このページは、弁護士が書く慰謝料請求をお考えの方向け記事です。数々の不倫問題を取り扱ってきた専門家が、交際相手が既婚者だったことが分かった場合、交際相手の配偶者から不倫慰謝料の請求をされるのではなく、交際相手に対する貞操権侵害に基づく慰謝料請求をすることについて、分かりやすくご説明します。

1 貞操権とは?どのような場合に貞操権が侵害されたことになるのですか?

(1)貞操権とは

貞操権という言葉は、あまり馴染みのない方も少なくありません。
貞操権とは、一般に、誰と性的な関係を持つかを自分の意思で決め、不当な干渉を受けることがない権利を意味します。人格権、自己決定権などということもあります。
仮に、「交際相手が、実は既婚者だった!」ということが判明した場合に、貞操権侵害の有無が問題となります。通常、交際相手の配偶者からの不倫慰謝料請求を恐れる方が多いですが、ご自身も交際相手から騙されていた場合には、むしろ貞操権侵害を主張して、交際相手に慰謝料を請求できる場合があります。

(2)貞操権侵害が問題となる場面とは

では、どのような場合が貞操権侵害となるのでしょうか。
裁判例を見ると、交際相手が、積極的に「未婚」であると偽るなどして、「結婚」に希望を抱かせ、性的関係を繰り返したような事案において、貞操権侵害を認定しております。
この後、詳しく具体的な事例を紹介しますが、近年は、インターネットアプリを通じた出会い、出会いの場として相席ができる飲食店などで出会い、接待型飲食店を通じた出会いなどを契機としている場合も少なくありません。

2 貞操権侵害の慰謝料はどのくらいの金額になりますか?

50万円~200万円というレンジで判断されることが多いです。
交渉事件では幅の広い金額が設定されていることが多く、裁判においても、ケースバイケースとなります。特に最近の裁判例をご紹介して参りましょう。

(1)慰謝料100万円を認めた事案(東京地判令和元年12月23日)

原告である会社員の女性と被告である自衛官の男性が、飲食店の忘年会で知り合い、被告は原告に「結婚していない」と伝えており、以降、約4年半にわたって、交際および肉体関係を繰り返し持っていた事案です。
裁判所は、原告の貞操権、人格権侵害を認め、被告が巧妙な嘘をついていたこと、原告が39~43歳と出産には最後というべき貴重な時期を棒に振ったこと、被告は既婚者であることの発覚後にも嘘をついたり原告に理不尽な反撃をしていたこと、一方で婚約破棄とまでは言えない事案であったことなどを認定し、100万円の慰謝料(+弁護士費用相当損害として10万円)を認定しました。

(2)慰謝料100万円を認めた事案(東京地判令和2年6月25日)

銀座のホステスである原告が、客である被告から、独身と偽られ、約1年9か月間、性交渉を継続し、求婚をされ、高額な贈り物(パテックフィリップの腕時計)などをさせていた事案において、「被告は,原告が男性と交際をするのであれば結婚を念頭に置くことになり,不倫は受け容れられない旨述べていたことを知りながら,自己が法的には既婚者であることを原告に告げず,被告が独身者であると誤信した原告と肉体関係を伴う交際を開始してこれを継続し,その後も,既婚者であるとの事実を原告に説明する機会があったにもかかわらず,客観的事実とは異なる説明を繰り返したものであって,そのような被告の行為は,不法行為に該当する違法な行為に当たるものと認めるのが相当である」として、同様に100万円の慰謝料(+贈り物である高級腕時計の代金相当額)を認めている。

(3)慰謝料50万円を認めた事案(東京地判令和2年3月2日)

原告である未婚女性と、既婚であることを隠していた被告である男性が、インターネット上のマッチングサービス(既婚者の利用は禁止されている)において知り合い、デートを重ね、約7か月間において、性交渉を含む交際をしていた事案です。
裁判所は、「被告は,原告に対し,既婚者であることを隠して,自身のプライベートを打ち明けるかのような言動をして原告に信頼感を与えたり,原告との結婚をほのめかす発言をしたりして,原告を誤信させ,被告との婚姻に対する将来への期待も抱かせて,原告と交際関係を持つに至り,複数回にわたって性交渉に及んでいたのであるから,被告が原告の貞操権を侵害したものと認められる。」としつつ、50万円の慰謝料(+弁護士費用相当損害として5万円)の限度で認めました。

(4)慰謝料200万円を認めた事案(東京地判令和3年11月26日)

原告である未婚女性と被告である既婚男性とが、婚活アプリ(既婚者の利用は禁止されている)を通じて知り合い、交際を開始し、避妊具を使用しない性交渉にも応じていたところ、原告は妊娠し、被告もこれを受け入れ出産に同意、実際に子を出産していた事案である。
裁判所は、「被告は,実際には,原告との交際開始当初から,既婚者であったのであるから,被告がこれを原告に告げずに原告と性交渉を伴う交際を開始,継続したことは,原告との結婚の現実的な可能性がないのに,これがあるように装って,原告に性交渉に応じさせたものというほかなく,このことは,原告の被告との婚姻に向けた期待に乗じて,原告の自己決定権(貞操権)を侵害したものとして,原告に対する不法行為に当たる。」とし、200万円の慰謝料を認めました。

3 交際相手が既婚者であることを知った後も交際を続けた場合には、どうなりますか?

以上、貞操権侵害の具体的事例を見て参りましたが、では、交際相手が既婚者でることを知ったにもかかわらず交際を続けた場合には、法的にどうなるでしょうか。法的には、以下の点で、不利な事情になると考えられます。

一つは、貞操権侵害の状態が解消、つまり、既婚者であることを知ったにもかかわらず性交渉を続けていたことは、性的自由に対する侵害はないという評価になるおそれがあります。あるいは、貞操権侵害を許したものとして評価されるおそれもあるでしょう。

もう一つは、交際相手の配偶者からの不倫慰謝料請求を受けるリスクを高めることが挙げられます。つまり、交際相手の配偶者との関係において、すでに交際相手が既婚者であることを知りながら、性的関係を持ち続けるわけですから、不倫慰謝料請求をされる立場におかれることとなります。

以上から、交際相手が既婚者と知りながら交際を続けた場合、通常の不倫事件と変わりなくなってしまいます。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 時田 剛志
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