新卒採用・中途採用にかかわらず、内定を出した後になって、何らかの事情で、当該内定を取り消したいという場面が考えられます。そして、内定取消しをしてしまえば解決すると考えられている企業は多いように思われます。実は、内定取消しも「解雇」と同様に扱われ、トラブルになり得るので、注意が必要になります。
採用内定の法的性質
新卒採用
採用内定の法的性質について、学説上は、労働契約締結過程に過ぎないとする見解、労働契約締結の予約であるとする見解等の議論がありました。しかし、下記の最高裁大日本印刷事件判決を受け、採用内定の過程で労働契約は成立し、その後の内定取消は、労働契約の解約=解雇にあたるとの判断が出されました。つまり、内定取消しをするということは、労働者を解雇することと同義であるため、その適法性の判断にあたっては非常に高いハードルが存します。
大日本印刷事件(最判昭和54年7月20日・民集33巻5号582頁)
「本件採用内定通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかつたことを考慮するとき、上告人【会社】からの募集(申込みの誘引)に対し、被上告人【労働者】が応募したのは、労働契約の申込みであり」、
会社と労働者「との間に、前記誓約書における五項目の採用内定取消理由に基く解約権を控訴人会社が就労開始時まで留保し、就労の始期を被控訴人の昭和四四年大学卒業直後とする労働契約が成立したと解するのが相当である。」とした原審である大阪高判昭和51年10月4日「の判断は正当である」と判断しました。
労働契約の成立
つまり、①会社による求人の募集という「申込みの誘引」、②労働(予定)者の①への応募という「申込み」、③会社の採用内定通知が「申込みに対する承諾」であるとし、労働契約が締結された、すなわちその後の内定取消しは労働契約の解除=解雇である、との判断をしたことになります。そのため、解雇の適法性のハードルが、内定取消の場面でも問題となるのです。
始期付解約権留保付労働契約の成立
もっとも、①誓約書記載の採用内定取消理由に基づく解約権を留保したものであること、②労働契約開始の始期を大学卒業直後とすること、という、始期及び解約権を留保した、労働契約の成立を認めている点で、通常の労働契約成立とは異なるものであるとの判断がなされています。
個別具体的判断
上記判決では、「具体的事案につき、採用内定の法的性質を判断するにあたつては、当該企業の当該年度における採用内定の事実関係に即してこれを検討する必要がある。」とも判示しています。
そのため、労働契約の成立は、両当事者間の合理の存否及びその時期という契約解釈の問題が残ります。必ずしも、内定=労働契約成立とまで、直截に判断するのではなく、結局は個別具体的事情も判断材料となります。
中途採用
中途採用者に対する内定も、新卒採用者同様、具体的な事実経過に照らして、始期付解約権留保付労働契約成立と考えられています(インフォミックス事件・東京地判平成9年10月31日)。
同事件は、労働者が会社からスカウトされ、労働者が採用条件提示書及び入社承諾書の送付を受けて入社承諾書を会社に送付し、これに対し、会社が労働者に対して、入社承諾書を受領した旨の通知書及び「入社手続きのご案内」と題する書面を送付したという事案です。
このような採用に至る経緯の中で、入社承諾書のやり取りに着目し、①求人募集という「申込みの誘引」、②労働(予定)者の①への応募という「申込み」、③会社の採用内定通知が「申込みに対する承諾」であるとし、労働契約が締結されたと判断されたものと考えられます。
中途採用の場合は、新卒採用と異なり、始期が短かったり、採用内定取消理由がないことを前提とはしていなかったりする点で、新卒採用以上に労働契約締結の有無について個別具体的な判断が求められるところです。
なお、上記事案においては、内定取消しが無効であると判断され、120万円及び月額60万円の給与相当額10ヶ月分の支払が会社に命じられています。
採用内定取消しをめぐる紛争
採用内定取消しの適法性
上記の通り、内定取消しは解雇と同列に考えるわけですから、その適法性判断にあたっては、解雇規制(労働契約法第16条)により判断されることになります。
労働契約法第16条は、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」と規定しています。したがって、解雇が有効と認められるためには、①解雇に客観的に合理的な理由があること(客観的合理性)、②解雇が社会通念上相当であること(社会的相当性)という2つの要件を満たさなければなりません。
労働契約法第16条は、上記大日本印刷事件判決で判示された「雇用契約の締結に際しては企業者が一般的には個々の労働者に対して社会的に優越した地位にあることを考慮するとき、留保解約権の行使は、右のような解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存在し社会通念上相当として是認することができる場合にのみ許されるものと解すべき」との内容を明文化したものです。
内定取消しの適法性判断基準
上記大日本印刷事件判決では、「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であつて、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られると解するのが相当である。」と判示されています。
各取消し事由における判断
内定者側の事情による取消し
大日本印刷事件(最判昭和54年7月20日・民集33巻5号582頁)
「本件採用内定取消事由の中心をなすものは「被上告人はグルーミーな印象なので当初から不適格と思われたが、それを打ち消す材料が出るかも知れないので採用内定としておいたところ、そのような材料が出なかつた。」というのであるが、グルーミーな印象であることは当初からわかつていたことであるから、上告人としてはその段階で調査を尽くせば、従業員としての適格性の有無を判断することができたのに、不適格と思いながら採用を内定し、その後右不適格性を打ち消す材料が出なかつたので内定を取り消すということは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することができず、解約権の濫用というべきであり、右のような事由をもつて、本件誓約書の確認事項二、「5」所定の解約事由にあたるとすることはできないものというべきである。」と判示し、内定取消しを無効と判断しました。
電電公社近畿電通局事件(最判昭和55年5月30日・民集34巻3号464頁)
「交付された本件採用通知には、採用の日、配置先、採用職種及び身分を具体的に明示しており、右採用通知のほかには労働契約締結のための特段の意思表示をすることが予定されていなかつたと解することができるから、上告人が被上告人からの社員公募に応募したのは、労働契約の申込みであり、これに対する被上告人からの右採用通知は、右申込みに対する承諾であつて、これにより、上告人と被上告人との間に、いわゆる採用内定の一態様として、労働契約の効力発生の始期を右採用通知に明示された昭和四五年四月一日とする労働契約が成立したと解するのが相当である。・・・本件採用の取消をしたのは、上告人が反戦青年委員会に所属し、その指導的地位にある者の行動として、大阪市公安条例等違反の現行犯として逮捕され、起訴猶予処分を受ける程度の違法行為をしたことが判明したためであつて、被上告人において右のような違法行為を積極的に敢行した上告人を見習社員として雇用することは相当でなく、被上告人が上告人を見習社員としての適格性を欠くと判断し、本件採用の取消をしたことは、解約権留保の趣旨、目的に照らして社会通念上相当として是認することができるから、解約権の行使は有効と解すべきである。」と判示し、内定取消しを有効と判断しました。
このように、内定通知書等に記載されていない事由による内定取消しは認められます。あくまで、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実かどうかという基準によって判断されていることが分かります。
オプトエレクトロニクス事件(東京地判平成16年6月23日)
本件は、中途採用者に関する事案です。
「採用内定を一旦留保し,調査,再面接後,再度,本件採用内定をした経過に照らすと,本件採用内定取消しが適法になるためには,原告の能力,性格,識見等に問題があることについて,採用内定後新たな事実が見つかったこと,当該事実は確実な証拠に基づく等の事由が存在する必要があると解するのが相当である。」とし、内定後に判明した労働者に関する悪い伝聞情報を基に内定取消しをしたことについて、「本件採用内定取消しに用いた情報は,あくまで伝聞にすぎず,噂の域をでないものばかりであり,当該噂が真実であると認めるに足りる証拠は存在しないというべきである。」として、内定取消しを解約権の濫用と判示しました。
本判示から、内定取消し事由を根拠付ける事実について、確実な証拠を要求しており、客観的合理性・社会的相当性を厳格に判断したものと解されます。
使用者側の事情による取消し
インフォミックス事件(東京地判平成9年10月31日)
本事件は、内定後、会社の業績が予想を大幅に下回ったため、当該会社を含む全てのグループ会社を対象に経費削減と事業計画の見直しが進行しており、組織、事業形態の修正作業を検討しており、その結果、採用内定者の配属を予定していたグループ自体が存続しなくなることを理由に、当初の採用条件で採用する予定が会社の都合でできなくなったものです。
「採用内定者は、現実には就労していないものの、当該労働契約に拘束され、他に就職することができない地位に置かれているのであるから、企業が経営の悪化等を理由に留保解約権の行使(採用内定取消)をする場合には、いわゆる整理解雇の有効性の判断に関する①人員削減の必要性、②人員削減の手段として整理解雇することの必要性、③被解雇者選定の合理性、④手続の妥当性という四要素を総合考慮のうえ、解約留保権の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当と是認することができるかどうかを判断すべきである。」と判示しました。
そして、「経営悪化による人員削減の必要性が高く、そのために従業員に対して希望退職等を募る一方、債権者を含む採用内定者に対しては入社の辞退勧告とそれに伴う相応の補償を申し入れ、債権者には入社を前提に職種変更の打診をしたなど、債権者に対して本件採用内定の取消回避のために相当の努力を尽くしていることが認められ、その意味において、本件内定取消は客観的に合理的な理由があるということができる。しかしながら、債務者がとった本件内定取消前後の対応には誠実性に欠けるところがあり、債権者の本件採用内定に至る経緯や本件内定取消によって債権者が著しい不利益を被っていることを考慮すれば、本件内定取消は社会通念に照らし相当と是認することはできないというべきである。」とし、整理解雇4要素である①②③は認められるにしても、④の手続の妥当性が欠けることをもって、本件内定取消しを無効としました。
このように、内定段階においても、通常の整理解雇と同様の基準を使って、解雇の有効性(内定取消しの有効性)を判断しています。
誠実義務違反を内容とする債務不履行責任・期待権侵害を内容とする不法行為責任に基づく損害賠償
内定取消が違法である場合、労働者たる地位確認・賃金支払請求ができることに加え、不法行為または債務不履行に基づく損害賠償請求も認められる。
判例・裁判例上、上記大日本印刷事件(最判昭和54年7月20日・民集33巻5号582頁)においては100万円の慰謝料請求が認められており、上記オプトエレクトロニクス事件(東京地判平成16年6月23日)においても100万円の慰謝料請求が認められています。
職業安定法による規制
新規学卒者に対する内定取消・撤回をしようとする場合には、所轄の公共職業安定所長および関係の施設(学校等)の長に事前に通知し、公共職業安定局長はこれを受けて指導を行うものとされています(職業安定法第54条、職業安定法施行規則第35条第2項第2号、第4項)。
そして、公共職業安定所長は、前項の規定による通知の内容を都道府県労働局長を経て厚生労働大臣に報告しなければならず、厚生労働大臣は、以下の場合、新規学卒者の内定取消に関する報告内容を公表することができるとされています(職業安定法施行規則第35条第3項、第17条の4第1項、平成21年1月19日厚生労働省告示第5号)。
新規学卒者に対する内定取消・撤回が、
①2年度以上連続して行われたもの
②同一年度内において10名以上の者に対して行われたもの
③生産量その他事業活動を示す最近の指標、雇用者数その他雇用量を示す最近の指標等にかんがみ、事業活動の縮小を余儀なくされているものとは明らかに認められないときに、行われたもの
④内定取消しの対象となった新規学卒者に対して、内定取消しを行わざるを得ない理由について十分な説明を行わなかったとき。
⑤内定取消しの対象となった新規学卒者の就職先の確保に向けた支援を行わなかったとき
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