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残業代が支給されないことについて勤務先の上司に確認をすると、うちは変形労働時間制を採用しているから残業代は支給されないという回答がなされるケースがあります。
必ずしもこの回答は正しくないのですが、耳慣れない言葉を聞くとそうなのかもしれないと思ってしまいがちです。
今回は変形労働時間制と残業代の関係性について解説をしていきます。
残業代に関する考え方の整理
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労働時間には、労働契約において定められる所定労働時間と、労働基準法の定める法定労働時間があります。
法定労働時間は1日8時間、週40時間とされており、所定労働時間を超えるが法定労働時間を超えない残業を法定内残業、法定労働時間を超える残業を法定外残業といいます。
法定内残業は割増賃金の対象とならず、法定外残業は割増賃金の対象となります。
一般に、残業代という場合には法定外残業に対する割増賃金を指すことが多く、以下では、基本的には残業=法定外残業として考えます。
変形労働時間制とは?
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変形労働時間制とは、時期によって業務に繁忙のある業種について、一定の期間における日や週の所定労働時間を変更したとしても、期間全体の労働時間が法定労働時間内に収まっていれば残業代は発生しないとする制度です。
変形労働時間制のもとにおいては、繁忙期の所定労働時間は長く、閑散期の所定労働時間は短く設定されます。
変形労働時間制は業務の繁忙に応じて一定の期間における所定労働時間を操作するものですが、それにより法定労働時間の制限を受けなくなるわけではないため、法定労働時間を超えて労働を行った部分については残業代が発生します。
変形労働時間制の種類
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変形労働時間制は一定の期間における所定労働時間を操作するものと説明しましたが、具体的には以下の3パターンがあります。
1か月単位の変形労働時間制
1か月単位の変形労働時間制では、1か月以内というスパンで所定労働時間の調整が行われます。
1か月単位の変形労働時間制の場合、1日、1週、変形期間の全体についてそれぞれ残業代が発生する可能性があります。
なお、実際の残業代計算においては、1日、1週、変形期間の全体について、それぞれ発生する残業代の重複する部分を差し引いて計算を行います。
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1日の残業代
所定労働時間が8時間を超えて設定される場合、当該所定労働時間を超える労働時間について残業代が発生します。
所定労働時間が8時間以内の場合、8時間を超える労働時間について残業代が発生します。
1週の残業代
所定労働時間が40時間を超えて設定される場合、当該所定労働時間を超える労働時間について残業代が発生します。
所定労働時間が40時間以内の場合、40時間を超える労働時間について残業代が発生します。
変形期間の全体の残業代
変形期間における法定労働時間の総枠{1週の法定労働時間40時間)×(変形期間の全日数÷7日)}※を超える労働時間について残業代が発生します。
※1か月の日数による法定労働時間の総枠
28日の月 160時間
29日の月 165.7時間
30日の月 171.4時間
31日の月 177.1時間
1年単位の変形労働時間制
1年単位の変形労働時間制では、1か月以上1年未満というスパンで所定労働時間の調整が行われます。
1年単位の変形労働時間制の場合、1日、1週、変形期間の全体についてそれぞれ残業代が発生する可能性があります。
基本的な考え方は1か月単位の変形労働時間制と同様ですが、1日10時間、1週52時間の労働時間上限があること、変形期間における法定労働時間の総枠{1週の法定労働時間40時間)×(変形期間の全日数÷7日)}※などが異なります。
※1年の日数により法定労働時間の総枠
365日の年 2085.7時間
366日の年 2091.4時間
1週間単位の変形労働時間制
1週間単位の変形労働時間制では、1週間以内というスパンで所定労働時間の調整が行われます。
1週間単位の変形労働時間制は特定の事業・規模についてのみ認められており、具体的には、労働者数30人未満の小売業、旅館、料理店、飲食店が対象となっています。
1週間単位の変形労働時間制の場合、1日、1週についてそれぞれ残業代が発生する可能性があります。
基本的な考え方は1か月単位の変形労働時間制と同様ですが、1日10時間の労働時間上限があることが異なります。
変形労働時間制を採用するための条件
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変形労働時間制は一定の期間における労働者の所定労働時間を複雑に調整するものであるため、使用者の側で一定の条件を満たした場合に限り採用することができます。
条件を満たさない変形労働時間制は無効であり、その場合、労働者は変形労働時間制が採用されていないことを前提に残業代を請求することができます。
具体的な条件
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変形労働時間制を採用するための具体的な条件は、以下のとおりです。
就業規則または労使協定において変形労働時間制を採用する旨を定めること
変形労働時間制を採用する旨を就業規則等において定める必要があります。
1年単位及び1週間単位の変形労働時間制については労使協定による必要があります。
労使協定により変形労働時間制を採用した場合には就業規則の変更が必要となります。
就業規則の作成義務のない常時10人未満の使用者についても変形労働時間制の採用については労働者に周知する必要があります。
変形期間における各日・各週の労働時間を具体的に定める(特定する)こと
変形期間中の各日や各週の始業・就業時刻を就業規則や労使協定に記載するなどして、当該期間中の所定労働時間を特定する必要があります。
月ごとのシフト制の場合は就業規則等において各シフトの仕組み、シフトの作成・周知方法を定め、実際の細かいシフトは変形期間開始前までに特定すれば足りるとされます。
1年単位の変形労働時間制の場合は、期間を区切り、当初の期間の労働日と各所定労働時間、その他については各期間の総労働日数と対応する総所定労働時間を定めれば足りるとされます。
その後、それぞれの期間が開始する30日前までに、各期間における労働日と各所定労働時間を、労働者代表等の同意を得て、書面で定めることになります。
1週間単位の変形労働時間制の場合は、各日の所定労働時間を労使協定等で定めておく必要はありませんが、変形期間が開始する前に労働者に書面で通知する必要があります。
なお、一度特定した労働時間については容易に変更することができません。
業務の繁忙の予測を誤った使用者が実際の業務の都合により恣意的に労働時間を変更しようとする場合、基本的には労働時間の特定という要件を満たしていないとして有効な変形労働時間制とは認められません。
まとめ
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ここまで変形労働時間制と残業代の関係性について解説をしてきました。
変形労働時間性自体が複雑であり、使用者の側で満たすべき要件もあるため、万全に有効な変形労働時間制というのは少ないという印象です。
変形労働時間制が無効なものであれば通常とおりの計算で残業代を請求することができますし、変形労働時間制が有効なものであっても一定の範囲を超える労働については残業代を請求することができますので、残業代請求にあたり変形労働時間制の適用でお悩みの方は是非一度専門家である弁護士までご相談いただくことをお勧めいたします。