賃貸借契約に基づく、不動産退去後の賃借人の原状回復義務については悩ましい問題が多くあります。近年では、社会問題化した結果、国交省からガイドラインもでているところですが、いまだ質問が多くあることから、整理をしました。

今回は、家賃滞納と原状回復にまつわる悩みについて解説します。賃貸人としては、どこまで原状回復を求められるのか、原状回復費用はどうするのかについて悩みをもつ方が多いようです。

退去後の原状回復について

原状回復については、賃貸借契約の内容次第ということもありますが、通常、以下のような契約内容になっているものと思います。

(明渡し時の原状回復)
乙は、通常の使用に伴い生じた本物件の損耗及び本物件の経年変化を除き、本物件を原状回復しなければならない。ただし、乙の責めに帰することができない事由により生じたものについては、原状回復を要しない。(国土交通省・賃貸住宅標準契約書参照)

つまり、原状回復の範囲は、「通常の使用に伴い生じた本物件の損耗及び本物件の経年変化を除き」ということになります。居住用であれば、持ち込んだ家具や私物はすべて撤去して部屋を空にしてくださいということになりますし、居住用住宅ではなくオフィスビルなどであれば、いわゆる「スケルトン返し」と言われ、オフィスのパーテーションや壁を賃借人が設置した場合は、すべて取り外して、入居時の空のままにして退去してということです。
もっとも、原状回復とは、「賃借人が借りた当時の状態に戻すことではない」ということになります。居住用の不動産の場合は、いわゆる通常損耗・経年劣化の範囲がよく問題となります。敷金の返還に関連してよく問題となるものです。

なお、原状回復について特約を定めた場合は、特約に従うことになりますし、契約内容に関わらず、当事者が合意すれば内容は変更できます。賃貸住宅標準契約書では以下のように例文が記載されています。

「甲及び乙は、本物件の明渡し時において、契約時に特約を定めた場合は当該特約を含め、別表第5の規定に基づき乙が行う原状回復の内容及び方法について協議するものとする」

通常損耗・経年劣化とは

原状回復の条件は、例外としての特約以外は、「賃貸住宅の原状回復に関する費用負担の一般原則の考え方」によります。それは、以下のような原則になります。

・ 借主の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用方法を超えるような使用による損耗等については、借主が負担すべき費用となる。なお、震災等の不可抗力による損耗、上階の居住者など借主と無関係な第三者がもたらした損耗等については、借主が負担すべきものではない。

・ 建物・設備等の自然的な劣化・損耗等(経年変化)及び借主の通常の使用により生ずる損耗等(通常損耗)については、貸主が負担すべき費用となる

次に、「通常損耗」の具体的な内容を見ていきます。
原状回復にいては、国土交通省のガイドラインが参考になります。

https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000020.html

ただし、ガイドラインは、@民間賃貸住宅における賃貸借契約は、いわゆる契約自由の原則により、貸す側と借りる側の双方の合意に基づいて行われるものですが、退去時において、貸した側と借りた側のどちらの負担で原状回復を行うことが妥当なのかについてトラブルが発生することがあります。こうした退去時における原状回復をめぐるトラブルの未然防止のため、賃貸住宅標準契約書の考え方、裁判例及び取引の実務等を考慮のうえ、原状回復の費用負担のあり方について、妥当と考えられる一般的な基準をガイドラインとして平成10年3月に取りまとめたもの」とのことであり、賃料が市場家賃程度の民間賃貸住宅を想定しています。
もっとも、オフィスビルについても、基本的には同じような考え方になります。

貸主の負担となるもの

ケースによって異なることもあるので、以下が必ずしもそうとは言えませんが、概ね、貸主と借主の負担となるケースを整理しました。

【床(畳・フローリング・カーペットなど)】
1.畳の裏返し、表替え(特に破損してないが、次の入居者確保のために行うもの)
2.フローリングのワックスがけ
3.家具の設置による床、カーペットのへこみ、設置跡
4.畳の変色、フローリングの色落ち(日照、建物構造欠陥による雨漏りなどで発生したもの)

【壁、天井(クロスなど)】
1.テレビ、冷蔵庫等の後部壁面の黒ずみ(いわゆる電気ヤケ)
2.壁に貼ったポスターや絵画の跡
3.壁等の画鋲、ピン等の穴(下地ボードの張替えは不要な程度のもの)
4.エアコン(借主所有)設置による壁のビス穴、跡
5.クロスの変色(日照などの自然現象によるもの)

【建具等、襖、柱等】
1.網戸の張替え(特に破損はしてないが、次の入居者確保のために行うもの)
2.地震で破損したガラス
3.網入りガラスの亀裂(構造により自然に発生したもの)

【設備、その他】
1.専門業者による全体のハウスクリーニング(借主が通常の清掃を実施している場合)
2.エアコンの内部洗浄(喫煙等の臭いなどが付着していない場合)
3.消毒(台所・トイレ)
4.浴槽、風呂釜等の取替え(破損等はしていないが、次の入居者確保のために行うもの)
5.鍵の取替え(破損、鍵紛失のない場合)
6.設備機器の故障、使用不能(機器の寿命によるもの)

賃借人の負担となるもの

【床(畳・フローリング・カーペットなど)】
1.カーペットに飲み物等をこぼしたことによるシミ、カビ(こぼした後の手入れ不足等の場合)
2.冷蔵庫下のサビ跡(サビを放置し、床に汚損等の損害を与えた場合)
3.引越作業等で生じた引っかきキズ
4.フローリングの色落ち(借主の不注意で雨が吹き込んだことなどによるもの)

【壁、天井(クロスなど)】
1.借主が日常の清掃を怠ったための台所の油汚れ(使用後の手入れが悪く、ススや油が付着している場合)
2.借主が結露を放置したことで拡大したカビ、シミ(貸主に通知もせず、かつ、拭き取るなどの手入れを怠り、壁等を腐食させた場合)
3.クーラーから水漏れし、借主が放置したため壁が腐食
4.タバコ等のヤニ、臭い(喫煙等によりクロス等が変色したり、臭いが付着している場合)
5.壁等のくぎ穴、ネジ穴(重量物をかけるためにあけたもので、下地ボードの張替えが必要な程度のもの)
6.借主が天井に直接つけた照明器具の跡
7.落書き等の故意による毀損

【建具等、襖、柱等】
1.飼育ペットによる柱等のキズ、臭い(ペットによる柱、クロス等にキズが付いたり、臭いが付着している場合)
2.落書き等の故意による毀損

【設備、その他】
1.ガスコンロ置き場、換気扇等の油汚れ、すす(借主が清掃・手入れを怠った結果汚損が生じた場合)
2.風呂、トイレ、洗面台の水垢、カビ等(借主が清掃・手入れを怠った結果汚損が生じた場合)
3.日常の不適切な手入れ又は用法違反による設備の毀損
4.鍵の紛失又は破損による取替え
5.戸建賃貸住宅の庭に生い茂った雑草

原状回復請求を行う方法

任意での話合い

ほとんどのケースでは、まずは話合いということになります。いきなり裁判をする賃貸人もいないかと思います。当事者同士でうまく話ができない場合は、管理会社を通じて話したり、弁護士が代理で交渉するケースもあります。

民事調停

(概要)
当事者同士で争いがある場合は、いきなり訴訟をするのではなく、民事調停で解決を図ることが考えられます。

民事調停は、裁判のように勝ち負けを決めるのではなく、話合いによりお互いが合意することで紛争の解決を図る手続です。調停手続では、一般市民から選ばれた調停委員が、裁判官とともに、紛争の解決に当たっています。

(管轄)
調停をする場所のことです。
原則として、相手方になる方の住所のある地区の裁判を受け持つ簡易裁判所に申し立てます。

(特徴)
・手続が簡単 だという点があげられます。
調停の申立てをするのに特別の法律知識は必要ありません。したがって、弁護士に委任しなくても、個人で簡単にすることができます。申立用紙(インターネットにも書式があります)と、その記入方法を説明したものが簡易裁判所の窓口に備え付けてありますので、それを利用して申立てをすることができます。

・円満な解決ができる可能性がある
当事者双方が話し合うことが基本ですが、調停員を挟むので、実情に合った円満な解決ができる可能性があります。もちろん、あくまで話合いなので、決裂することもあります。

・費用が低額
裁判所に納める手数料は、訴訟に比べて安くなっています。例えば、10万円の賃料の返済を求めるための手数料は、訴訟では1000円、調停では500円です。

民事裁判

訴訟(裁判)を起こすという手段です。
民事訴訟と言われるもので、民事訴訟手続は,個人の間の法的な紛争,主として財産権に関する紛争を,裁判官が当事者双方の言い分を聞いたり,証拠を調べたりした後に,判決をすることによって紛争の解決を図る手続となっています。

基本は地方裁判所で行いますが、紛争の対象が金額にして140万円以下の事件については、簡易裁判所で行います。また、60万円以下の事件については、簡易・迅速に裁判を進行する、少額訴訟を利用することもできます。

裁判制度をすべて説明すると長くなってしまうので、原状回復の争いで一番よく利用するであろう簡易裁判所の制度については、以下のリンクをご覧ください。

https://www.courts.go.jp/saiban/qa/qa_kansai/index.html

原状回復費用と敷金の関係

原状回復費用の回収方法として最も簡易なのは、敷金から充当することです。
通常、以下のような契約文言があると思います。

甲は、本物件の明渡しがあったときは、遅滞なく、敷金の全額を乙に返還しなければならない。ただし、本物件の明渡し時に、賃料の滞納、原状回復に要する費用の未払いその他の本契約から生じる乙の債務の不履行が存在する場合には、甲は、当該債務の額を敷金から差し引いた額を返還するものとする。

これにより、原状回復費用は、敷金と相殺することが可能です。
ほとんどのケースでは、こうして原状回復費用を回収しています。したがって、契約時に敷金の定めとすることは賃貸人のとっては、保全手続きの一環として非常に大事であります。

また、通常損耗・経年劣化の問題は、この敷金から差し引きという時に、賃借人が反発し、問題化することが多いように思います。

退去したが家賃滞納がある場合

退去時の原状回復義務とは別観点の話になりますが、退去したときに家賃滞納がある以下の場合は、どうでしょうか。

これも、上と同じく、結論として敷金から充当できます。

質問:賃借人が、家賃を2ヶ月滞納したまま、夜逃げしてしまいました。敷金は家賃の2ヶ月分預かっています。この場合、敷金を家賃代わりにもらってもいいのでしょうか?

回答:退去時に未払いの家賃があれば、敷金を充当できます。

質問:敷金を家賃に充当しても、なお未払い家賃が残っています。この場合、どうすれば良いでしょうか?

回答:債権回収の問題になります(上で回収方法を記載のとおり)。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 申 景秀
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