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パソコンやスマートフォンの普及によって、相続の場面で、いわゆるデジタル遺産、デジタル遺品というものに関わることが増えています。この記事では、デジタル遺産・デジタル遺品とは何か、相続の場面ではどういった注意点があるか等を解説していきます。
もはや国民のほとんどが関わっているデジタル遺産・デジタル遺品
総務省がまとめた情報通信白書(令和6年版) によれば、スマートフォンの世帯普及率というのは9割を超えたそうです。
スマートフォンといえば、通話機能のみならず、写真を撮る・見る・送る(シェアする)、メールやメッセージをやりとりする、インターネットやSNSを利用する、アプリを使う、キャッシュレス決済に利用する等、とにかく多機能でコンパクトですから、この普及率も頷けます。スマートフォンでこの記事をご覧になっている方も多いのではないでしょうか。
もちろん、いわゆるガラケーで電話機能のみを使っている、高齢なので自宅の固定電話しかない等、スマートフォンを利用していない方もいると思いますが、上記調査は「世帯」単位で行われたものですので、ざっくりいうと、ほとんどの場合で、同居家族の誰かはスマートフォンを使っているという状況と思われます。
そうすると、自身もしくは自身の近しい人がスマートフォンを利用しているということになりますから、相続の場面では、「デジタル遺産・デジタル遺品」というものに関わることも、必然的に多くなっているということが言えます。
そこで、今回は、「デジタル遺産・デジタル遺品」について、相続という観点から少し検討してみたいと思います。
そもそも何が相続の対象となるのか?

そもそも、相続の対象となる「遺産」「相続財産」とはどういうものを指すのでしょうか。
民法は、相続の効果について以下のように定めています。
民法第896条
相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089#Mp-Pa_5-Ch_3-Se_1
上記の条文から分かることは、以下の2つになります。
①相続の対象は「被相続人の財産に属した一切の権利義務」
②ただし、「被相続人の一身に専属したもの」については相続されない
つまり、まずは「財産」であることが、相続の対象となる第一歩目ということになります(上記②の「被相続人の一身に専属したもの」については後で詳しく解説します。)。
ちなみに、「財産」が何者であるかについて、民法上に決まりがあるわけではありません。
各説あるところですが、ここではざっくりと、有形・無形問わず、金銭的価値のあるものと捉えておいて下さい。
例えば、お金(実際の硬貨や紙幣)は、形があり、もちろん金銭的価値があるものですから、財産に含まれます(なお、厳密には、相続の対象になるのはお金に対する所有権と考えられます。)。
また、銀行にお金を預けた場合の預金は、厳密には銀行に対して預けた分の払戻し等を請求できる「預金債権」という権利になります。この債権自体は形の無いものですが、権利を行使すれば払戻しを受けて実際のお金を得ることができますので、金銭的価値のあるものと言え、「財産に属した一切の権利義務」に含まれます。
一方、極端な例ですが、何らかのゴミ(使用済みの鼻紙などが分かりやすいでしょうか)については、形はありますが、金銭的価値がありません。したがって、これは財産とはいえず、相続の対象とはならないと考えられます。
このように、財産、すなわち金銭的価値があるかどうかが、相続という場面ではひとつ大事になってくるということになります。
デジタル遺産・デジタル遺品とは何か?

さて、本記事のテーマであるデジタル遺産・デジタル遺品について考えてみましょう。
この「デジタル遺産」「デジタル遺品」という言葉は、法律用語ではなく、その意味するところも特に定まっているわけではありません。
一般に、「遺産」といえば相続の対象となる財産のこと、すなわち上記で見た「相続財産」のことを指します。
一方「遺品」といえば、相続財産のみならず、故人の持ち物や故人ゆかりのもの全般を指す、「遺産」より少し広い言葉として使われていることが多いかと思います。
そのため、
「デジタル遺産」→デジタル形式・デジタル環境で管理や保存がされていた「遺産」
「デジタル遺品」→デジタル形式・デジタル環境で管理や保存がされていた「遺品」
というような使い分けがなされていることも多いかというところです。
ただし、繰り返しになりますが、これらは法律などで明確に定義されている用語ではありません。上記とは異なる使い方がなされている場合もありますのでご注意ください。
いずれにせよ、一般的な遺産・遺品と異なるのは、その実態がデジタル環境・デジタル形式でしか把握できないというところです。
実体・現物・モノとして目の前にあるわけではないため、存在を把握することが難しいという特徴があります。
また、IDやパスワードで管理されていることも多く、それらが分からない場合には、より一層把握自体が難しくなります。
こういったデジタル遺産・デジタル遺品については、その内容や状況が様々ですので、一般的な説明は難しいのですが、特にお困りごとが多いと思われるいくつかのケースについて、以下検討していきたいと思います。
デジタル遺産・デジタル遺品と相続の問題
① パソコンやスマートフォン内のデータ
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パソコンやスマートフォンの中(外付けのハードディスクやSDカードなども含みます)には、住所録やアドレス帳、写真等の様々なデータが記録されています。
こういったデータ自体には形はありませんから、所有権を観念することができません。
また、故人に縁のある人にとっては思い出の意味で貴重であることはあっても、一般的には金銭的価値がないものも多いと思われます。
こういった事情から、データそのものは、基本的に相続の対象とはならないものと考えられます。
一方で、少しややこしい話ですが、データを記録している媒体(スマートフォン本体やハードディスク、SDカード等)については、モノとして存在していることから所有権が観念でき、また、一般に(価格の多少はありますが)金銭的価値もあると思われますので、相続の対象となります。
つまり、「データだけを相続する」ということはできなくとも、「データが記録されている媒体を相続することで、結果的にデータを引き継ぐ」ということはできるということです。
さらにややこしい話として、故人の遺したデータに関して知的財産権(著作権など)がある場合には、その権利は相続の対象となります。
例えば故人がパソコンやスマートフォンで絵を描いていたり、プログラムを作成したりしていた場合の、その絵やプログラムの著作権が該当します。
実際の相続の場面では、預貯金や自宅等の不動産と比べて些末な問題とみなされ議論の的になることは少ないかと思われますが、もし「故人のデータが欲しい」と考えたときには、データそのものではなく、そのデータが保管されているモノ(媒体)を相続するのだと覚えておいて頂ければと思います。
② SNSやブログ

昨今では様々なサービスが展開されており、SNSやブログもその種類は豊富です。
こういったサービスについては、利用者とサービスを提供している会社等とが、利用の契約を結ぶことによってそのサービスを受けられる(利用できる)ようになっています。
相続が発生した場合、故人(被相続人)が有していた契約関係は、相続により相続人に引き継がれるのが原則です。
しかしながら、上記でも出てきたように、権利または義務が「被相続人の一身に専属したもの」である場合には、相続されないということになっています。
この一身専属性とは、権利または義務がその個人にのみ属し、相続人のような第三者には移転しないという性質のことを言います。
そのため、例えば、故人が利用していたSNSの利用規約の中に、「このSNSサービスのアカウントや権利義務関係は、利用者に一身専属的に帰属します」というような条項があれば、そのSNSの利用契約に関する権利または義務は利用者である故人にのみ帰属し、相続人らが相続によって引き継ぐことはできないということになります。
そのため、SNSやブログ(のアカウント)の相続を考えた場合には、まず、契約内容や利用規約でどのような定めが置いてあるかを確認する必要があります。
ちなみに、利用規約の条項のなかに「利用者が死亡した場合はこのサービスの利用契約は解約となります」といったような条項がある場合にも、利用者である故人の死亡を通知した時点でサービス提供会社において解約や退会処理がなされ、結果的に相続することはできないということもあります。
一方で、相続人等による引継ぎを認めている場合や、引継ぎそのものは認めていないものの、遺族等のための関連サービスを展開している場合もありますので、引き継ぎたいと考えるサービスの詳細について知ることが必要となります。
利用規約のみならず、Q&Aや「よくある質問」等で案内がある場合もありますので、一度ご確認頂くと良いと思われます。
③ 暗号資産

昨今では新NISAの制度が始まるなどして、投資に対する機運が高まっています。
「デジタル遺産」という観点からは、ネット証券で取引していた株式・投資信託等についての扱いが気になるところですが、これらは、インターネット上の操作のみで証券口座の出入金や株式等の取引が可能であるという特徴を除いては、一般的な預貯金ないし株式等との差は無く、相続の対象となるものと考えられます。
また、昨今では、暗号資産を取引して、株式や投資信託などの取引と同様に利益を得ようという人も増えています。
(少し前までは「仮想通貨」という呼び名も使われていましたが、令和2年の資金決済法の改正から、「暗号資産」という呼び名に統一・変更されました。)
暗号資産にはそれぞれにレートがあり、その価値は日々増減していますが、その財産的価値については法的にも認められているところです。
したがって、相続の対象となります。
しかしながら、特徴的なのは、それを扱うには「鍵」が必要だというところです。
いわゆる「秘密鍵(プライベートキー)」というもので、(不正確な記述ですが、ここではざっくりと)暗号資産を扱うためのパスワードのようなものだとイメージして頂ければ良いかと思います。
故人の暗号資産の口座が、国内の取引所や販売所で扱われているのであれば、例え「秘密鍵」を扱えなくとも、戸籍等の必要書類を提出して、払戻しや暗号資産そのものの相続が可能な場合が多いと言われています。
しかしながら、もし口座が海外の取引所等にある場合には、(やや不正確な記述になりますが)この「秘密鍵」が分からないとそもそも問合せに応じてもらえないことがあるということです。
「秘密鍵」はいわゆる「ウォレット」に紐づいて保存されています。この「ウォレット」は、例えば暗号資産の取引所(取引サイト)で口座を開設して暗号資産の取引を始めた場合の、その口座やアカウントとイメージするのが分かりやすいでしょうか。ほかにも、アプリやソフト内で保管する場合や、専用のデバイスに保管する場合もありますので、故人が暗号資産の取引をしていたと思われる場合は、安易にパソコンやモバイル端末、それらに附属するデジタルデバイス(USBメモリやハードディスクも含む)を処分しないように注意が必要です。
④ 電子マネー、ポイント・マイレージ

昨今では、かなり多くの人が、何らかの手段でキャッシュレス決済を利用しているのではないかと思われます。
キャッシュレス決済の中には、交通系ICカードや○○ペイなど、事前にチャージしておき、残高を後から利用するというタイプのサービスが存在します。
そういった電子マネーについては、理屈上は相続可能な対象であると考えられていますが、利用規約等で「利用者が亡くなった場合は残高がゼロになる」等の定めを置き、一身専属性があるとしているサービスもあるとのことです。
最近では、利用規約を改定し、相続できるようになったサービスが増えているとのことですが、各サービスについて個別に利用規約を確認するようにしましょう。
また、キャッシュレス決済と事実上切っても切り離せないサービスとして、企業ポイントがあります。○○ポイントとか、○○マイル・マイレージ等の名称があります。
こういったポイント類は、多くの場合が利用規約で一身専属性を定めています。その場合には相続し引き継ぐことができません。
一方で、利用規約で明確に遺族等が引き継ぐことができる旨を定めているサービスも存在します。
もし故人が何らかのポイント類を多く貯めていたという事情があるのであれば、諦めず、そのサービスの利用規約を確認するところから始めると良いと思われます。
⑤ サブスクに注意

最後に、これはデジタル遺品・デジタル遺産というよりも、いわば「デジタル『負の遺産』」かもしれませんが、定期に定額の料金負担が生じるサブスクのようなサービスを故人が利用していた場合の注意点を紹介します。
サブスク等のサービスを故人が利用していた場合は、月1回や年1回といった定期的な支払を行うということになりますが、こういったサービス提供会社は誰かから連絡をもらわない限り、利用者が亡くなったという事実を知ることはありません。
そのため、そういった連絡が無ければ、故人が亡くなった場合でも、利用代金の請求あるいは銀行口座からの引き落とし、クレジットカード決済などが続いてしまうことになります。
サービスによっては、相続人から連絡をすることによって、故人の死亡日に遡って契約を解約し、払い過ぎになった代金を返還してくれるというところもありますが、連絡をしたタイミングや手続が済んだタイミングで解約になり、それまでの代金は請求されるということも多いです。
そのため、そのサブスク等のサービスが不要ということであれば、なるべく早くサービス提供会社に連絡して、利用契約と代金請求を止めてもらう方が良いでしょう。
例えば口座引落しで月額料金を支払っていたサービスがあったときに、被相続人名義の口座に残高があったために、サービス利用料の引き落としが続き、気付いた時には誰も使っていないサービスに累計でかなり多額の利用代金を払ってしまっていたということもあり得ます。
一方で、例えば携帯電話の契約については、これを解約して無くしてしまうと、(データの保管方法にもよりますが)知人・友人等への連絡がとれなくなったり、オンライン上(クラウド上)のデータにアクセスできず事実上の支障が生じるということもあり得ます。また、デジタル遺産の調査も、その携帯電話端末が無いと苦戦するということもあります。
そのため、一概には言えませんが、携帯電話契約の解約については、全ての用事が済んでから、という意識で良いのではないかと感じております。
まとめ
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いかがだったでしょうか。
「相続」という制度は(中身は少し違いますが)明治時代から120年以上続いていますが、パソコンや携帯電話・スマートフォンが普及して「デジタル」というものが一般的になってきたのは、長い歴史からみればここ最近のことです。特にスマートフォンの普及によっていわゆる「デジタル遺産・デジタル遺品」が一般化してきたのは、ここ15年程ということになります。
そのため、今現在は上記で述べたような処理がされていたり、上記のような点が問題になっていたりしますが、これから先の未来、「相続」と「デジタル」がどのように関わっていくのかは未知数です。
技術革新の激しい分野でもありますから、常に最新の情報に気を付けて頂き、少しでも疑問やご不安があれば、ぜひ弁護士にご相談頂ければと思います。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。 また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。