会社から「従業員(あるいは退職した従業員)から、突然未払い残業代の請求をされてしまった」「今後そのような請求をされないように、どのような対策を講じればよいか」というご相談を受けることは大変多いです。

以下、解説していきたいと思います。

未払い残業代の請求を受けた場合の対策について

残業代の未払いについて

言うまでもないかもしれませんが、残業代未払い(サービス残業)は違法です。

未払いの残業代がある場合、従業員は会社に対して、その未払い残業代を請求することができてしまいます。

言い換えれば、そもそも従業員が残業していない、あるいは残業させたものの、残業代を全額支払っていれば、未払い残業代を請求されることはありません。

残業代の請求がされてしまう代表的な例

以下のような事情がある場合、従業員(元従業員)から、残業代を請求されてしまう危険性があります。

  • 法定労働時間を超えた分の割増賃金を支払っていない

(例:実際は残業をさせているのに「うちの会社は残業がなく、残業代は出ない」と説明してしまっている)

  • 所定労働時間を超えた分の残業代を支払っていない

(例:定時にタイムカードの打刻をさせて、その後も残業させている)

  • 休日労働分の割増賃金を支払っていない
  • 深夜労働分の割増賃金を支払っていない
  • 本来労働時間であるはずの時間を労働時間としていない

(例:始業前の早出残業時間など)

  • 管理監督者として残業代を支払っていないが、実態は「名ばかり管理職」(実質的には労働者と変わらない)
  • 変形労働時間を採用しているが、月・年単位で所定労働時間を超えている
  • 固定残業制(みなし残業制)を採用しているが、いくら残業をしても残業代を変えていない
  • 裁量労働制を採用しているが、残業代を一切支払っていない

(例:みなされる時間が法定労働時間を超えている、法定休日に労働させた、深夜労働させた)

残業代の計算方法

未払い残業代の計算式は次のとおりです。

「1時間あたりの基礎賃金×残業時間×残業の種類に応じた割増率」

1時間あたりの賃金は、日給制であれば日給を8時間(1日の法定労働時間)で割れば算出が可能です。月給制であれば「月給÷1か月の平均所定労働時間」で計算できます。1か月の平均所定労働時間は、「(365日-1年間の休日数)×1日の所定労働時間数÷12」です。

労働基準法に定められた割増賃金の割増率をまとめると、以下のとおりになります。

 大企業中小企業備考
法定労働時間を超えたとき25%25%1週40時間以上、1日8時間以上
時間外労働の限度時間を超えたとき25%25%1週45時間以上、1年360時間
月60時間を超えたとき50%25%→50%(※)※中小企業は、2023年4月より引き上げ
休日労働35%35%法定休日に労働した場合
深夜労働25%25%22時~5時までの勤務
法定時間外かつ深夜労働50%50%時間外労働25%+深夜労働25%
法定時間外(月60時間以上)かつ深夜労働75%50%→75%(※)月60時間以上の時間外労働50%+深夜労働25% ※中小企業は、2023年4月より引き上げ

上記※にもあるように、従前は資本金や出資金の額が一定額以下又は常時使用する労働者が一定数以下の中小企業には一部適用が猶予されていましたが、2023年4月から猶予は廃止され、大企業と一律の割増率になっています。

以上の計算から導かれる残業代をきちんと支払っていれば、問題は起こりません。

今一度ご確認ください。

未払い残業代を請求されしまったら

それでは、万が一残業代の請求をされてしまったら、どのように対応すべきでしょうか。

会社としては、従業員の請求内容に誤りがないか、よくよく確認してみてください。

特に注意すべきポイントは、以下のとおりです。

①時効ではないか?

残業代の請求には、消滅時効があります。

従業員の請求が、この時効によって消滅していないか、まずご確認ください。

未払い残業代の請求権の消滅時効は、2020年4月以降に発生した未払いの残業代については、3年(それよりも前に発生した残業代については、2年)となっています。

ただし、1つ注意点があります。

3年(あるいは2年)が経過していても、自動的に時効となるわけではありません。会社側が、消滅時効の援用(時効によって消滅した旨を主張すること)をしなければ、消滅しません。その点はご注意ください。

万が一、時効にかかっているのに、会社側が消滅時効を援用する前に「支払う」などと言ってしまった場合、債務を「承認」したとして、その後に時効の主張をすることができなくなってしまう危険性があります。

②従業員は管理監督者ではないか?

労働者が管理監督者に該当する場合には、使用者は、時間外・休日手当を支払う必要がありません。

そのため、残業代の請求をしている従業員が、「管理監督者」に該当しないか検討し、管理監督者に該当する場合には、管理監督者であるから、未払残業代の請求はできないと反論できる可能性があります。

もっとも、「管理監督者」に該当するか否かは、部長、店長など、いわゆる「管理職」と言われる役職名や肩書で決まるものではなく、実態に即して実質的に判断されることになります。

具体的には、以下の事情を総合的にみて「管理監督者」該当性を判断することになります。

ⅰ 労働条件やその他労務管理の状況から、使用者と一体的な立場にあるものといえるか

ⅱ 労働時間の決定などに裁量があるか

ⅲ その地位にふさわしい待遇を受けているか否か(地位と権限にふさわしい賃金上の処遇が与えられているか)

そのため、名目上は、「部長」「店長」「工場長」などであっても、その実態が異なる場合には、管理監督者に該当せず、残業代の支払いが必要となる場合があります。

③労働時間に誤りがないか?

タイムカードなどの客観的な証拠がない場合、従業員が労働時間として主張する労働時間が、実際の労働時間と異なる可能性があります。

残業代の請求の根拠となる労働時間は、実際の労働時間(=実労働時間)です。

この労働時間は、「労働者が使用者の指揮監督のもとにある時間」を言います。

そのため、労働時間として定められている範囲でも、従業員が指揮監督下から解放されていて、労働が提供されていなかった時間などは労働時間とはなりません。

それゆえに、請求されている残業代の労働時間が、どのような根拠に基づいて計算されているかきちんと確認する必要があります。

場合によっては、従業員が労働時間を自己に有利なように解釈して、実際には労働していなかった時間(休憩時間など)も労働時間として請求してきている可能性もあります。

④固定残業代(みなし残業代)の支払いをしていないか?

一般に、残業代は残業時間に応じて支払われるものです。

それに対し、残業時間にかかわらず一定の残業代を支払うというものが固定残業代です。。

その場合には、固定残業代で残業代は支払済みということになります。

固定残業代は、労働者のモチベーションを確保させ、残業時間を抑制できるメリットがあるため、使用者側において採用しやすい制度です。

しかしその反面、固定残業代が有効と判断されるためには、以下の厳しい要件をクリアしている必要があり、その要件をクリアしていないと、無効と判断されます。

固定残業代(みなし残業代)が有効といえる要件

ⅰ 労働契約の内容となっていること

ⅱ 固定残業代にあたる部分が固定給と明確に区分されていること

ⅲ 残業時間が固定残業代制で定められた時間を超えた場合は割増賃金を支払っていること

なお、設定された時間が45時間を超える場合や、固定残業代部分が割増時間外手当額や最低賃金を下回っている場合も問題となり得ます。

固定残業代制が無効となれば、当然1円も残業代は支払われていないことになるため、別途残業代を請求されてしまうことになります。

⑤賃金単価はどうなっているか?

残業代の計算は、時間単価(基礎賃金)を基に計算されます。

例えば、家族手当、通勤手当、住宅手当などは基礎賃金から除外されます(労働基準法施行規則21条参照)。

もっとも、これらの手当も名称で決まるのではなく実質で決まります。そのため、家族手当とされていても、扶養家族の有無や数に従って支給されるものではなく、常に支払われている性質のものであると、基礎賃金から除外されない場合もあります。

従業員がどのような計算をして請求しているか、よく確認することが必要です。

労務問題の解決は弁護士に相談すべき

従業員(元従業員)から残業代の請求がされてしまった/されないように対策を講じたいなどの労働問題を弁護士に相談することには、以下のようなメリットがあります。

専門性が高い

日本の労働法では、様々な法律・規定を根拠に、数多くの制限がある上、それらの制限も極めて専門性の高い内容となっています。そのため、これら労働法を正しく理解していないと、誤った判断をしかねません。

そこで、法的な理論武装をすることが大変重要となります。

労働者の言い分が合理的かどうかを見極めることができる

紛争の深刻化を防ぐため、労働者側の言い分が合理的であれば、妥協して受け入れるのも有力な選択肢です。

これに対して労働者側の言い分が不合理であれば、合理的な範囲の主張に収めるよう、労働者と交渉していかなければなりません。

この労働者の主張の合理性の見極めを行うには、やはり専門的知見からの詳細な分析・検討が不可欠です。

訴訟や労働審判に発展してもスムーズに対応できる

労務問題が深刻化すると、その後訴訟や労働審判に発展する可能性があります。

弁護士は訴訟・労働審判の手続きに精通していますので、十分に準備を整えたうえで手続きに臨むことができます。

労務問題の予防策についてもアドバイスを受けることができる

会社にとっては、労務問題が発生しないに越したことはありません。

普段から労働基準法その他の法令を遵守した企業体制を徹底することで、労働問題(従業員とのトラブル)発生リスクを最小化することができます。

弁護士に相談すれば、今後労働問題(従業員とのトラブル)を防止するための予防策についても、アドバイスを受けることが可能です。

紛争が長期化、裁判所に持ち込まれるケースが増えている

労務問題については、交渉だけでは解決とならず、従業員から労働審判や訴訟を起こされるケースがあります。その場合、紛争も長期化していきます。

そこで事前に「問題社員対応に強い弁護士」に相談し、事前の対応・準備をきちんと行っておくことが重要です。

弁護士に相談することで進め方が明確になる

弁護士に相談することで、自社のケースにあった対処・対応を事前に打ち合わせることができることも大きなメリットです。

労務問題が得意な弁護士の選び方

弁護士に依頼する場合は、労働問題を得意とする弁護士に依頼すべきです。

弁護士も「専門/専門外」あるいは「得意分野/不得意分野」があります。お医者さんも内科医と外科医など専門が分かれているのと一緒です。風邪の症状があってそれを治してもらうには内科医の先生に診てもらいますよね。風の症状で外科医の先生にはお願いしないと思います。

労務問題も、労務問題を専門的に扱い、得意とする弁護士に依頼すべきです。

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■この記事を書いた弁護士

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監修 代表弁護士 森田 茂夫

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