相続手続きには、期限のあるものとないものがあり、期限がある手続きで期限を徒過してしまうと思わぬ不利益を被ることもあります。本稿では、主に、遺産相続と相続税に関する手続きを対象に、期限の有無とその期限について、弁護士が解説します。
相続手続きの期限って?
身近な人が亡くなり、悲しみに暮れる中で葬儀を執り行い、四十九日法要が終わる頃、遺族の皆さんが直面するのが、遺産分割などの相続手続きです。
一口に「相続手続き」と言っても、その中身は様々なものがあり、また、期限のあるものもあれば、期限のないものもあります。
「バタバタしていて時間が取れなかった」
「肉親を失ったショックで、とても手続きできる状態ではなかった」
「そもそも期限があることを知らなかった」
言い分は色々あるかもしれませんが、期限のあるものについてその期限を徒過してしまうと、ご自身が不利益を被る可能性だってあるのです。
また、相続手続きの期限というと、「被相続人が亡くなった時から10か月以内に遺産分割しないといけないのでしょう?」と言う方も多いのですが、これは、民事上の遺産分割と税務上の相続税申告とを混同してしまっている例です。
ここでは、遺産相続と相続税に関する手続きを対象に、期限のあるものとないものの区別と、期限があるものについてはその期限について、解説してきます。
期限のある相続手続き
まずは、期限のある相続手続きを見ていきましょう。
期限を徒過してしまった場合は、自分の望む相続の方法が取れなくなったり、延滞税などの金銭的負担が発生したりするなど、一定のペナルティーがありますので、注意する必要があります。
3か月以内
相続放棄・限定承認
相続放棄をすると、最初から相続人にならなかったものとみなされる結果、その相続において、資産(プラスの財産)も負債(マイナスの財産)も一切承継しないことになります。
「残された資産に対して明らかに負債の方が多い(債務超過である)」といったケースや、「最後まで面倒を見てくれた長女に全ての遺産を取得してもらうため、他の兄弟姉妹は遠慮する」といったケースで、相続放棄が利用されます。
これに対し、限定承認は、相続財産の範囲で負債を相続することです。
例えば、2000万円の資産が残されていて、調査の結果5000万円の負債があることが判明した場合であっても、2000万円のみ返済すればよく、残りの3000万円の負債については相続しなくてよいのです。
逆に、上記のケースで、調査の結果1000万円の負債があることが判明した場合は、1000万円を返済し、残った資産1000万円については相続することができます。
この限定承認は、「現時点では債務超過か資産超過か分からないけれど、資産超過なら相続したい」というケースで利用されることがあります。
相続放棄をするにも、限定承認をするにも、熟慮期間内に、家庭裁判所に申述を行う必要があります。
この熟慮期間というのが、相続放棄・限定承認の期限で、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月です。
具体的には、相続の発生を知り(=被相続人が亡くなった事実を知り)、自分が相続人となったことを知った時から3か月ということになります。
“熟慮期間”という用語が示すとおり、相続人は、原則としてこの3か月の期限内に、相続人の確定や遺産の調査を行い、そのまま相続するか(=単純承認)、あるいは、相続放棄ないし限定承認をするか、じっくり考えて決定することになります。
相続人の確定や遺産の調査にどうしても時間がかかるといったやむを得ない事情がある場合には、熟慮期間延長の申立をすることで、この期間を延ばしてもらえる可能性がありますが、伸長された期限内にどうするかを決めなければならないのは同じです。
熟慮期間を経過すると、以降、相続放棄・限定承認はできなくなります。
父が亡くなって、大した遺産もないからということで、家族全員何の手続きもせずにきたのですが、昨日、父が生前お金を借りていたらしい金融業者から「未払いの債務が200万円あるので、支払って下さい」という通知書が届いたんです!
どうしたらよいでしょう?
お父様が亡くなったのは、いつですか?
1年半ほど前なんです。
3か月の熟慮期間はとっくに経過してしまっているし・・・相続放棄は無理ですよね。
確かに、熟慮期間はすでに経過してしまっているので、原則として相続放棄は難しいということになります。
もっとも、熟慮期間を経過しているからといって、諦めなくてもよいかもしれませんよ。
えっ?
3か月を過ぎても、相続放棄できることがあるってことでしょうか?
はい。
少し長くなりますが、説明しますね。
「相続人が3か月以内に相続放棄・限定承認をしなかったのが、相続財産が全くないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との交際状況などから、相続人において相続財産の有無を調査することがおよそ期待できない事情があって、相続財産が全くないと信じたことに相当の理由があると言える場合」に、熟慮期間の起算点を「相続財産の全部または一部の存在を認識した時」にずらした裁判例があります。
つまり、「相続の発生を知り(=被相続人が亡くなった事実を知り)、自分が相続人となったことを知った時」から3か月を経過してしまっていても、一定の事情のもとでは、「相続財産(=債務)の存在を知った時」から3か月以内であれば、相続放棄が認められる余地がある、ということです。
なるほど!
それでは、私の場合も、金融業者からの通知書が届いた時から3か月以内であれば相続放棄が認められるかもしれないんですね。
そうですね。
ただし、熟慮期間経過後の相続放棄が認められるかどうかについては慎重な判断が必要ですし、事情を的確に説明するための報告書を添付した方がよい場合もありますから、一度、我々専門家に相談して下さい。
4か月以内
準確定申告
準確定申告とは、亡くなった被相続人の代わりに相続人が行う(被相続人の所得についての)確定申告です。
1月1日から死亡日までの所得金額と税額を計算して、申告・納税を行います。
準確定申告の期限は、相続人が相続開始(=被相続人の死亡)を知った日の翌日から4か月です。
この期限を過ぎてしまうと延滞税が発生します。
準確定申告が必要なケースは、
②被相続人が複数の会社から給与をもらっていた場合
③被相続人が2000万円以上の給与をもらっていた場合
④被相続人に給与・退職金以外で20万円以上の収入があった場合
⑤被相続人の公的年金による収入が400万円以上あった場合
です。
10か月以内
相続税の申告・納税
相続税の申告・納税は、相続開始(=被相続人の死亡)を知った日の翌日から10か月以内に行う必要があります。
申告だけではなく、納税もこの期限内にしなければなりません。
この期限を過ぎてしまうと、無申告加算税や延滞税が発生します。
つまり、被相続人が亡くなったことを知ってから10か月以内に遺産分割を終えて、そのうえで相続税の申告・納税をしなくちゃいけないということですね。
いいえ、違います。
後で説明しますが、遺産分割には期限がありません。
よく勘違いされているのですが、「被相続人が亡くなったことを知ってから10か月以内に遺産分割を完了しないといけない」ということではなく、10か月以内にしなければいけないのは、あくまで相続税の申告・納税です。
・・・ということは、遺産の分け方で揉めていて、遺産分割が完了していなくても、10か月以内に相続税を納めなくちゃいけないということですか?
そのとおりです。
最終的な自分の取り分が決まっていない状態なのに、どうやって申告・納税するんですか?
遺産分割が未了の場合は、分割が決まっていない財産を法定相続分で按分した金額をもって相続税額の計算をしたうえで、いったん申告・納税を行うことになります。
そうして、後日、遺産分割が完了して、各人の取得額が確定した時に、更正の請求(=相続税を納め過ぎていた場合に、超過分の払い戻しを受ける手続き)または修正申告(=本来相続税として納める金額に足りなかった場合に、不足分を納付する手続き)を行うのです。
「10か月」って、日々の生活に追われているとあっという間に来てしまいますよね。
そもそも、うちは相続税の申告・納税が必要なのか、不安だなぁ・・・。
相続財産の総額が「3000万円+(600万円×相続人の数)」の基礎控除の範囲内であれば、相続税の申告・納税は不要です。
ご自身のケースで相続税の申告・納税が必要かどうか正確に知りたい場合は、税理士に相談することをお勧めします。
1年以内
遺留分侵害額請求
遺留分とは、相続人(兄弟姉妹を除く)に法律上保障された最低限の取り分のことです。
例えば、相続人として子3人がいるのに、被相続人が「全ての財産を長男に相続させる」という遺言を残していた場合、他の子2名の遺留分(この場合は各6分の1)が侵害されているので、他の子2名は一人だけ遺産をもらった長男に対して、遺留分相当額を金銭で支払うよう請求することができます。
これが遺留分侵害額請求です。
遺留分侵害額請求にも期限が定められており、「相続の開始(=被相続人の死亡)及び遺留分が侵害されている事実」を知ってから1年以内に請求権を行使しなければなりません。
1年の期限の起算点は、あくまで「相続の開始(=被相続人の死亡)」と「遺留分が侵害されている事実」を知った時です。
このため、先の例で、被相続人が亡くなったことを知っていたとしても、「全ての財産を長男に相続させる」という遺言が存在すること(=自分の遺留分が侵害されていること)を確知しない限り、1年のカウントはスタートしません。
ちなみに、1年以内に請求権を行使したというためには、通常、遺留分を侵害している相手に対し、遺留分侵害額請求をする旨の内容証明郵便を送ります。
この内容証明郵便では、「遺留分侵害額請求権を行使しますよ」という明確な意思な表示されていればよく、具体的な請求金額までは書く必要はありません。
内容証明郵便の発送を1年以内に行いさえすえば、ひとまずは5年間、請求権が保全されます。
「請求して、相手方から遺留分相当額の金銭の支払いを受けるまで、全てひっくるめて1年以内にやらなければいけない」というわけではありません。
ただし、1年の期限とは別に、「相続開始から10年」が経過した時にも、遺留分侵害額請求権は消滅します。
この場合は、先の例で、たとえ、「全ての財産を長男に相続させる」という内容の遺言が存在することを知らなかったとしても、10年を経過してしまえば、遺留分侵害額請求はできなくなる、ということです。
3年以内
不動産の相続登記
令和6年4月1日から相続登記が義務化
これまでは相続登記の申請は義務ではなく、また、遺産分割自体に時効がないこともあって、相続登記がなされないまま長期間放置され、登記簿上の記載を見ても誰がその不動産を所有しているのか分からない例が多発していました。
このような所有者不明不動産の発生を防止するため、今般不動産登記法が改正され、令和6年(2024年)4月1日から相続登記が義務化されることになりました。
相続登記の申請期限は、
自己のために相続があったことを知り、かつ、その不動産の所有権を取得したことを知った日から3年以内
です。
いったん法定相続分による相続登記がなされた後に、遺産分割によって法定相続分を超えて不動産の所有権を取得した場合は、
遺産分割の日から3年以内
となります。
相続登記をすべき義務があるのに、正当な理由なくその申請を怠った場合は、10万円以下の過料に処せられます。
なお、被相続人が死亡したことを知らない場合や、(死亡の事実は知っていても)被相続人が不動産を所有していたことを知らない場合には、そもそも3年の期間制限のカウントがスタートしませんので、罰則の対象とはなりません。
令和6年4月1日より前の相続でも相続登記が義務化される
相続登記の義務化の規定は、令和6年(2024年)4月1日以降に相続が発生した場合だけでなく、令和6年4月1日以前に相続が発生したケースでも、遡って適用されます。
「うちも相続登記していない不動産があるけれど、相続が発生したのは10年以上前だから大丈夫」とは言えないのです。
ところで、「自己のために相続があったことを知り、かつ、その不動産の所有権を取得した日から3年以内」が相続登記の申請期限だとすると、だいぶ前に相続が発生したようなケースでは、とっくにその期限を過ぎてしまっていることもあるかと思います。
この場合は、
①相続による所有権取得を知った日
②相続登記の義務化が始まる日(=令和6年4月1日)
のいずれか遅い日から3年以内に相続登記の申請をすれば、期限を守ったことになります。
できるだけ速やかに相続登記の申請をしましょう。
期限のない相続手続き
ここまでは、期限がある相続手続きを説明してきましたが、一方で、特に期限が定められていない相続手続きもあります。
以下、見ていきましょう。
遺言書の検認手続き
被相続人が遺した遺言書が「自筆証書遺言」の場合、発見した人が勝手に開けて中身を読んではならず、原則として、家庭裁判所で検認の手続きを経る必要があります。
検認手続きとは、相続人の立会のもと、遺言書の状態を確定してその現状を明確にするものです。
この検認手続きには、特に決められた期限がありません。
ただし、検認手続きをしないままだと、せっかく方式上不備のない自筆証書遺言が存在しても、その遺言書に基づいて預金の解約・払い戻しをしたり、不動産の登記名義を変更したりすることができません。
自筆証書遺言を見つけた場合は、やはり、早めに検認手続きをしましょう。
遺産分割(協議・調停・審判)
遺産分割協議をしたり、調停・審判を申し立てるのに期限はありません。
このため、極端な話ですが、「50年以上前に亡くなった被相続人の遺産につき、今から遺産分割を始める」ということも可能です。
つまり、遺産分割それ自体に期間制限はない、ということです。
ただし、遺産分割が終わらないと、いつまで経っても預金の解約・払い戻しや不動産の名義変更等ができず、せっかく被相続人が遺してくれた遺産を活用することができません。
また、遺産分割をせずに長期間放置したままの状態で、相続人の1人が亡くなってしまうと、その相続人の相続人が新たな相続人として入ってくることになり、相続人の頭数が増えてしまいます。
これが家系図の方々で起こり、代をまたいで繰り返されると、いざ遺産分割をしようと思った時には、相続人が何十人もいることになって、話し合いすらままならないという事態にもなりかねません。
さらに、令和5年(2023年)4月1日からは、遺産分割の合意または遺産分割の申立てがないまま、相続開始から10年間が経過した時は、原則として、相続人は特別受益や寄与分の主張をすることができない、という制限が設けられました。
このため、
「他の相続人は結婚した際に被相続人に家を新築してもらっているので、その分を特別受益として差し引いてもらいたい」
「自分は長い間被相続人の介護に尽くしてきたので、寄与分としてより多くの遺産を取得したい」
といった主張をしたい場合は、10年という期間制限を意識しておく必要があります。
遺産分割それ自体に期間制限はないからといって、長期間放置していて良いことはありません。
できるだけ早く、遺産分割を進めるようにしましょう。
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