合でも、遺産の処分をした相続人以外の相続人全員が合意した場合には、その処分された遺産も遺産分割の対象に含められることとなり、相続人間の公平がより実現されるようになりました。
相続は、ご家庭の様々な事情とも絡み、どうしても争いの起こりやすい場面です。そのような中、これもまたどうしても争いの起こりやすい「遺産分割前の遺産の処分」という場面について、法改正で解決の道筋が示されたことは、弁護士や裁判所のみならず、相続問題に直面する皆さまにとっても有意義な改正だったのではないかと思います。
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