
相続廃除とは、被相続人の意思によって推定相続人の相続権をはく奪する制度であり、遺留分も否定する強力な効果があります。その反面、被相続人による手続や廃除事由が認められる必要があるとの特徴もあります。この記事で詳しく解説していきます。
法定相続人には必ず相続させなければならない?

例えば親が亡くなった場合、遺言などが無ければ、その子どもが第一順位の法定相続人として、相続をすることになります。
この場合の「子」は、法律上の血縁関係がある「子」であれば良く、例えば「親と仲が悪い」「親の介護をしない」などの事情は問題になりません。
相続が発生すれば、こういった法定相続人にも、原則的に法定相続分の相続が認められます。
中には「この法定相続人には全財産を相続させたいが、別の法定相続人には一切相続させたくない」と考える方もいらっしゃることと思います。
こういった場合でも、何らの手当てもせずに被相続人が亡くなってしまうと、民法の定めのとおりとなるのが原則ですから、被相続人のお気持ちは全く実現されないことになってしまいます。
そこで、民法は「遺言」という制度を置いています。
被相続人は遺言を遺すことによって、死後でありながら自分の財産(遺産)の次の帰属先を指定することができるのです。
しかしながら、遺言も万能の制度ではありません。
例えば上記のケースで、「法定相続人Aには全財産を相続させる。法定相続人Bには一切の財産を相続させない。」などと遺言をしたとしても、法定相続分Bには「遺留分」という遺言によっても処分できない、法により保障された部分というのが存在します。
子2人が法定相続人である相続の場合には、子らはそれぞれ遺産の4分の1について遺留分を有していることになりますから、先のような遺言があった場合には、法定相続人BはAに対して遺産の4分の1相当額についてお金で支払うよう請求ができるのです(遺留分侵害額請求)。
そうすると、上記の「法定相続人Bには一切の財産を相続させたくない」という被相続人のお気持ちは、やはり完全には達成できないことになります。
これは、遺留分というのが、遺族の生活の保障等をその趣旨とした制度である以上、仕方がないことでもあります。
一方で、被相続人その人を蔑ろにするような人に対しては、そういった保障を及ぼさなくても良いのではないか、という考えがあり得ます。
こういった発想に基づいて、遺産を一切相続させない、遺留分も認めない、という制度が置かれています。
それが、この記事のテーマである「相続廃除」の制度です。
なお、似たような制度として、相続制度そのものに対する脅威を強制的に廃除する制裁規定である「相続欠格」という制度もあります。
相続欠格についての詳細は別記事をご覧ください。
相続廃除とは?

相続廃除とは、被相続人の意思で相続人の相続権をはく奪する、民法上の制度です。
民法892条
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
遺留分を有する推定相続人…が、被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったときは、被相続人は、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求することができる。
推定相続人とは、ざっくりといえば「もし今、被相続人が亡くなったら(相続が開始したとしたら)相続人になる人」のことをいいます。
相続廃除の手続きは、被相続人となる人が亡くなる「前」に行うことになっています。そのため、厳密にはまだ相続は発生していません(相続は人が亡くなると生じます。)。
ですから、相続人も、まだ相続が始まっていないので、相続人とはなりません。
すなわち、もし今、相続が開始したら…という仮の話をすることになりますので、相続人も「推定」相続人になるということです。
さて、相続廃除の対象となった推定相続人は、相続権を失うことになります。
ここでいう相続権とは、相続分(遺産の取り分)ではなく、相続をする権利そのものになります。
相続権を失うとは、相続人ではなくなるという意味です。
相続人として遺産を相続することができなくなるのはもちろん、上記で出てきた遺留分についての権利も無くなります。遺留分は相続人(の一部)に認められる制度ですから、当然の帰結ではあります。
どんな行為をした人が相続廃除に当たるのか?

相続廃除の事由、すなわち「こんなことする人には相続させません!」と被相続人が主張できるパターンは、民法上、上記条文にも出てきたとおり、全部で3つと定められています。
以下、少し詳しく見てみましょう。
①「虐待」があった場合
「虐待」とは、被相続人に対する暴力であったり、直接的な暴力ではなくとも、耐え難い精神的な苦痛を与えたりすることを指すとされています。
ここでいう「虐待」に当たるというためには、例えば単なる暴力というだけでは足りず、(遺留分を含めた)相続権をはく奪しても致し方ないと判断されるような、人的・家庭的な信頼関係を破壊したといえる程度のものと考えられています。
②「重大な侮辱」があった場合
「重大な侮辱」とは、被相続人の名誉を大きく傷つけたり、精神状態を著しく害したりすることを指すとされています。
この「重大な侮辱」も、上記①と同様、人的・家庭的な信頼関係を破壊したといえる程度の強度のものである必要があると考えられています。
③「著しい非行」があった場合
この「著しい非行」というのは、あえてある程度抽象的に定められた類型で、上記①②には当たらないけれど、上記①②に類するような行為をしたパターンについて廃除を認める趣旨で定められているといわれています。
行為の例としては、犯罪、服役、遺棄、被相続人の財産の浪費・無断処分、不貞行為、素行不良などが該当するとされています。
ただし、どんな行為でもこの「著しい非行」に該当するわけではありません。
すなわち、単なる「非行」ではなく「著しい非行」とされているように、その推定相続人の遺留分を否定することが正当といえる程度の非行であることを要するとされています。
相続廃除の特徴とは?

上記のとおり強力な効果を持つ「相続廃除」の制度ですがその手続きや効果にも以下の特徴があります。
⑴ 被相続人による手続きが必要
まず、相続廃除の手続上、最も特徴的なのが「被相続人が特定の積極的なアクションを起こさなくてはならない」という点です。
似たような制度である「相続欠格」の制度が、被相続人の手続などを要せず、当然に相続権をはく奪する制度となっていることと対照的です。
では、「相続廃除」が認められるためには被相続人はどんなアクションをとらなくてはならないのでしょうか。
まず、王道であるのが、上記条文(民法892条)にもあるとおり被相続人が家庭裁判所に審判を申し立てる方法です。
被相続人が、生きている間に、自己の住所地を管轄する家庭裁判所に「この相続人を相続廃除したい」と請求し、その請求が認められることで、相続廃除の効果が生じます。
ただし審判では、被相続人の言い分だけでなく、廃除されるべきと請求されている推定相続人の反論も審理されます。すなわち、裁判所からその推定相続人に、「あなた、被相続人から相続廃除してくれと言われてますよ」という連絡が行くことになります。
そうすると、「生きている間にトラブルになるのは嫌だ」と考えて二の足を踏む方もいらっしゃるのではないでしょうか。
その場合には、遺言によって相続廃除の意思表示をする方法が考えられます。
民法893条
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
被相続人が遺言で推定相続人を廃除する意思を表示したときは、遺言執行者は、その遺言が効力を生じた後、遅滞なく、その推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求しなければならない。この場合において、その推定相続人の廃除は、被相続人の死亡の時にさかのぼってその効力を生ずる。
遺言に「○○を相続廃除する」との意思表示を書き込んだ場合、被相続人の死後、遺言執行者が相続廃除の審判の申立てをすることになります。
通常、遺言書は、被相続人が亡くなるまで推定相続人を含めた他人の目に触れることはありませんから、被相続人が存命中のトラブルは避けられるかと思われます。
この遺言による相続廃除を行う場合に重要なのは、遺言執行者を指定することと、相続廃除の理由を明らかにしておくことです。
まず、条文にもあるとおり、相続廃除の審判の申立てをするのは遺言執行者です。
もし遺言による遺言執行者の指定が無い場合には、家庭裁判所に申立てて遺言執行者を選任してもらうこともできます。
しかしながら、事情を知らない全くの第三者に、被相続人と廃除の対象者との間にあった実際の関係性・出来事について、有効な主張をさせることはかなり難しいと言えるでしょう。
そのため、生前の事情に詳しい人物に遺産執行者を任せ、廃除の申立てをお願いするというのが望ましいと言えます。
次に、相続廃除の根拠となる事実や資料については、予めまとめておき、できる限り遺言でも明らかにしておくことが肝要です。
なぜなら、相続廃除の審判が被相続人の「死後」に行われるからです。
上記でも見てきたとおり、相続廃除が認められるには、被相続人が廃除の対象者からどのような扱いを受けてきたかという点が重要となります。
しかしながら、審判が「死後」に行われるということは、被相続人自身は裁判所に直接主張書面を出したり、裁判官に説明をしたりということができません。
あくまで遺言執行者という第三者が主張を行うことになります。
そのため、主張すべき事実や資料が明らかでない、まとまっていないという状況だと、有効な主張ができず、申立てが認められない可能性が高くなってしまいます。
そのため、相続廃除の根拠となる事実や資料を明らかにし、まとめたものを遺言執行者に託すことが重要なのです。
⑵ 戸籍に記載される
上記のいずれの手続きによったとしても、相続廃除を求める審判が認められ確定すると、廃除の対象となった推定相続人は相続権を失います(遺言による廃除の場合には、被相続人死亡時に遡って効果が生じます。)。
そして、廃除の申立てを行った者(被相続人または遺言執行者)が届出をすることによって、その廃除の対象者の戸籍には、相続廃除の審判が確定した旨の記載がされることになります。
似ている制度である「相続欠格」の場合にはこういった公示の制度がありませんし、「相続放棄」の場合にも戸籍への記載はありませんから、「相続廃除」独自の特徴と言えます。
⑶ 遺留分すら与えないことができる
相続廃除が認められると、相続権が一切無くなります。
これは、遺産分割によって遺産を取得できないというだけでなく、冒頭で説明した「遺留分」についても得ることができない(相続制度上保障されない)ということです。
ざっくりといえば、被相続人の遺産からは1円ももらえない、ということですね。
逆に言えば、ここまでのことをしない限り、相続人(推定相続人)の取り分を完全に否定することはできないということでもあります。
⑷ 兄弟姉妹は相続廃除できない

相続廃除の条文をよく読むと、「『遺留分を有する』推定相続人」について廃除の請求ができるとされています。
これはつまり、兄弟姉妹といった第三順位の相続人については、遺留分を有さないため、相続廃除の対象とはならないということです。
遺留分を有さないということは、その推定相続人には遺産を受け継がせない内容の遺言をすれば足りるということですから、相続廃除という特別な制度を使えるようにする必要が無いことが理由です。
⑸ 代襲相続が可能
では、親Aの相続について子Bが相続廃除となった場合、子Bの子であり親Aの孫であるCは、代襲相続をすることができるでしょうか。
答えはイエス。襲相続することができます。
「相続欠格」のコラムでも述べましたが、「親は親、子は子」と、それぞれが独立・個別の人格であることが前提にされており、「相続廃除」という事情はその廃除の対象者当人にだけ当てはまるもので、その子には引き継がれません。
廃除されるような悪いことをしたのは親だけ、ということですね。
そのため、民法の代襲相続の規定(887条2項)は相続欠格を代襲原因としており、代襲相続が認められています。
ちなみに、「相続放棄」の場合は、代襲原因になっておらず代襲相続ができません。
これは、相続放棄をする場合には、多くの場合で債務超過(借金が多い)などの問題があるため、相続放棄の場合も代襲相続がされる制度設計にしてしまうと、多くの人が相続放棄をしなくてはならなくなるため相当ではないとされたからだと言われています。
⑹ 被相続人は廃除の取消しを請求できる
上記見てきたとおり、相続廃除は「被相続人」によってその申立てや遺言がなされます。すなわち「被相続人の意思」が大事、ということです。
そうすると、「あのときは相続廃除しても仕方が無いと考えていたが、その後事情が変わって、相続廃除するほどでもなくなった」とか「許したくなった」と被相続人が考える場合には、廃除の取消しを認めることが相当と思われます。
そのため、民法は、被相続人による申立て、または被相続人による遺言及び遺言執行者による申立てにより、相続廃除を取り消すことができる制度を定めています。
民法894条
https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
1項
被相続人は、いつでも、推定相続人の廃除の取消しを家庭裁判所に請求することができる。
2項
前条の規定(※筆者注 遺言による推定相続人の廃除の条文)は、推定相続人の廃除の取消しについて準用する。
逆に言えば、被相続人が「廃除しなくても良い」と考えて積極的に動かなければ、相続廃除の効果はそのままということになります。
その意味で、被相続人のいわば「許し」を得ることは簡単ではない(それだけのことをした)と言えるでしょう。
まとめ

いかがだったでしょうか。
相続廃除は、被相続人の意思(行為)によって推定相続人の相続権をはく奪する制度であり、その最も有効な場面は「この推定相続人には遺留分もあげたくない」と被相続人が考えるケースです。
もちろん、効果・影響が大きい話ですので、相続廃除が認められるには「虐待」「重大な侮辱」「著しい非行」といった、遺留分すら保障しなくても仕方が無いと判断されるような重大な事情が必要になります。被相続人の意思だけで決まるものでもないということです。
しかし、くり返しになりますが、相続廃除のスタートは「被相続人の意思」です。
例えば他の相続人や親族が「あいつは相続廃除されるべきだ」と考えたり、客観的に見て相続廃除が認められる事情があったとしても、第三者は何もできません。あくまで被相続人自身が、「相続廃除」という効果・状況を望まなくては話が始まらないのです。
相続廃除について考えている場合には、上記で見てきたとおり家庭裁判所への申立てまたは遺言といった手続が必要になってきますので、ぜひ弁護士へ一度ご相談されることをおすすめいたします。
なお、似たような制度である「相続欠格」については以下の記事で詳しく解説していますので、あわせてご参照ください。
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