近年、仕事による心理的負荷が原因となる精神障害(疾患)に関連する労災請求が増加しています。ブラック企業という言葉は誰もが聞いたことがあるかと思います。セクハラ・パワハラ・長時間残業等でうつ病等の精神障害を発病してしまったときの労災との関係について解説していきます。
うつ病の労災認定について
うつ病等の精神障害は、外部からのストレス(仕事によるストレスや私生活でのストレス)とそのストレスへの個人の対応力の強さとの関係で発病に至ると考えられています。
例えば、なんの根拠もなしに、「残業させられたからうつ病になった」だとか、「パワハラを受けたから鬱病になった」というだけでは、労災として認めてはもらえません。
精神疾患は、様々な要因によって引き起こされる可能性があるため、「本当に業務が原因となったのか」という点が審査されます。
この点、厚生労働省は、基準を明確にするために、精神疾患の労災認定において以下の3つの要件を公表しています。
①認定準対象となる精神障害を発病していること
まず大事なのは、「特定の精神疾患」を発病したことが必要です。厚労省が公表している認定基準は以下の通りです。
認定基準の対象となる精神障害は、国際疾病分類第10回修正版(ICD-10)第5章「精神および行動の障害」に分類される精神障害であって、認知症や頭部外傷などによる障害(F0)およびアルコールや薬物による障害(F1)は除きます。
業務に関連して発病する可能性のある精神障害の代表的なものは、うつ病(F3)や急性ストレス反応です。
そのため、まずは医師に、症状にあった診断書を作成してもらう必要があります。そこに記載された病名に基づいて、労災認定の対象疾病が発病したことが証明されます。
ただし、医師が病名を記載しただけで必ずしも認定されるわけではありません。
うつ病等は、少なからず、本人の申述だけで診断書が作成されることもあるので、カルテや関連資料を通じて事実確認が行われますし、申請者本人や関係者からの意見聴取も行われます。
その結果、総合的に審査をして、発病の有無・発症時期が認定されるのです。
②業務による強い心理的負荷が認められるかどうか
次に、精神障害で労災認定を受けるためには、発病前(約6ヶ月間)に「業務による強い心理的負荷」が存在したことが必要です。なお、厚生労働省は「業務による心理的負荷評価表」を公表しており、その表から、「心理的負担強」と判断される場合は、この要件②を満たすことになります。
例えば、「特別な出来事」に該当する出来事が認められた場合には、心理的負荷の総合評価を「強」とします。
・生死にかかわる、極度の苦痛を伴う、又は永久労働不能となる後遺障害を残す業務上の病気やケガをした (業務上の傷病により6か月を超えて療養中に症状が急変し極度の苦痛を伴った場合を含む)
・業務に関連し、他人を死亡させ、又は生死にかかわる重大なケガを負わせた(故意によるものを除く)
・強姦や、本人の意思を抑圧して行われたわいせつ行為などのセクシュアルハラスメントを受けた
・その他、上記に準ずる程度の心理的負荷が極度と認められるもの
・発病直前の1か月におおむね160時間を超えるような、又はこれに満たない期間にこれと同程度の(例えば3週間におおむね120時間以上の)時間外労働を行った(休憩時間は少ないが手待時間が多い場合等、労働密度が特に低い場合を除く)
※長時間労働
他方で、上に書いたような出来事に準ずるとは言えない出来事、では、以下のような評価をします。
まず、以下の手順により心理的負荷の強度を「強」「中」「弱」と評価します。
(1)「具体的出来事」への当てはめ
業務による出来事が、厚労省が定めた「具体的出来事」のどれに当てはまるか、あるいは近いかを判断します。
(2)出来事ごとの心理的負荷の総合評価
当てはめた「具体的出来事」の欄に示されている具体例の内容に、事実関係が合致する場合にはその強度で評価します。
(3)出来事が複数ある場合の全体評価
①複数の出来事が関連して生じた場合には、その全体を一つの出来事として評価します原則として最初の出来事を具体的出来事として別表1に当てはめ関連して生じたそれぞれの出来事は出来事後の状況とみなし、全体の評価をします。
②関連しない出来事が複数生じた場合には、出来事の数、それぞれの出来事の内容、時間的な近接の程度を考慮して全体の評価をします。
※長時間労働の場合
①長時間労働がある場合の評価方法発病直前の極めて長い労働時間を評価します。
②発病前の1か月から3か月間の長時間労働を出来事として評価します。
③他の出来事と関連した長時間労働出来事が発生した前や後に恒常的な長時間労働(月100時間程度の時間外労働)があった場合、心理的負荷の強度を修正する要素として評価します。
③業務以外の心理的負荷や個体側要因により精神障害を発病したものではないこと
「業務以外の心理的負荷評価表」というものを用いて、心理的負荷の強度を評価します。それの「Ⅲ」に該当する出来事が複数ある場合などは、それが発病の原因であるといえるか、慎重に判断します。
例えば、離婚又は夫婦が別居した、自分が重い病気やケガをした又は流産した、自分が病気やケガをした、夫婦のトラブル不和があった、自分が妊娠した、定年退職した等が表に載っています。
また、家族が死亡した、多額の財産を損失した、天災や火災があった等です。
「個別要因」としては、精神障害の既往歴やアルコール依存状況などの有無とその内容について確認し、個体側要因がある場合には、それが発病の原因であるといえるか、慎重に判断します。
■厚生労働省 精神障害の労災認定
https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/rousaihoken04/120427.html
労災の認定事例
厚労省のパンフレットには、以下の事例が載っていますので引用します。
重要ポイントに下線をつけました。
■「新規事業の担当となった」ことにより、「適応障害」を発病したとして認定された事例
・Bさんは、大学卒業後、デジタル通信関連会社に設計技師として勤務していたところ、3年目にプロジェクトリーダーに昇格し、新たな分野の商品開発に従事することとなった。
しかし、同社にとって初めての技術が多く、設計は難航し、Bさんの帰宅は翌日の午前2時頃に及ぶこともあり、以後、会社から特段の支援もないまま1か月当たりの時間外労働時間数は90~120時間で推移した。
・新プロジェクトに従事してから約4か月後、抑うつ気分、食欲低下といった症状が生じ、心療た事例内科を受診したところ「適応障害」と診断された。
<判断>
①新たな分野の商品開発のプロジェクトリーダーとなったことは、別表1の具体的出来事10「新規業務の担当になった、会社の建て直しの担当になった」に該当するが、失敗した場合に大幅な業績悪化につながるものではなかったことから、心理的負荷「中」の具体例である「新規事業等の担当になった」に合致し、さらに、この出来事後に恒常的な長時間労働も認められることから、総合評価は「強」と判断される。
②発病直前に妻が交通事故で軽傷を負う出来事があったが、その他に業務以外の心理的負荷、個体側要因はいずれも顕著なものはなかった。
①②より、Bさんは労災認定された。
労働災害が発生したときの申請方法
労働者が労働災害により負傷した場合などには、休業補償給付などの労災保険給付の請求を労働基準監督署長あて行ってください。なお、休業4日未満の労働災害については、労災保険によってではなく、使用者が労働者に対し、休業補償を行わなければならないことになっています。
給付を受ける種類によって手続が違いますが、例えば、
(1) 療養補償給付
療養した医療機関が労災保険指定医療機関の場合には、「療養補償給付たる療養の給付請求書」をその医療機関に提出してください。請求書は医療機関を経由して労働基準監督署長に提出されます。このとき、療養費を支払う必要はありません。
療養した医療機関が労災保険指定医療機関でない場合には、一旦療養費を立て替えて支払ってください。その後「療養補償給付たる療養の費用請求書」を、直接、労働基準監督署長に提出すると、その費用が支払われます。
(2) 休業補償給付
労働災害により休業した場合には、第4日目から休業補償給付が支給されます。「休業補償給付支給請求書」を労働基準監督署長に提出してください。
いずれにしても、診断書を医師に作成してもらう必要があります。
詳しくはこちらをご覧ください。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/zigyonushi/rousai/index.html
その他、労災と精神疾患の関連事項
1.自殺の取り扱い
業務による心理的負荷によって精神障害を発病した人が自殺を図った場合は、精神障害によって、正常な認識や行為選択能力、自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったもの(故意の欠如)と推定され、原則としてその死亡は労災認定されるとされています。
ただし、上で見たように、「業務による心理的負荷によって精神障害を発病した人」ということが前提なので、「自殺をしたから精神障害を発病していたはずだ」ということではありません。
2.「発病後、業務等により悪化」した場合の取り扱い
業務以外の心理的負荷により精神障害が発病して、治療が必要な状態にある精神障害が「悪化」した場合は、悪化する前に業務による心理的負荷があっても、直ちにそれが悪化の原因であるとは判断できません。
ただし、「特別な出来事」に該当する出来事があり、その後おおむね6か月以内に精神障害が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認められる場合に限り、その「特別な出来事」による心理的負荷が悪化の原因と推認し、原則として、悪化した部分については労災補償の対象となります。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
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