職場でセクハラが発生した場合、大半のケースでは、会社も被害者に対して慰謝料などの支払義務を負うことになります。このコラムでは、直接の加害者でない会社がなぜそのような責任を負うのかという根拠と、その責任の性質について解説していきます。

職場でセクシャルハラスメント(セクハラ)が発生した場合、セクハラ行為の加害者は、被害者に対して、慰謝料などの損害賠償義務を負うことになります。
セクハラは、故意または過失によって他人(被害者)の権利(人格権など)を侵害する不法行為(民法709条)に該当するからです。
このように、セクハラ行為をした加害者本人が被害者に対して損害賠償責任を負うことになるのは当然と言えるでしょう。
しかしながら、職場でセクハラが発生した場合、被害者に対して損害賠償責任を負うことになるのは加害者本人だけとは限りません。
実は、会社も、被害者に対して損害賠償責任を負わなければならない場合があるのです。

なぜ会社がセクハラの責任を負うのか?

加害者本人と異なり、会社は、セクハラ行為を直接おこなったわけではありません。
それにもかかわらず、なぜ、会社が、被害者に対して、慰謝料支払いなどの損害賠償責任を負うことがあるのでしょうか?
それは次の2つを根拠としています。順番に見ていきましょう。

①債務不履行責任(職場環境配慮義務違反、民法第415条1項など)

会社には、労働者が心身の健康を害さず、快適に働けるように職場の環境に配慮する義務があります(職場環境配慮義務)。
これは、会社が労働者を雇い入れる際に、労働者との間で交わした雇用契約に基づいて、会社が労働者に対して負っている債務の一内容(付随義務)です。
労働者と契約関係にある会社が、契約関係(雇用契約)に基づいて負っている義務ですので、会社がこの職場環境配慮義務に違反することは、債務不履行(民法第415条1項)となります。

また、労働契約法第5条には、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」との規定があり、これも、会社が労働者に対して職場環境配慮義務を負っていることの根拠となり得ます。

男女雇用機会均等法の定めと厚労省の指針

会社に職場環境配慮義務違反があったかどうかを判断する際の参考になるのが、男女雇用機会均等法の規定です。
同法により、会社には、職場においてセクハラが発生しないよう、雇用管理上の措置をとるべきことが義務付けられています。
具体的な定めは次のとおりです。

(職場における性的な言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等)
第十一条 事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
2 事業主は、労働者が前項の相談を行ったこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
3 事業主は、他の事業主から当該事業主の講ずる第一項の措置の実施に関し必要な協力を求められた場合には、これに応ずるように努めなければならない。
(以下省略)

また、こちらは努力義務ですが、

(職場における性的な言動に起因する問題に関する国、事業主及び労働者の責務)
第十一条の二 (1項省略)
2 事業主は、性的言動問題に対するその雇用する労働者の関心と理解を深めるとともに、当該労働者が他の労働者に対する言動に必要な注意を払うよう、研修の実施その他の必要な配慮をするほか、国の講ずる前項の措置に協力するように努めなければならない。
3 事業主(その者が法人である場合にあっては、その役員)は、自らも、性的言動問題に対する関心と理解を深め、労働者に対する言動に必要な注意を払うように努めなければならない。
(以下省略)

といったことも定められています。
さらに、厚生労働省が発表している「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」では、事業主が講ずべき雇用管理上の措置について、具体的な内容が挙げられています。
この指針を読めば、会社がしなければならないことが具体的にイメージできるかと思います。



【セクハラ防止のために講ずべき雇用管理上の措置(厚生労働省の指針)】
①職場におけるセクハラの内容・セクハラがあってはならない旨の方針の明確化し、労働者に周知・啓発すること
②行為者については、厳正に対処する旨の方針・対処の内容を就業規則等の文書に規定し、労働者に周知・啓発すること
③相談窓口を予め定めること
④窓口担当者は、内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること
また、広く相談に対応すること
⑤事実関係を迅速かつ正確に確認すること
⑥事実関係が確認できた場合には、速やかに被害者に対する配慮の措置を適正に行うこと
⑦事実関係が確認できた場合には、行為者に対する措置を適正に行うこと
⑧再発防止に向けた措置を講じること(事実確認ができなかった場合も同様)
⑨相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講じ、周知すること
⑩相談したこと、または事実関係の確認に協力したこと等を理由として不利益な取扱いを行ってはならない旨を定め、労働者に周知・啓発すること

どのような場合に職場環境配慮義務違反となるのか?

上記指針からも明らかなとおり、会社は、職場環境配慮義務の具体化として、

■セクハラがあってはならない旨を予め労働者に周知したり
■セクハラの相談窓口を設け、事案に応じた適切な対応ができる体制を整えたり
■万一セクハラが発生した時は、当事者双方や関係者から、迅速かつ正確に事実関係を聴取したり
■セクハラの事実が確認できた場合には、加害者に対して、就業規則等で定めた懲戒処分を行ったり

する等の義務を負っています。

職場環境配慮義務違反となるのは、端的に言えば、会社がこれらの義務を果たさなかった場合です。
例えば、

×会社がセクハラ防止のための措置を何も講じていない
×セクハラ行為をした加害者に対する処分がどこにも定められていない
×会社が加害者からの一方的な言い分を聞いただけで、セクハラはなかったと判断した
×他の従業員も容易に見聞きできる場所で事実関係の聴取を行ったために、被害者や加害者、事案の中身などの情報が職場内に漏れてしまった
×被害者がセクハラの被害を訴えた後、加害者の配置転換を検討するなど、二次被害防止のための適切な対応をしなかった

といった場合です。
このような場合は、職場環境配慮義務違反となり、会社は、被害者に対して、慰謝料などの損害賠償義務を負う可能性があるでしょう。

②使用者責任(民法715条1項)

さて、もう1つ、セクハラが発生した場合に会社が被害者に対して損害賠償責任を負う根拠が、「使用者責任」と呼ばれるものです。
民法第715条1項がこの「使用者責任」について規定しており、

「ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う」

と定められています。
これは、労働者を使用して事業を行い、利益を上げている者(会社)は、その労働者が事業を行うにあたって第三者に加えた損害もまた賠償すべきである、という考え方(報償責任の原則、「利益の帰するところ、損失もまた帰する」)に基づいて、会社に課せられた特別の責任です。

条文中にある「事業の執行について」というのは、平たく言うと「仕事をするにあたり」という意味ですが、労働者としての本来的業務のみならず、終業後に行われる飲み会や社員旅行なども含まれます。
職場でセクハラが発生した場合、ほとんどのケースではこの「事業の執行について」という要件を満たす(=加害者が仕事をする中でセクハラ行為をおこなったと言える)ため、会社も使用者責任を負うことになり、被害者に慰謝料などを賠償しなければならなくなるのです。

なお、元請け・下請けの関係で、下請け会社の従業員がセクハラ行為をおこなったケースであっても、元請け会社の指揮監督が直接または間接的に及んでいる場合には、元請け会社も使用者責任を負うことになりますので、注意が必要です。

会社が使用者責任を負わなくても済む場合とは?

セクハラが発生した場合であっても会社が使用者責任を負わなくて済むのは、先に見た条文の「事業の執行について」という要件を満たさないケース、すなわち、仕事とは全く関係のない、私的な場面で行為がおこなわれたケースです。
例えば、労働者が、休日に趣味のサークル活動の場においてセクハラ行為に及んだ、といった場合です。

また、法律上は、「使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない」と規定されており(民法715条1項ただし書)、会社が労働者(加害者)の選任・監督について相当の注意を払ったことを立証した場合には免責するとの定めがあります。
しかしながら、その労働者の選任・監督について相当の注意を払ったことを会社側で立証するのは困難ですし、実務上、この規定に基づいて会社の免責を認めたケースは極めて少ないのが現状です。

被害者に賠償した会社は、加害者に何か言えないのか?

職場でセクハラが発生し、被害者から慰謝料請求を受けた会社が、使用者責任に基づき、被害者に対して慰謝料を支払ったとします。
このような場合、会社としては、「直接セクハラ行為をおこなった加害者の代わりに慰謝料を支払ったのだから、今度は、会社から加害者に対して支払った分を返せと言えないのか」と思われるでしょう。
この点について、民法は、「前二項の規定(注:使用者責任による損害賠償の規定のことです)は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない」と規定しています(民法715条3項)。
これは、つまり、「被害者に対して損害を賠償した会社から、加害者に対して、求償権を行使することができますよ」ということです。
それでは、被害者からの請求に応じて会社が300万円の慰謝料を支払った場合、会社は加害者に対して、同額の300万円(被害者に対して支払った金額)を会社に支払うよう請求できるのでしょうか?

残念ながら、答えは「Nо」です。
会社から加害者に対する求償権の行使は、事業の性格や規模、加害者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防もしくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他の事情に照らして、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度に限られます(最高裁昭和51年7月8日判決)。
上記裁判例の規範から、「このようなケースでは支払ったうちの何割を加害者に請求できる」といった基準を直ちに導き出すのは困難ですが、会社が被害者に対して支払った賠償額の全額を請求できるわけではないのです。

債務不履行責任と使用者責任の違いは?

さて、ここまで、職場でセクハラが発生した場合に会社が負う可能性のある2つの責任、債務不履行責任(職場環境配慮義務違反)と使用者責任を見てきました。
この2つの責任にはどのような違いがあるのでしょうか?

責任の性質

債務不履行責任(職場環境配慮義務違反)は、会社自体の義務違反を理由として生じるものであり、会社自らの責任と言うことができます。
これに対して、使用者責任は、報償責任の原則(「利益の帰するところ、損失もまた帰する」という考え方)から生じる特別の責任です。

免責事由の有無

先に述べたように、使用者責任には、会社が労働者(加害者)の選任・監督について相当の注意を払ったことを立証した場合には免責するとの定めがありますが、債務不履行責任(職場環境配慮義務違反)にはこのような免責事由はありません。

セクハラ行為後の事情が考慮されるかどうか

債務不履行責任(職場環境配慮義務違反)の場合は、不幸にもセクハラが発生してしまったとしても、その後の会社側の対応次第では(例えば、速やかに事実確認をしたうえで、加害者に対する適切な処分をおこない、二次被害の発生防止などの措置をとったかどうか)、義務違反がなかったものと判断される結果、会社は責任を問われずに済むこともあります。
これに対して、使用者責任の場合は、一度セクハラが発生してしまったら、その後の会社の対応がどのようなものであったかに関わらず、会社が責任を負わなければならない可能性が高いです。

消滅時効の期間

以下は、2020年4月1日から施行されている改正民法が適用されるものとして、説明します。
債務不履行責任(職場環境配慮義務違反)の場合は、「権利を行使することができることを知った時から5年間」または「権利を行使することができる時から10年間」です。
これに対し、使用者責任の場合は、「被害者または法定代理人が損害及び加害者を知った時から3年間」または「不法行為の時から20年間」です。
ただし、「人の生命又は身体」を害した場合には、債務不履行責任(職場環境配慮義務違反)で「権利を行使することができる時から20年間」に、使用者責任で「被害者または法定代理人が損害及び加害者を知った時から5年間」になりますので、「5年間」または「20年間」という消滅時効の期間が揃うことになります。

ここで問題になるのが、セクハラが発生した結果、被害者に生じた損害が精神的苦痛のみであったというケースです。
生じた被害が精神的苦痛のみだと、「人の生命又は身体」を害した場合とは言えないのではないか、ということです。
このような考え方を取ると、債務不履行責任(職場環境配慮義務違反)の消滅時効は「5年間」または「10年間」、使用者責任の消滅時効は「3年間」または「20年間」となって、時効期間に差が生じることになるでしょう。

被害者はどちらを根拠に請求してくるのか?

以上のとおり、職場でセクハラが発生した場合、会社が被害者に対して損害賠償責任を負う根拠には、債務不履行責任(職場環境配慮義務違反)と使用者責任の2つがあります。
それでは、被害者は、これら2つのうちどちらの責任を追及してくるのでしょうか?

債務不履行責任(職場環境配慮義務違反)と使用者責任は併存します。
どちらか一方を選択したら、もう一方を根拠としては損害賠償請求できなくなる、というものではないのです。
先に見たとおり、これら2つの責任には、免責事由の有無やセクハラ発生後の事情が考慮されるかどうかといった違いがありますが、恐らく、多くの被害者は、債務不履行責任(職場環境配慮義務違反)と使用者責任の両方を根拠に請求してくると思われます。

その結果、セクハラ防止体制をしっかり整え、セクハラ発生後の対応も迅速かつ適切であり、債務不履行責任(職場環境配慮義務違反)では義務違反が認められないと言えるようなケースでも、使用者責任における免責事由の立証は困難であることから、会社としては、使用者責任に基づいて賠償責任を負わなければならなくなることが多いでしょう。

結局、一度セクハラが発生してしまったら、会社としての責任を完全に免れるのは難しいものと心得て、職場において決してセクハラをしない・させないための日々の取り組みが重要なのです。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 田中 智美
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