労災事故の中で、転倒によるケガは多くの比率を占めています。工場内や建設現場、倉庫、スーパー等でも多く、大きなケガにつながり、高額の損害賠償請求をするケースも散見されます。そこで、転倒による労災事故について、詳しく解説をしていきます。
転倒災害の詳細
転倒災害の概要
厚労省によると、労働災害分類では、「転倒」とは、人がほぼ同一平面上で転ぶこと、つまずき、または滑りによって倒れることを言い、車両系機械などとともに転倒した場合も含み、交通事故は除かれるます。
「転倒」は、通路、床面等の上で滑ったり、段差、突起物、床上を踏み外したりする等の原因で起こりますが、樹木、建築物、足場、機械、乗り物、梯子、階段、斜面等から落ちることは「転落・墜落」と言い、「転倒」と区別されています。
また、「転倒災害」は、「墜落・転落災害」、「はさまれ・巻き込まれ災害」とともに、発生件数の非常に多い労働災害の一つとなっています。
労働者死傷病報告によれば、労働災害全体の20%以上を占めているようです。
小売業、社会福祉施設、飲食業、製造業、建設業、陸運業における転倒災害は年々増加傾向にあります。
転倒災害の原因とは
主な原因
滑り
床が滑りやすい素材であったこと、床に水や油が飛散していたこと、ビニールや紙等滑りやすい異物が床に落ちていたこと
つまずき
床の凹凸や段差があったこと、床に荷物や商品が放置されていたこと
踏み外し
大きな荷物を抱えるなど、足元が見えない状態で作業を行っていたこと
転倒災害の防止策
厚労省によると、以下のような、職場の転倒災害防止対策には、設備面の対策、転倒対策に役立つ安全活動、作業管理面の対策(保護具等の準備)が必要ということです。
(1) 設備面の対策
職場の床の滑りをできるだけ抑えるために、出入り口周辺にゴムマットを敷くことは、有効な転倒防止対策となります。また冬季に屋外作業を行う場所などでは、凍結しにくい材料で作られているマットを設置するなどして、凍結防止対策を行うことが有効です。
また、駐車場内や職場までの通路に凍結防止用の砂の散布を行うことも、冬季における転倒対策として有効です。「踏み外し」による転倒災害を防ぐには、踏み台の幅を広げることや、通路や階段の視認性を高めることなども有効です。
(2) 転倒対策に役立つ安全活動
油汚れ、水濡れなどによる「滑り」や、通路上の荷物への「つまずき」による転倒災害を防ぐには、職場内の4S活動(整理、整頓、清掃、清潔)が、基本的な対策となります。4S活動を通じ転倒の原因を除去することにより、安全性及び生産性の向上が期待されます。
また、職場に潜んでいる危険を見つけるKY活動も重要です。KY活動は、業務を始める前に「どんな危険が潜んでいるか」を職場で話し合い、危ない点について合意をした上で対策を決め、設定された行動目標や指差し呼称項目を一人一人が着実に実践することで、安全衛生を先取りしながら業務を進める方法です。
同様に、危険情報の共有を行う危険の「見える化」も転倒対策に役立ちます。危険の「見える化」とは、職場の危険を可視化(=見える化)し、従業員全員で共有することです。事前に転倒のおそれのある箇所がわかっていれば、慎重に行動することができます。職場の中で転倒災害が多発している箇所は、危険マップやステッカーの貼り付けなどにより作業員全員で情報を共有し、安全意識を高める必要があります。
さらに加齢による平衡機能、筋力などの身体の機能低下も転倒災害の原因の一つであるため、身体機能の向上を図る体操を実施することも転倒予防対策として有効です。
(3) 作業管理面の対策
転倒しにくい作業方法として、時間に余裕を持って行動する、滑りやすい場所では小さな歩幅で歩行する、足元が見えにくい状態で作業しないなどの意識化を徹底することが大切です。
また、転倒防止のために滑りにくい靴も有効です。但し、過度に滑りにくい靴はつまずきの原因になるため、使用する場合は濡れた場所に限定するなど、床の滑りやすさと靴の耐滑性のバランスを考慮する必要があります。
更に、歩き方も転倒予防には大事な要素であり、つま先を持ち上げて歩く習慣をつけると、つまずきを少なくすることができます。
転倒災害にあった場合に請求出来るものについて
転倒災害で受給可能な労災給付とは何でしょうか。
(1)療養補償給付
ア 支給内容
被災労働者の傷病等に対する治療費及び関連費用が基本的には全額支給されます。
支給対象は、診療費等の治療費・薬代・手術費用・自宅療養の際の看護費等・入院中の看護費等・入院または通院のための交通費 が挙げられます。
もっとも、これは傷病等の内容によって、一般的な治療効果があるとされる範囲で認められるものです。
イ 受給方法
治療などを受けた病院などが、労災指定医療機関に該当するか否かで、受給方法が異なります。
指定医療機関での治療等を受けた場合、当該医療機関に労災請求用紙を提出すると、当該医療機関が労災保険から直接治療費を受け取れるので、労災労働者は無料で治療を受けることが出来ます。
これに対して指定機関以外で治療等を受けた場合は、被災労働者が一度治療費等の全額を支払い、その領収書などを労災請求の際に添付して支払い請求を行います。
(2)休業補償給付
ア 支給内容
被災労働者の給付基礎日額の60%に、社会復帰促進等事業に基づく休業特別支給金としての20%が加わり、合計給付基礎日額の80%が支給されるというものです。
イ 支給要件
この給付は、治療などを受けている被災労働者が休業を要する状態である場合に休業開始から4日目以降受給することができます。現在労災による治療などを受けており、就労不能状態であって、それにより賃金を受けていない場合である必要があります。
なお、「軽作業であれば働ける」という場合は就労不能状態ではないとされています。
ウ 受給方法
休業給付は所定の請求用紙に必要事項を記載し、当該傷病の主治医にも療養のために休業が必要である旨証明印を押してもらって、労基署に提出します。
(3)障害補償給付
労災による傷病についての治療などをした被災労働者が症状固定後も後遺障害が残存する場合には、その障害の程度に応じて障害補償年金、障害補償一時金、障害特別年金、障害特別一時金、障害特別支給金が支給されます。
ア 支給内容
残存した障害の程度により、障害の等級が1級から14級までに分類されています。1級から7級については障害補償年金・障害特別年金及び障害特別支給金が支給されます。8級から14級については障害補償一時金、障害特別一時金及び障害特別支給金が支給されます。
イ 障害補償年金前払一時金について
障害補償年金を受け取ることになった場合、希望により一度だけ年金の前払いを受けることが可能です。希望する場合には、障害補償給付の請求の際に、「前払一時金請求書」を労基署長に提出します。
傷病の治った日の翌日から2年以内で、かつ年金支給決定通知の翌日から1年以内であれば、障害補償年金を受けた後でも請求が可能ですが、その場合は既払い分の年金額は差し引いた額を最高限度額とします。
労災保険以外の損害賠償請求について
労災とは別に、故意または過失により損害を発生させた者に対しては、不法行為若しくは安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求ができます。
労災保険による補償は、発生した損害の満額ではなく、休業補償も約8割までであって、精神的苦痛を被ったとして生じうる慰謝料はありません。
そこで、労災保険で補いきれない部分を会社に請求するということが考えられます。
会社が職場環境の安全に配慮せず、危険な仕事を危険な態様で労働者に従事させていたということであれば、上記の義務に違反しているとして、契約違反に基づく損害賠償が認められるといえます。
安全配慮義務違反については、こちらで詳しく書きました。
事例の紹介
依頼者は、勤務先工場で仕事中、工場通路に置かれていた障害物に転倒し、長期の通院を必要とするケガを負い、後遺症まで残ってしまいました。勤務中の事故であり、労働災害として、後遺症申請も認められました。しかし、勤務先は、その責任を認めず、慰謝料等の請求に対して真摯に対応しませんでした。そこで、依頼者は弊所にご相談にいらっしゃいました。
最終的に、裁判所は、工場内での類似事故での解決内容を踏まえ、被害者である労働者の過失を3割と認定しました。
詳しくは、以下ご参照ください。