昨今、残業をしている従業員から残業代を請求されるということはありえ、それは飲食業を経営している方の場合もそうであると思います。飲食業における残業代請求で検討すべきポイントをご紹介しますので、ご参考頂けますと幸いです。

固定残業代について

固定残業代とは、簡単に説明するとすれば、使用者が、一定の労働時間数に見合う残業代を決めて、その時間の残業をしようとしまいと支払う残業代のことをいいます。これまでに支払っている給与には固定残業代が含まれているので、残業代は支払わないと、使用者の方が主張することはありえます。

固定残業代については、
・固定残業代とそれ以外の給与が明確に区分されて合意がされ、
・労基法所定の計算方法による残業代の額が固定残業代の額を上回るときはその差額を支払うことが合意されており、かつ
・実際に、労基法所定の計算方法による残業代の額が固定残業代の額を上回ったときは、その差額を支払っている
場合に、固定残業代を割増賃金の一部または全部とすることができるとされています。

したがって、上記の要件を満たす場合、固定残業代の合意が有効でありますので、従業員の請求する残業代の金額から固定残業代は差し引くべきであると主張すべきでしょう。

もっとも、上記の条件を満たすようにするためには、法律によって計算される残業代を固定残業代が常に上回るように計算しておくか、日々の残業代計算をきちんと行い、固定残業代では法律上の残業代を全て支払えていない場合は差額を支払うようにチェックしておく必要がありますので、注意が必要です。

休憩時間について

「作業の合間に適宜休憩してください」というような休憩時間の定め方ですと、休憩時間ではなく、労働時間であるとみなされてしまい、その時間の残業代を請求されてしまう危険がありますので、注意が必要です。

この点、裁判例を見ますと、すし屋で板前見習い、裏方として勤務していた労働者について、「客が途切れた時などに適宜求刑してもよい」とする約束だった事例について、「現に客が来店した際には即自その業務に従事しなければならなかったことからすると、完全に労働から離れることを保障する旨の休憩時間について約定したものということができない」として、休憩時間を労働時間とみなした例があります。

深夜残業について

飲食店においては深夜の勤務が発生することがあり、この場合は深夜割増の手当を支払う必要が発生します。労働基準法では、午後10時から午前5時までが深夜勤務として定められており、この時間に勤務する場合には25%割増の報酬を支払う義務があります。

また、深夜の時間帯が残業時間と重なる場合は、法定残業であれば時間外勤務分と深夜勤務分の両方の割増を支払うことが一般的です。法定残業は25%割増、休日勤務であれば35%割増なのでその分をプラスし、1.5~1.6倍ほど支払う計算となります。

これらの残業や深夜割増の計算を怠っていると、従業員の不満が溜まりやすくなってしまい、退職を招いたり、労働基準監督署に相談をされたり、未払いの残業代をまとめて請求されてしまうというようなこともあり得ます。

このような事態を避けるためにも、タイムカードやシフト表を管理し、日報を書いてもらい、日々の勤務状況を報告してもらうこと等に協力してもらい、適切な残業代の支払いをすることが重要です。

管理職になると残業代は支払わなくて良いのか

労働基準法第41条第2号において、使用者は「管理監督者」に対しては残業代を払わなくてもよいと定められています。

そのため、使用者側が、管理職の従業員に対して、この法律を根拠に残業代を支払わなくても良いと主張できる場合は確かにあるのですが、「管理監督者」に該当する従業員は、一部に限られています。

行政解釈によれば、「監督若しくは管理の地位にある者」とは、労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体の立場にある者を意味し、名称にとらわれず、実態に即して判断すべき(昭和22年9月13日発基17号、昭和63年3月14日基発150号)とされ、裁判例もこのような判断の枠組みにならってきました。

裁判例(例えば、育英舎事件 札幌地方裁判所平成14年4月18日判決 労働判例839号58頁等)において必要とされた要件は、
①事業主の経営に関する決定に参画し、労務管理に関する指揮監督権限を認められていること
②自己の出退勤をはじめとする労働時間について裁量権を有していること
及び
③一般の従業員に比しその地位と権限にふさわしい賃金(基本給、手当、賞与)上の処遇を与えられていること
というものでした。

ですので、使用者が、「店長」、「マネージャー」等の役職名を与えて、管理職であるという理由で残業代を払わないという方法はあり得るのですが、以上の要件を満たさなければ、「管理監督者」とは言えませんので、使用者側は残業代を支払う必要があります。

ここからは、実際の裁判例をご紹介していきますが、管理監督者に該当しないと判断されている裁判例がありますので、注意が必要です。

管理監督者に関する裁判例

静岡銀行事件(静岡地方裁判所昭和53年3月28日労働関係民事裁判例集29巻3号273頁)

通常の就業時間に拘束されて出退勤の自由が無く、部下の人事や考課に関与せず、銀行の機密事項にも関与せず、経営者と一体となって銀行経営を左右する仕事に携わることが無い銀行の支店長代理は、管理監督者に該当しないと判断されました。

日本マクドナルド事件(東京地方裁判所平成20年1月28日判決 労働判例953号10頁)

アルバイト従業員の採用、時給額、勤務シフトの決定等の労務管理や店舗管理を行い、自身の勤務スケジュールも決定しているファストフード・チェーン店の店長であっても、営業時間、商品の種類と価格、仕入先などについて本社の方針に従わねばならず、企業全体の経営方針へも関与していないため、「管理監督者」とは認められないと判断されました。

レストラン「ビュッフェ」事件(大阪地方裁判所昭和61年7月30日判決労働判例481号51頁)

レストラン店の店長でしたが、時間の管理を受けているという理由で「管理監督者」には該当しないと判断されました。

風月荘事件(大阪地方裁判所平成13年3月26日判決労働判例810号41頁)

カラオケ店の店長でしたが、時間の管理を受けているという理由で「管理監督者」には該当しないと判断されました。

セントラル・パーク事件(岡山地方裁判所平成19年3月27日判決労働判例941号23頁)

自身と他の料理人の勤務割を決定していたホテルの料理長でしたが、労務管理上の権限が不十分であり、出勤や退勤の自由が無いという理由で、「管理監督者」ではないと判断されました。

乙山色彩工房事件(京都地方裁判所平成29年4月27日判決労働判例1168号80頁)

従業員20名未満の会社の技術課長で、役職手当額が7万円というケースでしたが、「管理監督者」には該当しないと判断されました。

最近の傾向

かつての裁判例においては、企業全体の運営に関与していなければ、「管理監督者」には該当しないと判断する傾向もありました。
しかし、企業組織の部門の管理をしている管理職は、担当する部門については経営者の分身として管理を行う立場にあると見ることもできます。
そして、その部門が企業にとって重要な組織単位であれば、部門の管理を通じて経営に参画することを理由に、「管理監督者」に該当すると判断できる場合があります。

ゲートウェイ21事件(東京地方裁判所平成20年9月30日労働判例977号74頁)においては、
①職務内容が少なくとも部門全体の統括的な立場にあること
②部下に対する労務管理上の決定権限等につき一定の裁量権を有し、人事考課・機密事項に接していること
③管理職手当などで時間外手当が支給されないことを十分補っていること
④自己の出退勤を自ら決定する権限があること
という判断基準が示されており、部門ごとに組織化された企業における管理監督者該当性の判断の参考になります。

管理監督者に関するまとめ

従業員が管理監督者に該当すると主張できるのは、組織の重要な部門を管理している管理職であり、部下に対する労務管理上の決定権を有し、人事考課・機密事項に接しており、出退勤の自由があり、管理職手当等で時間外手当が支給されない分を十分に補っているなどの場合は管理監督者であるという理由により、残業代は支給しなくてもよいと主張できる可能性はありますが、そうでない場合は注意が必要です。

最後に

飲食店の経営の中で残業の発生は避けられないものがあり、そのこと自体に問題はないのですが、適切に残業代を支払っていない場合は、従業員の不満がたまり、退職を招いたり、労働基準監督署に相談されたり、未払残業代の請求を受けてしまうということがあります。

こういった事態を避けるためにも、適切な方法で残業代を支払っておくことが重要です。そのために、固定残業代、休憩時間、深夜残業、管理監督者に関する検討は必要でしょうし、これらの問題についてどのように判断すれば良いのか迷ってしまうということもあると思います。

そのような場合は、一度、弁護士にご相談を頂くのがよろしいかと思いますので、是非、当事務所の法律相談をご利用頂けますと幸いです。

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■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 村本 拓哉
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