会社法人の経営が行き詰まった状況となった代表者が、会社経営を何とかして立て直すために、会社代表者の方や、その役員の方が、その方自身の個人資産から、また、代表者や役員が、個人で借入をして、会社法人の運転資金に回すことが見受けられます。
会社経営が行き詰まる前から、会社の運転資金不足に対応するために、代表者自身や、特に親族役員の報酬をほとんど払わずに、その報酬未払い分を会社法人への貸付として処理している例も見受けられます。

通常、資金繰りに窮した法人代表者が、親族の役員などを伴って、会社法人の自己破産の相談に来ます。
私たち弁護士は、当該法人の資産の状況、負債の状況を聞き取り、そして、現在手元にある現金、預金、そして、月末、翌月末に入金される予定の売掛金額を確認します。
会社法人の自己破産の手続きを私たち弁護士に依頼し、私たち弁護士が同社の代理人となります。
併せて、法人代表者の方には、各債権者への支払いをしないこと、保有資金に余裕がある場合には、従業員への解雇予告手当や給与支払いなど労働関係における支払いならば、破産手続き上優先的な地位を与えられていることからも、支払うことが可能とアドバイスします。
それでも余裕がある場合に、会社代表者の方は、親族からの会社法人への運転資金のための融資を受けているので、その親族、その多くは代表者の両親や同居の家族、配偶者の親族ですが、その方々に、先に返済してよいかと相談されます。
また、会社法人の運転資金を貸し付けてはいないが、会社法人の代表者や役員の方におかれては、役員報酬をここ何カ月も得ておらず、役員ご自身の年金だけで生活を維持してきたとされる親族役員の方から、未払いの役員報酬を支払ってはもらえないだろうかとも相談されます。

結論は、破産法上は、他の債権者に支払いをしないにもかかわらず、特定の債権者(役員報酬請求権者である取締役も含みます。)、代表者の両親や家族又は代表者の配偶者の親族などにだけ、返済をするということは、次に説明するとおり、許されません。
よって、会社の自己破産を決断された会社法人の代表者の方におかれては、このようなことはやめておいた方がよい、端的に言えば、やってはなりません、ということになります。

1 破産法における否認権

(1)否認権とは

破産法における否認権とは、破産手続開始決定前になされた債権者を害する行為の効力を否定して、債務者の財産を元に戻す権限をいいます。
この否認権は、破産管財人が行使します。

(2)否認権の対象となる行為

否認権の対象となる行為を破産法は、大きく二つに分けています。

① 詐害行為

財団となるべき財産を直接減少させることによって、債権者すべてを害する「詐害行為」(破産法160条)を対象とする、詐害行為を否認するものです。

② 偏頗行為

特定の債権者に優先的に弁済等を受けさせることによって、債権者間の平等を害する偏頗不公平な「偏頗行為」(破産法162条)を対象とする、偏頗行為を否認するものです。

(3)破産犯罪の可能性

会社が、資金繰りに窮し、破産やむなしとなったにもかかわらず、会社法人に関する債権者が、会社代表者や役員のご両親・ご家族・ご親族に該当しようがしまいが、一部の債権者にだけ返済する行為は、会社財産の窮状に至っては、強く債権者の平等が要請される破産手続において、特に禁止すべき行為とされています。
これを「破産手続開始の効果の前倒し」とも表現されます。
それ故、上記のように、破産管財人から否認権を行使されることになります。

そして、他の債権者に対しては支払いをせず、親しい取引先にだけ支払いをしてしまう場合には、特定の債権者に対する担保供与等の罪として、破産犯罪が成立し、刑罰に問われる可能性があるといわざるを得ないのです。

2 特定の債権者に対する担保供与等の罪(破産法266条)

(1)条文

堅苦しいですが、条文を引用します。
(特定の債権者に対する担保の供与等の罪)
第二百六十六条 債務者(相続財産の破産にあっては相続人、相続財産の管理人、相続財産の清算人又は遺言執行者を、信託財産の破産にあっては受託者等を含む。以下この条において同じ。)が、破産手続開始の前後を問わず、特定の債権者に対する債務について、他の債権者を害する目的で、担保の供与又は債務の消滅に関する行為であって債務者の義務に属せず又はその方法若しくは時期が債務者の義務に属しないものをし、破産手続開始の決定が確定したときは、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。

(2)特定の債権者に対する担保供与等の罪の行為

特定の債権者に対する担保の供与等の罪を規定する条文が定める、構成要件に該当する行為は、特定の債権者に対する債務について、他の債権者を害する目的で、債務者の義務に属せず、又は、その方法若しくは時期が債務者の義務に属しない担保の供与又は債務の消滅に関する行為です。

(3)「担保の供与」「債務の消滅」に関する行為

① 担保の供与

例えば、抵当権を設定するような行為です。

② 債務の消滅に関する行為

典型的なものは債務を弁済することです。

(4)担保供与等の相手方

特定の債権者に対してのみ、担保供与や債務消滅行為をすることが対象です。
つまり、私たちが相談を受ける内容の例として挙げました「親族からの融資を受けている」場合の債権者や、金融機関からの会社法人の借入金の連帯保証人となっている会社代表者の方が、会社法人の主債務を弁済すれば、自らの連帯保証債務も消滅する(だから、場合によっては、破産しなくて済む、結果、自宅の住宅を失わなくて済むから)として、会社代表者が連帯保証している債権者だけに弁済するような場合です。

(5)すべての担保供与等の行為が対象となるのか。

もっとも、単なる特定の債権者に対する偏頗行為ではなく、それが、債務者の義務でないこと、または、担保供与や債務消滅の方法・時期が、債務者の義務ではないものが対象となります。
言い換えると、「非義務的」な偏波行為が対象となるのです。

(6)具体例

具体的には、次のような場合です。

① 何らの債務もないのに返済や担保供与をする。

② 債務はあるものの担保を供与することを義務付ける契約もないのに担保を供与する。

③ 債務はあるものの、まだ、返済期限が到来していないにもかかわらず、返済をしてしまう場合。

例えば、金融機関からの運転資金の借入金は分割返済の約定であり、その各支払い期限までは各分割金の支払で済むところを一括返済の繰上げ償還をしてしまうなどの場合です。

(7)「他の債権者を害する目的」

これらの偏頗行為が、破産犯罪に該当するためには、それらの行為が、「他の債権者を害する目的」が必要です。

① 「他の債権者」

「他の債権者」を害する目的とは、特定の債権者を指すのではなく、総債権者を意味するとします。そして、この債権者には、租税債権などの財団債権者も含まれます。

②「目的」

他の債権者を害する目的は、当該行為時に、「現実に破産手続が開始する恐れのある客観的な状態」が必要ですし、それを認識していることが必要です。
そして、行為時に、現実に破産手続が開始されるおそれのある客観的な状態を「認識」していることが必要であるとされ、その認識は、確定的な認識を要するとする見解が有力です。

③ 具体例

例えば、ここで問題とされる、非義務的な担保設定等の行為が、債務者の生存の維持または会社法人の事業活動の存続であり、失敗すれば総債権者に損害を与えることになるかもしれないが、順調にいけば、総債権者に損害を与える事態にはならないと認識していた場合には、他の債権者に対する加害事実に対する確定的認識がないことから、本犯罪成立のための、加害目的は否定されるものと解されます。

つまり、上記の場合には、この「他の債権者を害する目的なく」非義務的な担保の供与・債権消滅の行為を行ったとしても、特定の債権者に対する担保供与などの罪は成立しないのです。

(8)刑罰

① 行為者に対する刑罰

特定の債権者に対する担保の供与等の罪が成立した場合、破産手続開始決定が確定すると、その行為を行った債務者は、1月以上5年以下の懲役または500万円以下の罰金に処せられることになります。場合によっては、この両方を併科されることもあります。

② 法人に対する刑罰

また、法人の代表者・代理人・使用者・従業員が、その法人の業務または財産に関して、特定の債権者に対する担保供与等の罪を犯した場合には、その法人も、その債務者とともに、500万円の罰金を科せられることがあります(破産法277条)。

3 まとめ

(1) 否認権対象、破産犯罪の可能性

このように、破産管財人による否認権行使の対象となります。
会社法人代表者は、その両親、家族、そして親族に「良かれ」として、又は、「義理を欠かせない」として行ったのかもしれません。
しかし、破産管財人からの否認請求を受け、場合によっては、否認訴訟という裁判を起こされることになります。
また、その際の事情によっては、厳しい処罰の待っている破産犯罪にも該当しかねないものです。

(2)債務者が破産申立てをしなければ済むものではないこと

確かに、破産犯罪は、会社法人の破産手続が開始され(確定し)なければ、刑罰を受けないではないか、それなら、自己破産申立をしなければよいと考えるかもしれません。
しかし、債権者も、当該会社法人に対して、破産手続開始の申立てができなくはないのですから、その可能性も絶無ではありません。

(3)破産申立代理人弁護士による指導

それ故、私たち弁護士は、経営される会社法人が、「破産やむなし」の状況に至った場合には、相談に見えられた会社代表者の方、その後ご依頼いただいた会社代表者、その役員の方に対して、特定の債権者や、両親・家族・親族の債権者へも、「会社法人の財産による支払いを行ってはならない」とアドバイス、むしろ、強く指導するのです。

(4)辞任やむなし

そして、それが、これまで会社経営をなさってきた、誠実な会社経営者・代表者の方が、その経営の責任を全うすることになるものだとご理解していただきたいと考えています。
当事務所では、ご依頼いただいた後、その禁を破って、それらを行った場合には、誠に遺憾ではありますが、代理人を辞任することとさせていただいております。

4 ご相談 ご質問

グリーンリーフ法律事務所は、設立以来30年以上の実績があり、17名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、ご依頼を受けた場合は、専門チームの弁護士が担当します。まずは、一度お気軽にご相談ください。

■この記事を書いた弁護士
弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 榎本 誉
弁護士のプロフィールはこちら