遺産分割には期間制限がなく、被相続人死亡後、何十年も経ってから遺産分割を行うことも可能です。しかし、令和5年4月1日からは、民法904条の3により、特別受益と寄与分に関する主張について期間制限が設けられたので、注意が必要です。
遺産分割はいつでもできるが・・・
被相続人が遺言書を作成せずに亡くなった場合、相続人が遺産を分配するためには、相続人全員で遺産分割協議を行い、「誰が、どの財産を、どれだけ(どのように)取得するか」を決めなければなりません。
遺産分割は、まずは当事者(相続人全員)の協議(=話し合い)によるのが原則ですが、話し合いがまとまらない場合は、家庭裁判所に調停や審判を申し立てることになります。
このように遺産分割協議をしたり、調停・審判を申し立てるのに期間の制限はありません。
極端な例で言うと、「50年以上前に亡くなった被相続人の遺産につき、今から遺産分割を始める」ということも可能なのです。
つまり、遺産分割それ自体に期間制限はない、ということです。
ただし、遺産分割が終わらないと、いつまで経っても預金の解約・払い戻しや不動産の名義変更等ができず、せっかく被相続人が遺してくれた遺産を活用することができません。
また、遺産分割をせずに長期間放置したままの状態で、相続人の1人が亡くなってしまうと、その相続人の相続人が新たな相続人として入ってくることになり、相続人の頭数が増えてしまいます。
これが家系図の方々で起こり、代をまたいで繰り返されると、いざ遺産分割をしようと思った時には、相続人が何十人もいることになって、話し合いすらままならないという事態にもなりかねません。
そのため、「遺産分割はいつでもできるのだから、もうしばらく放っておいてもいいだろう」などと、あまり悠長に構えることはお勧めできません。
次世代に負担を先送りしないためにも、できるだけ早く、遺産分割を進めるようにしましょう。
さらに、できるだけ早く遺産分割を進めた方がよい理由として、次に説明する「民法904条の3」の存在があります。
新たに導入された特別受益・寄与分主張の期間制限
先に述べたように、遺産分割それ自体には期間制限はありません。
しかし、令和5年(2023年)4月1日からは、「民法904条の3」により、遺産分割を行う際の特別受益と寄与分の主張について、期間の制限が設けられました。
これは、遺産分割の合意または遺産分割の申立てがないまま、相続開始から10年間が経過した時は、原則として、相続人は特別受益や寄与分の主張をすることができない、というものです。
相続人間の公平を図るための「特別受益」「寄与分」の制度
「特別受益」とは、一部の相続人だけが、被相続人から生前贈与(婚姻・養子縁組や生計の資本のためのもの)や遺贈、死因贈与で受け取った利益のことです。
また、「寄与分」とは、被相続人の事業に関する労務の提供または財産上の給付、被相続人の療養看護その他の方法により被相続人の財産の
維持または増加について特別の寄与をした場合に認められ、認められた分だけ多くの財産を相続できるという制度です。
被相続人が遺言書を作成せずに亡くなり、相続人間で遺産分割を行う際には、法定相続分(妻が2分の1、子供が2分の1×頭数など)を前提に取り分を決めていくことが多いのですが、この法定相続分では、上記の「特別受益」や「寄与分」は考慮されていません。
このため、例えば、亡くなった親の介護を献身的にしてきた長男と、何もしなかった次男とが、同じ法定相続分(取り分)ということになり、長男からしてみれば不満が残ります。
また、亡くなった親から結婚を機に住宅を買ってもらったことのある長女と、特段そのようなことはしてもらっていない次女がいた場合、これも同じ法定相続分(取り分)ということになれば、次女からすればどうしても不公平に思えるでしょう。
「特別受益」や「寄与分」は、こうした、遺産分割の場面における相続人間の不平等を是正するための制度なのです。
「特別受益」を受けた相続人の具体的取り分は、その受けた特別受益の価額の分が差し引かれますし、「寄与分」が認められる相続人の具体的取り分は、その認められた寄与分の価額が上乗せされます。
新たに設けられた主張の期間制限
こうした具体的な取り分に関わる「特別受益」や「寄与分」の主張も、これまでは、遺産分割それ自体と同様、期間の制限なく、いつ始められた遺産分割においても主張することができました。
しかし、これが、今回新設された「民法904条の3」により、遺産分割の合意または遺産分割の申立てがないまま、相続開始から10年間が経過した時は、原則として、相続人は特別受益や寄与分の主張をすることができない、という期間制限に服することになったのです。
なぜ、このような主張の期間制限が設けられたかというと、
■相続開始から長期間が経過すると、証拠が散逸するなどしてしまい、ある相続人が「特別受益」や「寄与分」を主張しても、他の相続人が反証をすることが困難な場合がある
■相続人は、相続開始から長期間が経過したときは、他の相続人から「特別受益」や「寄与分」の主張がなされるとは想定しづらく、「遺産分割するときは、法定相続分で分割すればよいのだろう」と期待するのが通常である
からだと言われています。
このため、
「他の相続人は結婚した際に被相続人に家を新築してもらっているので、その分を特別受益として差し引いてもらいたい」
「自分は長い間被相続人の介護に尽くしてきたので、寄与分としてより多くの遺産を取得したい」
といった主張をしたい場合は、「遺産分割はいつでもできる」と胡坐をかいていてはいけません。
相続開始から10年という期間制限を意識しておく必要があります。
施行日前に発生した相続にも適用あり(経過措置)
民法904条3の定める特別受益・寄与分の主張制限については、改正法施行前の、令和5年(2023年)4月1日以前に発生した相続にも適用されますので、注意が必要です。
ただし、適用関係について、次のような経過措置がとられています。
①令和5年(2023年)4月1日時点で、相続開始からすでに10年が経過している場合
→令和5年(2023年)4月1日から5年間(つまり、2028年3月末まで)の猶予期間が与えられる
②相続開始から10年を経過するのが、2028年3月末よりも前の場合
→令和5年(2023年)4月1日から5年間(つまり、2028年3月末まで)の猶予期間が与えられる
③相続開始から10年を経過するのが、2028年3月末よりも後の場合
→相続開始から10年が経過した時点で特別受益・寄与分の主張ができなくなる