
交通事故の当事者となられた際、特に物損事故などの比較的軽微なケースにおいて、相手方や保険会社の担当者から「今回は自損自弁(じそんじべん)でいかがでしょうか?」といった提案を受けることがあります。そこで、本記事では、「自損自弁」の意味合い、その法的な位置づけ、そして安易に合意することのリスクについて、具体的な事例も交えながら解説いたします。
「自損自弁」とは何か?―実務慣行としての側面

まず、「自損自弁」とは、交通事故によって生じた損害について、当事者双方が互いに損害賠償請求を行わず、各自が自身の損害(車両修理費、治療費など)を自己負担するか、自身が加入する保険(車両保険や人身傷害保険など)で填補するという処理方法を指す、実務上の用語です。
法律に明文の規定があるわけではなく、主に保険実務や示談交渉の現場で用いられる慣行と言えます。
これが提案される典型的な場面としては、以下のようなケースが挙げられます。
過失割合の判断が困難または微妙なケース
- 駐車場内の接触事故、狭隘な道路でのすれ違いざまの接触など、どちらにどれだけの過失(不注意)があったかを厳密に立証・判断することが難しい場合。
- ドライブレコーダーの映像がない、目撃者がいないなど、客観的な証拠が乏しい場合。
損害額が軽微なケース
- ミラーの接触による軽微な傷、バンパーの擦り傷程度で、修理費用が比較的少額に留まる場合。損害額に対して、過失割合を争うコスト(時間、労力、場合によっては調査費用)が見合わないと判断される場合。
このような状況下で、「過失割合で揉めて交渉を長引かせるよりも、お互い様ということで、それぞれで対応しましょう」という趣旨で提案されるのが一般的です。
法的な意味合い―「示談契約」としての側面

重要なのは、「自損自弁」は単なる口約束や慣習的な処理に留まらないという点です。当事者双方が「自損自弁で処理する」と合意した場合、それは法的には「互いに損害賠償請求権を放棄する」という内容の示談契約(和解契約)が成立したと解釈される可能性があります。
民法上の示談契約(和解契約)は、一度有効に成立すると、原則として一方的に撤回したり、後から覆したりすることはできません(民法696条)。つまり、「自損自弁」で合意するということは、たとえ後から相手方に明らかな過失があったことが判明したとしても、あるいは予想外の損害(後日発覚した身体の不調や、修理費用の高騰など)が発生したとしても、原則として相手方に損害賠償を請求する権利を失うことを意味します。必ずしも、損害賠償請求権を放棄ということになるわけではありませんが、そういったリスクがあるということです。
「自損自弁」のメリット・デメリット

実務上の慣行として用いられるからには、一定のメリットも存在します。しかし、デメリットも十分に認識しておく必要があります。
メリット:
- 紛争の早期解決: 過失割合の認定や損害額の算定といった、示談交渉における争点を回避できるため、解決までの時間を短縮できます。
- 手続きの簡略化: 煩雑な交渉や書類のやり取りを省略でき、精神的な負担が軽減される場合があります。
- 費用対効果: 軽微な事故の場合、過失割合を争うための調査費用や弁護士費用などを考慮すると、結果的に経済的合理性がある場合も考えられます。
デメリット:
- 正当な賠償請求権の放棄: 本来であれば相手方に請求できたはずの損害賠償(修理費、治療費、慰謝料、休業損害など)を受け取れなくなります。これは最大のデメリットと言えるでしょう。
- 自己負担の発生: 自身の車両保険を使用すれば等級ダウンによる翌年以降の保険料増額リスクがあり、使用しなければ修理費用等が全額自己負担となります。人身傷害保険等がない場合、治療費も自己負担となる可能性があります。
- 不公平感の残存: 事故状況を客観的に見れば明らかに相手方の過失が大きいにもかかわらず、「自損自弁」で処理した場合、著しく不公平な結果となり、納得感が得られない可能性があります。
自損自弁で解決すべきかどうか

事故直後の混乱した状況や、相手方からの強い勧め、あるいは保険会社担当者の「事務的に進めたい」という意向から、「自損自弁」の提案を受けることがあります。しかし、以下の点を踏まえ、その場で安易に同意することは避けるべきです。
- 事故状況の客観的評価が不可欠:
- 本当にご自身の過失が大きいのか、相手方に過失はないのか、冷静に判断する必要があります。ドライブレコーダーの映像、事故現場の写真、双方の言い分などを基に、客観的な状況把握に努めましょう。
- 本当にご自身の過失が大きいのか、相手方に過失はないのか、冷静に判断する必要があります。ドライブレコーダーの映像、事故現場の写真、双方の言い分などを基に、客観的な状況把握に努めましょう。
- 損害の全容把握には時間がかかる:
- 事故直後は軽微に見えた車体の損傷が、内部機構にまで及んでいる可能性もあります。また、むちうち等の身体の不調は、事故から数日経過した後に顕在化することも少なくありません。
- 事故直後は軽微に見えた車体の損傷が、内部機構にまで及んでいる可能性もあります。また、むちうち等の身体の不調は、事故から数日経過した後に顕在化することも少なくありません。
- 保険会社は必ずしも中立ではない:
- 相手方の保険会社はもちろん、場合によってはご自身の保険会社であっても、保険金の支払いを抑制する観点から「自損自弁」を勧めてくる可能性も否定できません。担当者の言葉を鵜呑みにせず、ご自身の権利を守る視点を持つことが重要です。
もし、「自損自弁で」と言われ、判断がつかない場合は、まずは「検討します」と伝え、その場での即答は避けてください。 そして、少しでも疑問や不安を感じる場合は、示談に応じてしまう前に、交通事故案件に精通した弁護士にご相談いただくことをお勧めします。
弁護士に依頼をすることによって、保険会社との交渉や手続、裁判を代理で行うことができます。
また、弁護士特約に加入されている場合は、弁護士費用が原則として300万円まで保険ででます。軽微な事故でも弁護士特約は使用可能です。ほとんどのケースでは300万円の範囲内でおさまります。
弁護士特約に加入している場合は、法律相談費用もでますので、必要な場合はお気軽にご相談ください。
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自損自弁の解決事例

- 【紛争センター】物損事故でいわゆる自損自弁による解決をした事案
事故態様としては、狭い道路(住宅街)で、乗用車と軽自動車とのすれ違い様に、ミラーがぶつかって傷がついたというものでした。
依頼者は軽自動車に乗っており、すぐに警察を呼びましたが、相手はそのまま走り去ってしまい、当て逃げ事案となりました。
もっとも、依頼者はドライブレコーダーの映像を確保せず、その後も移動してしまったため、ドライブレコーダーが上書きされ、事故時の映像が消えてしまっておりました。
双方の損害を比較すると、相手の乗用車は新しく、金額が3倍近くの修理費でした。
依頼者は、過失割合100:0を主張しておりましたが、ドライブレコーダーの映像はなく、また、弁護士会照会で取り寄せた物件事故報告書(警察作成)についても、双方が移動中の事故ということしか判明しませんでした。
考え方としては、50:50(お互い様)ということもありますが、それでは、依頼者が支払う金額が大幅に出てしまうので、結果を公平にするため、紛争処理センターの斡旋委員からは、「自損自弁」(つまり、自分の損害は自分でまかない、相手に請求しないし、相手からも請求されない)という解決策を示されました。
そして、当事者双方が、自損自弁に合意したため、お互いに支払なく本件は解決となりました。
ご相談・ご質問

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、多数の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
交通事故においても、専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。
物損、ケガ、入院中でお悩みの方や、被害者のご家族の方に適切なアドバイスもできるかと存じますので、まずは、一度お気軽にご相談ください。
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