パワーハラスメント(パワハラ)の問題で、部下が加害者として、あるいは会社自身が使用者として訴えられた場合、どのような手順で対応すべきでしょうか。この記事では、パワハラの訴えに関する対処方法について、弁護士が法律上の責任を整理し、具体的な裁判例なども踏まえつつポイントを押さえて解説します。

部下がパワハラの加害者として訴えられたら?会社としての使用者責任って?訴訟のリスク・対処についての解説

令和元年(2019年)5月29日、労働施策総合推進法の成立により、初めてパワハラは法的な定義づけがなされました。このような定義づけがなされるずっと以前から、民間団体・公的な団体問わず組織的な問題としてパワハラはニュースになることもありましたが、今もなお不法行為責任や会社の使用者責任を問う紛争が生じ、訴訟に発展することもしばしばあります。
今回の記事は、パワハラの加害者として部下などが訴えられてしまったら、被告側となる側(会社)が対応すべき方法などを、パワハラの該当性やこれまでの裁判例などの紹介も踏まえ、解説します。

そもそもパワハラに当たる言動ってどんなもの?

法律上の定義

パワハラの定義としては、「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」(略して、「労働施策総合推進法」)の30条の2にて規定されています。
具体的には、
「職場」において行われる「優越的な関係」を背景とした言動であって、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」ものによりその雇用する「労働者」の就業環境が害されること
をパワハラと定義づけています(カッコ書きは本コラムにおける追記部分です。)。

パワハラ行為を構成する3つの要素

労働施策総合推進法では、上記に掲げる「労働者」に関し、「3要素」を満たす行為を「パワハラ」としており、これまで一般的に言われていたパワハラの定義づけを踏襲しているものといえます。

そもそも「労働者」とは?
いわゆる正規雇用者のみならず、パート、契約社員等非正規雇用労働者も含むため、派遣労働者も含まれます。
派遣労働者の場合、派遣先の会社はその派遣労働者を「雇用」しているわけではありませんが、法律上は派遣元と同様にパワハラについての措置義務を課されています。つまり、パワハラの対象として、派遣労働者について派遣先が責任を問われることもありうるということですので、注意が必要です。

さらに3要素の内容を見ていきましょう。

「職場」とは?
労働者が業務を遂行する場所であり、労働者が通常就業している場所以外の場所でも、業務を遂行する場所ならば「職場」に含まれます。
職場というのは物理的な勤務場所という意味にとどまらず、およそ業務をする場所であれば該当するため、たとえば出張先であるとか業務のための移動中の場であるとか、会社の飲み会の場なども、職場といいうる場面に該当します。

「優越的な関係」とは?
パワハラは一般的には上司と部下の間で問題となることが多いものですが、同列の者、あるいは自分の部下であっても、階級等と関係なく協力を得なければ業務などが上手くできないという場合には、「優越的な関係」が生じているといえます。ですから、上司と部下の関係でも、事案によっては部下が優位な立場になるということもあり得ることには注意しなければなりません。

「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」とは?
その言動が、業務上明らかに必要性がない・その態様が相当でない ということであるとされています。具体的な事情を総合考慮して判断がされるということになります。

パワハラの具体的な行為態様

厚労省が提示する典型例としては、以下の6つの例が挙げられています。
・身体的な攻撃(暴行・傷害)
・精神的な攻撃(脅迫・名誉毀損・ひどい暴言)
・人間関係からの切り離し(隔離・仲間外れにする・無視する)
・過大な要求(業務上明らかに不要なこと等要求)
・過小な要求(仕事を与えない 等)
・個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)
ただし、この6つの類型がパワハラの全てということでもないことには注意が必要です。

「パワハラ」と「いじめ・嫌がらせ」

「パワハラ」と「いじめや嫌がらせ」はどう違うのか、ということも疑問に思われる方が多いかもしれません。職場での「いじめや嫌がらせ」は、必ずしも上司と部下という関係になくても生じるものというイメージでしょうが、実際には「パワハラ」も同僚の間で成立しうるものですから、この点で両者の差異が生じるわけではありません。したがって、法律上の責任を問われる場合にあっては、「パワハラ」なのか、「いじめや嫌がらせ」なのかという違いはほとんどなく、区別して考える必要はないといえそうです。

パワハラに該当するかの判断

パワハラで一番難しい要素は、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」といえるか(=業務上明らかに必要性がない・その態様が相当でない)ということでしょう。
この点、裁判例などでは以下のような要素から、正当性と相当性があるか否かを考えていると考えられます。

①人格否定、名誉毀損となるような発言か
(例 給料泥棒、バカ野郎、給料を返せ 等)
労働者側の権利を侵害するという悪影響があるのに対し、このような発言をしても合理的な業務上の指導効果があるとはいえないため、パワハラと判断される方向に働くものと思われます。
ただ、上司など指導する立場から出されたのが厳しい言葉でも、労働者の業務の改善策として合理性があれば、ただちにパワハラとまではいえません。

②退職、解雇、処分を示唆するような言動か
(例 辞めろ、やる気がないなら会社を辞めるべき、いつでもクビにできる 等)
職場での地位を奪うような言動が見られる場合は、パワハラと認定されやすくなる傾向にあります。

③叱責を受けている本人の帰責性、業務上の必要性ある言動か
その言動がされた経緯も要素となります。たとえば、業務上の指導をしてこなかったにもかかわらず厳しい指導をする場合、パワハラと認定されやすくなると思われますし、逆に言動を受けた側に落ち度や改善すべき点があると、発言者側に多少厳しい言動があったとしても許容される余地が出てくるようです。

④言動を受けた本人の立場、能力、性格
言動を受けたのが、経験が少ない新人なのか、すでに期待を受けるべき立場の者かも考慮されているようです。経験が長く、既にそれなりの立場などにあるのであれば、当然厳しい指導の必要性や許容性が出てくるというわけです。

⑤指導の回数、時間、場所
頻度が多い、時間が長い、人前で叱責するなどであれば嫌がらせや侮辱といった意味を有するようになり、違法性を帯びるようになるという判断になる傾向にあるようです。実際には、言動そのものだけではなく、事後的なフォローがあったのかといったシチュエーションも、考慮されているようです。

⑥他の者との公平性
たとえば同じ問題を起こして、一方のみ加重に叱責するというのは、公平でないとして違法との判断に傾く傾向にあります。他方は叱責していないのですから、そもそもその激しい叱責を受けた人に対しても、その叱責が必要であったのか疑わしい、つまり合理性が揺らぐということになるでしょう。

必ずしも上記の点だけで判断しているわけではないかもしれませんが、裁判所の裁判例の傾向として、上記に着目していると思われます。

パワハラにより生じる責任とは

加害者の損害賠償責任

パワハラ行為をした個人に対し、不法行為責任(民法709条)に基づく損害賠償責任が生じる場合があります。
また、パワハラ行為者がその企業の代表取締役などの役員であったという場合は、会社法429条1項に基づく役員等の第三者に対する損害賠償責任が問われることもあります。
ただし、公務員の場合は、国家賠償法により特別な規定があるため、パワハラ行為者個人の責任が認められないこともあるので注意が必要です。

使用者の損害賠償責任

使用者には、不法行為による責任(民法709条、715条など)と、債務不履行(民法415条)による責任が考えられます。

不法行為責任
パワハラ行為者のパワハラが、「事業の執行について」行われた場合には、その行為者の使用者である会社に、使用者責任(民法715条)に基づく損害賠償義務が認められます。

債務不履行責任
また、使用者は雇っている労働者の生命・身体等の安全に対し、必要な配慮をすべき雇用上の義務を負っています(安全配慮義務)。この生命身体の安全について権利を害された労働者は、使用者に対して安全配慮義務違反に基づく債務不履行責任を問うことがありえます。
つまり、使用者は、労働者の安全確保のため、職務行為それ自体のみならず、これと関連して、他の職員からもたらされる生命・身体に対する危険についても、加害行為を防止する義務があるのです。

パワハラ行為が問われたときの訴訟の中身

どのような立場で訴えられるか

上記のとおり、パワハラが発生したとされる場合、被害者とされる者からは、加害行為者個人という相手方、あるいは使用者責任を問われた使用者、安全配慮義務を怠った使用者 という形で被告となることが考えられます。

パワハラ加害者として訴えられたときの対応

そもそも指摘されているパワハラ行為とされた言動自体が本当にあったのか、ということを争う余地があることはもちろんのこと、そのような言動があったとしても、「業務上の適正な指導であった」と反論する余地がありえるところです。
業務上適正な指導であった、というためには、先ほど触れた「パワハラに該当するかの判断」に挙げた要素を意識し、反論するのが重要かと思われます。

会社がパワハラ行為についての使用者責任・債務不履行責任を問われているときの対応

会社としては、パワハラ加害者と同様、その言動そのものがなかったとして争うこともあれば、パワハラが発生しないように使用者として配慮を尽くしていたことなどを主張していくことが考えられます。

パワハラ行為が認められるか否か

パワハラ行為に身に覚えがないとき

パワハラの有無については、事実調査を実施されることが通常でしょう。会社から身に覚えのないパワハラの調査を受けた場合には、その旨を会社にきちんと説明すべきですし、会社もその反論について真摯に向き合う必要があります。

もし、パワハラ行為について事情の説明を受け、身に覚えがないという主張について一定の合理性がありそうだという場合であるにもかかわらず、会社として当該加害者とされた者に対し何らかの処分がされた場合には、逆にその加害者とされた者から損害賠償等が求められる可能性もあります。

会社から身に覚えのないパワハラの指摘により懲戒処分を受けた場合には、その懲戒処分の有効性について争うことも考えられます。

当然の前提として、会社側も、懲戒権が認められるためには、就業規則(これは「就業規則」と銘打つものだけではなく、雇用契約書や労働条件通知書等の書面も含まれると考えられています)に懲戒についての規定(懲戒の種類や事由が定められている必要がありますので、規定にない内容の懲戒処分や懲戒事由の処分はできません。また、就業規則は「周知」されている必要がありますので、この点も注意が必要です。

そこで、処分を受ける側も、このような懲戒規定があるのかを確認することが重要です。必要に応じて、弁護士に法律相談をすることも検討してみてください。

パワハラ行為の事実はあると判断されるとき

パワハラ行為の事実があると判断されるときは、当該行為について謝罪し、慰謝料その他の賠償責任を問われることがあることを加害者側としては覚悟せねばなりません。

会社側としては、パワハラ被害者の相談や苦情に対応し、具体的な問題解決ができるよう対処せねばなりません。また、前述の懲戒規定があり、かつその規定に該当する内容の行為が認められるのであれば、その措置も検討する必要があります。

懲戒処分の内容については、実際にあったと認められるパワハラ行為の内容に応じて、戒告、譴責(けんせき)、始末書の提出、減給、降格、停職、解雇等が考えられますが、問題となったパワハラ行為と処分の内容のバランスを欠いていないかということにも配慮せねばなりません。

実際に認定できたパワハラ行為に比して、処分内容が重すぎるという場合には、当該パワハラ加害者から不服の申立がされ、場合によっては訴訟などでも争われて、処分が無効あるいは取消となることもあります。
懲戒免職としたけれども、それが無効とされた場合には、免職とされた後の給与などを支払う必要があります。
また、懲戒免職になっても、当然に退職金の全額不支給ができるわけではありませんから注意してください。

パワハラがあったとされる場合に会社が負うべき責任

パワハラの被害者としては、パワハラ加害者・企業に対し、上記の責任として、損害賠償請求をすることも可能です。通院・休業等せざるを得なくなったという損害だけでなく、精神的苦痛を慰謝するための慰謝料の支払義務が認められるケースもあります。

パワハラ行為が問題になった裁判例等

つい最近も、このパワハラ行為を理由とした使用者(市)の処分について、争われた最高裁判例が令和4年9月13日に出されました(山口県の長門市消防本部の分限免職処分取消請求事件)。この判例では、長期間にわたる悪質で社会常識を欠く一連の行為等から、当該パワハラ加害者の職務適格性を欠くとしたことは不合理ではないとして分限処分をした市(使用者)の判断を支持しましたが、1審や控訴しでは異なる判断をしていました。

パワハラの認定や、それに対する処分の難しさを示す事例といえそうですが、分限処分の判断が支持されたということは、逆にいえば当該パワハラ行為をした加害者に対し、免職処分のような強い措置をとることも合理的であると最高裁が判断したということになります。またパワハラの態様等によっては、そのような措置をとらなければ、今度は使用者の側が、被害者との関係で「パワハラ対応ができていない、安全配慮義務を怠っていた」との誹りを免れないということにもなりそうです。

パワハラ事例において認められている損害賠償について

不法行為や債務不履行を理由として加害者や使用者に対し請求される賠償の内容は以下のようなものが考えられます。

治療費、通院交通費等
パワハラにより入院や通院が必要となった被害者にとっては、その治療費や通院交通費等も損害に当たることになります。

慰謝料
慰謝料は、パワハラによって精神的苦痛を被ったことによる賠償ですが、額については事案によってかなり幅があり、数万円程度というケースもあれば、被害者が自殺等により死亡したというケースでは数千万円にも上る高額になるケースもあります。

休業損害
パワハラ行為により傷害があったという場合や、精神疾患になって休業したという場合は、そのために働けなくなった期間の収入の損害賠償が問題となります。

逸失利益
パワハラ行為によって自殺等をした場合、生存していれば稼働できたものとして死亡逸失利益の損害賠償がありえます。

弁護士費用
これも、やむをえず訴訟に至ったということで、損害として認定された額の1割程度が認められることが多いとされています。

解雇、降格をされたという場合などの賃金差額
パワハラ行為として解雇や降格が問題となった場合に、その有効性が争われ、無効を前提として賃料差額が損害として認められる場合があります。

企業としての対応策

これまでにも出ているとおり、パワハラが発生しないように使用者として配慮を尽くしていたことは、使用者として必要な行為であり、使用者責任を問われた際にはこの義務を尽くしていたかが問題になります。

そもそもパワハラが職場で発生しないように、事前の措置としては就業規則やおパワーハラスメント防止規程等を整え、相談窓口を用意し、研修などを行っておくことが大切です。また残念ながらパワハラが発生してしまったと思われる場合には、相談者から事情や対処要望などを丁寧に聞き取り、必要に応じて関係者らにも事実確認を行います。

パワハラがあったと判断できる場合は、行為者に対し認定した事実や処分の理由を説明した上、注意・指導・人事異動等の必要かつ相当な処分を行います。ひどいケースであれば、就業規則に従って懲戒処分も検討すべきでしょう。

再発防止策として、行為者との定期的な面談やアドバイス、特別な研修を行う必要があります。
パワハラ行為は、通常は1度きりで終わるということは稀でしょう。早めにパワハラと疑われる事実があることを知ることができれば、その分被害の拡大も防げることになります。

逆に、パワハラ行為が事実として認められない場合であっても、その旨を被害者とされる相談者にきちんと報告し、会社として対応したことを理解してもらいましょう。
もしパワハラとまでは判断しきれないものの、相談者と加害者とされた者との関係が問題になりそうであれば、会社としてその関係を改善できるように誤解と解くなどの対応をしましょう。

以上のような対応が、きちんとできていたのであれば、使用者としての義務は果たしていたということの反論とできるのではないでしょうか。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 相川 一ゑ
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