弁護士 森田茂夫
原材料費・光熱費の上昇、人件費アップの圧力などによる製造コストの上昇を取引先に転嫁しようとする場合に発生する、独占禁止法・下請法の問題、また、取引先との取引を停止する場合に問題となる「継続的契約の法理」について述べてみました。
1 はじめに
資源価格の高騰、円安などによる原材料費・光熱費の上昇、また、物価の上昇などに伴う労務費アップの圧力などにより、企業の製造コストが上昇し、取引先に対して取引価格の値上げを要請せざるを得ないことも多いと思います。ただ、値上を要請された取引先も、簡単にこれに応じることができないことから、話合いが暗礁に乗り上げたり、場合によっては取引停止に発展することもあります。
今回は、値上要請と拒絶、取引停止についての法律問題について述べたいと思います。
2 独占禁止法と下請法
⑴ パートナーシップによる価値創造ための転嫁円滑化施策パッケージ
令和3年12月27日、内閣官房、消費者庁、厚生労働省などは、「パートナーシップによる価値創造ための転嫁円滑化施策パッケージ」を発表し、製造コストの上昇を適切に転嫁する対策を発表しました。
この中で、独占禁止法と下請法について、次のように言及しています。
① 独占禁止法
労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇を取引価格に反映しない取引は、独占禁止法の「優越的地位の濫用」にあたる恐れがあることを明確化し、周知徹底する。これまでコスト上昇の転嫁拒否については、荷主と物流事業者との取引のみ調査を行ってきたが、対象業者を追加的に選定し、緊急調査を公正取引委員会において実施する。
コスト上昇の転嫁拒否が疑われる事案について、立入調査を行ない、関係する事業者に具体的な懸案事項を明示した文書を送付する。
② 下請法
労務費、原材料、エネルギーコストの上昇を取引価格に反映しない取引は、下請法上の「買いたたき」に該当する恐れがあることを、公正取引委員会は以下の方向で明確化する。
ア 労務費、原材料費、エネルギーコストなどのコスト上昇分の取引価格への反映の必要性について、価格の交渉の場において明示的に協議することなく、従来どおりの取引価格に据え置くこと。
イ 労務費,原材料価格,エネルギーコストなどのコストが上昇したため,下請事業者が取引価格の引上げを求めたにもかかわらず,価格転嫁をしない理由を書面,電子メールなどで下請事業者に回答することなく,従来どおりに取引価格を据え置くこと。
「買いたたき」が疑われる事案については、立入調査の件数を増やすなどして取り締まりを強化し、再発防止が不十分な事業者に対しては改善報告書の提出を求める。
※ 「買いたたき」とは、親事業者が下請事業者と下請代金を決定する際に、その地位を利用して、通常支払われる対価に比べて著しく低い価格を下請事業者に押し付けることを言います。
⑵ 値上げを求める企業(以下、サプライヤーと言います)と取引先の対応
このように、サプライヤーが取引先に対して、取引価格の値上を求めてきたときに、理由もないのにそれに応じないのは独占禁止法、下請法に違反する恐れがあります。
したがって、取引価格の値上を求められた取引先としては、サプライヤーにとって取引価格の上昇がやむを得ないものなのか、取引先にとってどこまで値上げを認めることができるのかを、サプライヤーと取引先とで具体的な資料も交え、十分に話し合いをする必要があり、下請法の適用がある場合は、価格転嫁をしない理由を電子メール等の書面で、サプライヤー(下請事業者)に回答することも必要になります。
このようなことをしないまま取引価格の値上げを拒否した場合、値上げを求めたサプライヤーが公正取引委員会、中小企業庁などに相談し、場合によっては、取引先は立入調査を受けることにもなりかねません。
3 継続的契約の法理
サプライヤーと取引先の話合いが成立しない場合、上記のとおり独占禁止法、下請法の問題になることもありますが、場合によっては、サプライヤーが値上に応じない取引先との取引を終了しようとすることもあります。
サプライヤーが製品、部品などを供給してくれなければ、取引先にとって困ったことになるのですが、サプライヤーは取引先との取引を一方的に終了させることができるのでしょうか。
⑴ 継続的取引の法理とは
取引を継続するか終了するかどうかは、原則として当事者の自由なのですが、判例上、継続的契約の法理ということが問題になります。
これは、上記の例で言えば、取引先とサプライヤーの取引が「継続的契約」にあたる場合、取引停止のやむを得ない事情がないにもかかわらず、サプライヤーが一方的に取引をストップした場合、サプライヤーは取引先に対し、損害賠償義務を負うというものです。
⑵ 継続的取引かどうか
まず、「継続的取引」と言えなければ、継続的取引の法理も適用にはならないのですが、「継続的取引」はどのようなものをいうのでしょうか。
この点は、当事者が相当程度の期間、継続して取引をしており、そのため当事者の間で信頼関係が形成され、将来にわたっても取引が継続されるとの期待を持ち、その期待を背景に資本を投下するなどしている取引を指すとされています。
⑶ 取引終了のやむを得ない事情
取引終了のやむを得ない事情があるかどうかは、下記の事情を考慮して決めるとされています。
① 契約の種類・内容
② 契約当事者の保護の要請(相手方が投じた人的・物的投資の大きさ、契約終了の予告期間を付与したかどうか、損失補償の有無など)
③ 契約終了を求める側の必要性、信頼関係破壊の有無
④ 契約の目的
⑤ 契約の継続期間
今回のような場合は、サプライヤーが契約終了を求める必要性、契約終了によって取引先が受ける影響の程度、サプライヤーが契約終了の予告期間を取引先に付与したかどうかなどが問題になると思います。
サプライヤーが値上げを求める必要性が大きく、取引先がそれに応じない理由が乏しいということになれば、仮にサプライヤーが予告期間なしに契約を終了したとしても、取引の終了が認められるかもしれませんし、取引先にも値上げに応じることができない相当の理由があるということになれば、即時に終了させることはできず、一定の予告期間をおかなければならないということになるかもしれません。
裁判例でも、具体的事情に応じて予告期間なしで解約と認めたものもありますし(東京高等裁判所平成6年9月14日判決)、1年の解約期間を認めたものもあります(東京地方裁判所平成22年7月30日判決)。
どれだけの解約期間が認められるかは、事情によって異なります。
なお、解約期間が必要な事案なのにもかかわらず、即時に解約した場合は、本来の解約期間に相当する営業利益の損賠賠償を命じられることが多いと思います。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。