事業者は、労働安全衛生法に基づき、職場の安全と衛生を確保するため様々な措置を講じなければなりません。もっとも、その措置の内容の定めは広範囲にわたり複雑です。労働安全衛生法を守らず、何らの措置を行わないリスクについて説明していきます。
労働安全衛生法の概要
労働安全衛生法第1条
「この法律は、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)と相まつて、労働災害の防止のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進することにより職場における労働者の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を促進することを目的とする。」
労働安全衛生法の目的は、(A) 職場における労働者の安全と健康を確保すること、(B) 職場における快適な職場環境の形成を促進すること、にあります。
この目的実現のため、①労働災害の防止のための危害防止基準の確立、②責任体制の明確、③自主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合的計画的な対策を推進すること、を行うよう定められています。
労働安全衛生法と、労働安全衛生法施行令・労働安全衛生法施行規則の関係
事業者の所属する業界団体から、それぞれの業界に関連する労働安全衛生に関する情報が流れてくる場合があります。そして、その内容は往々にして、労働安全衛生法施行規則の改正を案内するものであり、会社担当者は、当該規則改定内容に合わせて実務の対応をされていることと思われます。
もっとも、労働安全衛生法施行規則は、あくまで枝葉の部分に過ぎません。あくまで幹となるとは、労働安全衛生法という法律です。法律は、国会で定められまた改正されるものであるのに対し、法の施行規則は法律が定めた内容を詳細にしたものを専門技術的知見のある所轄行政が定めたものです。そのため、重要なのは、まずは労働安全衛生法という法律そのものになります。
実務担当者レベルですと、この関係が分からず、とりあえず規則改正という情報が入ったのでその点だけ対応すれば良いと、いわゆるパッチ作業にとどまってしまうことが見受けられます。本当に労働安全衛生法が定める措置要件がみたされているのか、規則ではなく、法律そのものに基づく検討をする必要があります。
労働安全衛生法が定める事業者が講ずべき措置の内容
労働安全衛生法の条文は、専門技術的な規定も多く定められており、事業者が何を行うべきなのかを探すことも難しいところです。本記事では、上述の①労働災害の防止のための危害防止基準の確立の前提となる、事業者が講ずべき措置の内容について紹介していきます。
労働安全衛生法第26条は、「労働者は、事業者が第20条から第25条まで及び前条第1項の規定に基づき講ずる措置に応じて、必要な事項を守らなければならない。」と定めています。
そのため、事業者が業務を行うにあたり、労働安全衛生法第20条から第25条の2に該当すると考えられる場合には、当該条文に基づく措置を行う必要があるのです。
労働安全衛生法 第四章 労働者の危険又は健康障害を防止するための措置
第20条
事業者は、次の危険を防止するため必要な措置を講じなければならない。
1 機械、器具その他の設備(以下「機械等」という。)による危険
2 爆発性の物、発火性の物、引火性の物等による危険
3 電気、熱その他のエネルギーによる危険
第21条
事業者は、掘削、採石、荷役、伐木等の業務における作業方法から生ずる危険を防止するため必要な措置を講じなければならない。
2 事業者は、労働者が墜落するおそれのある場所、土砂等が崩壊するおそれのある場所等に係る危険を防止するため必要な措置を講じなければならない。
第22条
事業者は、次の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない。
1 原材料、ガス、蒸気、粉じん、酸素欠乏空気、病原体等による健康障害
2 放射線、高温、低温、超音波、騒音、振動、異常気圧等による健康障害
3 計器監視、精密工作等の作業による健康障害
4 排気、排液又は残さい物による健康障害
第23条
事業者は、労働者を就業させる建設物その他の作業場について、通路、床面、階段等の保全並びに換気、採光、照明、保温、防湿、休養、避難及び清潔に必要な措置その他労働者の健康、風紀及び生命の保持のため必要な措置を講じなければならない。
第24条
事業者は、労働者の作業行動から生ずる労働災害を防止するため必要な措置を講じなければならない。
第25条
事業者は、労働災害発生の急迫した危険があるときは、直ちに作業を中止し、労働者を作業場から退避させる等必要な措置を講じなければならない。
第25条の2
建設業その他政令で定める業種に属する事業の仕事で、政令で定めるものを行う事業者は、爆発、火災等が生じたことに伴い労働者の救護に関する措置がとられる場合における労働災害の発生を防止するため、次の措置を講じなければならない。
1 労働者の救護に関し必要な機械等の備付け及び管理を行うこと。
2 労働者の救護に関し必要な事項についての訓練を行うこと。
3 前2号に掲げるもののほか、爆発、火災等に備えて、労働者の救護に関し必要な事項を行うこと。
2 前項に規定する事業者は、厚生労働省令で定める資格を有する者のうちから、厚生労働省令で定めるところにより、同項各号の措置のうち技術的事項を管理する者を選任し、その者に当該技術的事項を管理させなければならない。
事業者が講ずべき措置の「具体的」内容
もっとも、ひとまず事業者に関係しそうな条文が見つかったとしても、労働安全衛生法の条文内容からは、事業者が講ずべき措置の具体的内容が分かりません。そこで、労働安全衛生法第27条1項は、「第20条から第25条まで及び第25条の2第1項の規定により事業者が講ずべき措置及び前条の規定により労働者が守らなければならない事項は、厚生労働省令で定める。」と規定しています。
つまり、労働者の危険又は健康障害を防止するための措置を採る必要があることが判明したら、具体的内容として労働安全衛生法施行規則を参照していくことになるのです。
このようにして、上述した、労働安全衛生法施行規則の内容に当たっていくことになるのです。あくまでも、労働安全衛生法という法律が先で、細目を定めた労働安全衛生法施行規則にあたっていくという順番になります。このように、法律と規則を行ったり来たりすることで、事業者が行うべき措置の内容が守られているかを確認することができます。
労働安全衛生法上の労働災害防止の措置を行わない違反による責任
刑事責任
労働安全衛生法上の罰則
労働安全性法上の上記規定を守らなかった場合には、下記の罰則が科されるおそれがあります。
労働安全衛生法第119条
次の各号のいずれかに該当する者は、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
1 第14条、第20条から第25条まで、第25条の2第1項、第30条の3第1項若しくは第4項、第31条第1項、第31条の2、第33条第1項若しくは第2項、第34条、第35条、第38条第1項、第40条第1項、第42条、第43条、第44条第6項、第44条の2第7項、第56条第3項若しくは第4項、第57条の4第5項、第57条の5第5項、第59条第3項、第61条第1項、第65条第1項、第65条の4、第68条、第89条第5項(第89条の2第2項において準用する場合を含む。)、第97条第2項、第105条又は第108条の2第4項の規定に違反した者
2項以下省略
そして、労働安全衛生法では両罰規定が定められており、事業者(法人)そのものだけでなく、事業者(法人)の代表者や代理人、使用者等の個人も上記罰則を科されるおそれがあることに注意が必要です。
労働安全衛生法第122条
法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関して、第116条、第117条、第119条又は第120条の違反行為をしたときは、行為者を罰するほか、その法人又は人に対しても、各本条の罰金刑を科する。
刑法上の罰則
労働安全性法上の上記規定を守らず、労働者が死傷した場合には、刑法上の刑事罰も科されるおそれがあります。なお、両罰規定は定められていないため、法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者という「個人」が刑罰に処せられることになります。
刑法第211条
業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
行政上の責任
労働安全衛生法上の上記義務を守らず、労働災害が発生してしまった場合、労働基準監督署から是正勧告、改善指導、機械設備の使用停止処分、作業停止処分など、行政上の責任を問われるおそれがあります。
民事上の責任
労働安全衛生法上の上記義務を守らず、労働災害が発生してしまった場合、民事上損害賠償責任、労働者が働くことができなかった間の給与支払の責任などの責任を負うおそれがあります。
不法行為責任(民法第709条)、安全配慮義務違反を内容とする債務不履行責任(民法第415条)
判例上、使用者・事業主は、労働者に対し、労働者が仕事を行う上で安全配慮義務を負うことが確立されています。
最判昭和59年4月10日・労判429号12頁
「労働者が役務提供のために設置する場所、設備もしくは器具等を使用し又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体を危険から保護するよう配慮すべき」安全配慮義務を負っている。
そして、労働安全衛生法に違反して上記義務を守らず、労働災害を起こしてしまった場合には、安全配慮義務違反を根拠付ける事情となってしまいます。
そして、不法行為責任・債務不履行責任として、治療費や休業損害、通院慰謝料、後遺障害についての慰謝料、逸失利益といった内容の賠償をすることになります。
民法第536条2項に基づく給与全額の支払責任
民法第536条
1 当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
2 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
労働安全衛生法上の上記義務を守らず、労働災害が発生し、当該労働者が働けなくなった期間については、労務提供を受ける債権者たる使用者の責任で労働者が労務提供を行う債務者たる労働者が労務提供という債務を履行できないことになります。そのため、使用者は、労務提供の反対給付である給与支払債務の履行を拒むことができません。つまり、労働者が休業している間の給与を全額支払わなければならなくなります。
使用者自身に労働安全衛生法が定める事業者が講ずべき措置をとる能力がないとの主張は認められない
労働安全衛生法は、事業者の能力に応じた措置義務を定めているわけではありません。事業者自身が措置を行っても構いませんし、反対に、事業者自身が措置を執ることが技術的にできないのであれば、専門の業者にお願いして措置を執らなければなりません。技術的能力がない、という主張は認められません。
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