企業間の契約で、秘密保持契約はよく出てくる契約類型です。今回は、これまで私が実際にチェックをした秘密保持契約をもとに、秘密保持契約で問題になる条項を取り上げ、それにコメントをつけて解説をしました。
一 はじめに
企業と企業が共同で事業を行なおうとするとき、あるいは事業の可能性を探ろうとするとき、お互いに秘密情報を相手方に開示しなければならないことが多いですが、このような場合に締結するのが秘密保持契約書です。これによって、秘密情報がほかに漏れるのを防ごうとするものです。
今回は、秘密保持契約書の条文の中で、よく問題になるチェックポイントについて検討したいと思います。問題のある条文とそれに対するコメントという形で述べていきます。
二 秘密保持契約で問題になる条項
1 契約の目的
① 条文例
「今後の取引を検討する目的(以下「本件目的」という)のため、相互に開示する情報の取扱いに関し、以下のとおり秘密保持契約(以下「本契約」という。)を締結する。」
② コメント
秘密保持契約は、共同開発など何らかの目的があって締結するのですが、その目的が何かは、機密保持契約をどう解釈すべきかなどの基礎になります。したがって、「今後の取引を検討する目的」というような漠然としたものではなく、もっと具体的に記載すべきです。
2 秘密情報の定義Ⅰ
① 条文例
「秘密情報とは下記の情報を言う。
⑴ 機密である旨が明瞭に表示された書面、図表、その他関係資料等の有形の形態により開示される情報
⑵ 機密である旨を告知したうえで口頭その他無形の形態で開示される情報であって、かかる開示後14日以内に当該情報の内容が秘密である旨を明示された書面により開示される情報」
② コメント
秘密情報とは何を言うのかについて、「開示者から受領者に開示された経営上、営業上、技術上、財務上、その他の一切の情報を言う」という定め方と、上記のような、開示された情報のうちの一部に絞る定め方の2つがあります。
どちらが悪いということはないのですが、前者の場合は、秘密情報の範囲が広くなって、知らないうちに秘密保持契約違反になることがあり得、後者の場合(上記の条文例①⑴⑵のような場合)は、いくら重大な秘密情報でも、⑴や⑵の要件を満たさないと(つまり、⑴や⑵の要件を満たすことを忘れてしまうと)、第三者に開示されても文句は言えないということになります。
どちらにするかは、いろいろな要素を考えて決めなければならないことになります。
3 秘密情報の定義Ⅱ
① 条文例
「秘密情報とは、機械部品に関する技術上又は営業上の情報であり、この情報の開示者が受領者に開示した一切の情報をいう。」
② コメント
機械部品に関する情報に本当に限定されるならこれでよいのですが、機械部品に関する情報以外のものが秘密情報になる可能性がある場合は、このように秘密情報を定義してしまうと、機械部品以外の情報は保護されないことになってしまいます。
4 秘密情報の定義Ⅲ
① 条文例
「本契約において秘密情報とは、甲から乙に対し、本件目的のために又は本件目的に関して開示された一切の情報をいう。」
② コメント
このように定めると、甲が乙に開示した情報はすべて秘密情報になりますが、乙が甲に開示した情報は、秘密情報にはならないことになります。乙が甲に秘密情報を開示する可能性はないという場合以外は、このような決め方は避けた方がよいと思います。
5 秘密情報の定義Ⅳ
① 条文例
「甲、乙は、甲乙間の取引に関して知り得た、開示者固有の業務上、技術上の秘密情報を第三者に開示、漏洩しないものとする。」
② コメント
「開示者固有の」とありますが、このように「固有」とすると、「固有」でないものは保護されなくなりますが、「固有」とは何を言うのかはっきりしません。「固有」という言葉は削除すべきです。
6 秘密情報の定義Ⅴ
① 条文例
「本契約における秘密情報とは、本業務に関して知り得た相手方の技術情報、営業情報、業務管理情報およびその他一切の知られたくない有形・無形の情報をいう。」
② コメント
このように書くと、秘密情報といえるためには、開示者が「知られたくない」と考える情報である必要があり、仮に裁判になれば、その情報が、「知られたくない」のかどうかが争点になってしまいます。「知られたくない」という言葉は削除した方がよいと思います。
7 秘密情報の定義Ⅵ
① 条文例
「本契約において秘密情報とは、本契約期間中に本目的に関して甲および乙が相手方から開示・提供された有形無形の技術上、営業上その他一切の有用な情報のうち、開示・提供の時に実質的に秘密であり、かつ秘密である旨を相手方が指定したものをいう。」
② コメント
このように書くと、秘密情報であるためには、「実質的に秘密」であり、かつ「秘密である旨を相手方が指定した」情報でなければならないことになります。つまり、秘密である旨を指定していても(例えば、㊙の印をつけていても)、それだけでは秘密情報にはならず、「実質的に秘密」であることが必要になります。
このように、二重の要件があるわけですが、秘密である旨を指定していれば、それだけで秘密情報として扱ってよいでしょうから、「実質的に秘密であり」の文言は削除すべきです。
8 秘密情報の定義Ⅶ
① 条文例
「秘密情報を口頭または映像の映写等媒体の交付を伴わずに開示する場合、開示者は受領者に対し、開示後10日以内に秘密情報を記載した書面または記録した記憶媒体を交付するものとする。」
② コメント
開示後10日以内に秘密情報を記載した書面を交付するとなると、それまで秘密であるかどうかわからない可能性があり、交付を受けるまでに、秘密情報の受領者は第三者に秘密情報を開示してしまう可能性があります。
通常は、「開示後10日以内に」は「開示時に秘密である旨を伝え、かつ、開示後10日以内」としているので、そのような条文にした方がよいと思います。
9 秘密情報を開示できる者の範囲Ⅰ
① 条文例
「受領者は、本件目的のために秘密情報の開示を受ける必要のある情報受領者およびその親会社の連結決算対象会社(あわせて「グループ会社」という。)、情報受領者およびそのグループ会社の役員および従業員ならびに情報受領者が起用する弁護士、公認会計士、税理士その他の代理人に対しては、情報開示者の書面による事前の承諾を要することなく秘密情報を開示することができる。」
② コメント
「親会社」とは何を言うのか明示されていません。例えば、会社法2条4号に該当するものというというように明確にすべきです。また、親会社の連結決算対象会社にも秘密情報を開示してよいことになっていますが、ここまで広げる必要があるのか疑問です。
また、グループ会社の役員、従業員にも秘密を開示してよいことになっていますが、開示する者の範囲が広すぎるというべきです。
10 秘密情報を開示できる者の範囲Ⅱ
① 条文例
「秘密情報を開示できる第三者とは、甲または乙の役員、従業員、甲または乙の弁護士、会計士その他のアドバイザーで法令上秘密保持義務を負う者、ならびに甲または乙が指定し相手方が同意した者をいう。
② コメント
この条文ですと、「甲または乙の役員、従業員」であれば秘密情報を開示できることになってしまいますが、それでは広すぎます。「乙の役員、従業員(秘密情報を取得する必要がある者に限る)とした方がよいと思います。
11 秘密を開示できる者の範囲Ⅲ
① 条文例
「甲および乙は、本契約に定める義務と同等以上の秘密保持義務を負っている自己(乙にあっては乙の関係会社および協力会社を含む)の役員および従業員ならびに弁護士、会計士、税理士および保険会社に対し、本件目的に必要な範囲内で本情報を開示することができる。」
② コメント
関連会社、協力会社の役員、従業員に対しても、秘密情報を開示できることになっていますが、関連会社、協力会社とは、どのような会社を言うのか明確ではないですし、ここまで広げる必要があるのか疑問なので、「相手方は、本件目的のために必要な範囲においてのみ、相手方の役職員、及び、相手方が依頼する弁護士、公認会計士、税理士その他のアドバイザー(ただし、法律上または契約上秘密保持義務を負うものに限る。)に対して、秘密情報を開示できる。」という程度にすることが考えられます。
12 秘密情報の遵守
① 条文例
「甲および乙は、本契約に規定されている秘密保持義務について、本件業務に関与する自己の従業員などに遵守させるものとする。」
② コメント
この条文ですと、従業員が秘密保持義務に反した場合に、その雇用主である甲または乙が責任を負うのか、必ずしても明確ではないので、「従業員の義務違反について、相手方は開示者に対し一切の責任を負う」としておくと、受領者が責任を負うことがはっきりします。
13 秘密情報を返還、破棄する場合
① 条文例
「甲および乙は、本件目的が終了した場合または本契約が効力を失った場合、本情報を開示した当事者の指示により、本情報を返還するか破棄するものとする。」
② コメント
目的が終了した場合、契約が効力を失った場合に、秘密情報を返還、破棄することになっていますが、それ以前でも、秘密情報を返還、破棄してもらいたいときもありますから、「甲または乙が相手方に要求した場合」も含めるとよいと思います。
14 取引終了後の秘密情報の保持Ⅰ
① 条文例
「開示者から要求があった場合、あるいは取引が終了した後、受領者は開示者の秘密情報を廃棄しなければならない。ただし、受領者はその情報管理に係る内部統制上の要請から必要な場合、かかる秘密情報について、この目的のために一部のみ保持することができる。」
② コメント
「内部統制上の要請」という漠然とした必要性のために、受領者が秘密情報を保持し続けることができることになっていますが、このような条文はない方がよいです。このような条文があると、本当にその必要があるのか不明なのにかかわらず、受領者が開示者の秘密情報を保持し続付けることを許すことになってしまいます。
15 取引終了後の秘密情報の保持Ⅱ
① 条文例
前条(秘密情報の返還を定める条文)に拘らず、乙は記録のために本情報の複製を作成しこれを保持することができるものとする。
② コメント
このような条文があると、「記録のために」というような漠然とした理由で、乙は甲の秘密情報の複製をずっと保持できることになります。これでは、乙の一存で、乙が甲の秘密情報を保持し続けることができるようなものなので、このような条文は削除すべきです。
16 損害賠償の範囲Ⅰ
① 条文例
「受領者(秘密情報の受領者)の責めに帰すべき事由により秘密事項が漏洩し、これによって開示者(秘密情報の開示者)が損害を蒙った場合、開示者は受領者に対し、直接かつ現実に被った通常損害の範囲内において、損害の賠償を請求できる。」
② コメント
「直接かつ現実に被った」とすると、損害賠償できる範囲が限定されてしまいます。例えば、秘密が漏れたことによって、本来得ることができたはずの利益(逸失利益)の賠償を請求できなくなります。秘密情報が漏れることによって大きな損害が発生することもあるのですから、このような限定はない方がよい場合が多いと思います。
17 損害賠償の範囲Ⅱ
① 条文例
「本契約に関して訴訟が発生した場合、敗訴した当事者は勝訴当事者に対し、裁判所が認定した損害(弁護士費用を含む。)を賠償する。
② コメント
法律上は、弁護士費用は損害賠償の対象にはなりません。しかし、このように決めてしまうと、相手方に発生した弁護士費用まで負担しなければならなくなるので、注意が必要です(ただ逆に、損害賠償を請求する場合は、こちらに発生した弁護士費用まで相手方に請求できることになります)。
18 損害賠償の範囲Ⅲ
① 条文例
「開示者は、受領者が本契約の規定に違反したときは、これにより被った合理的な範囲における損害の賠償を受領者に請求することができる。」
② コメント
「合理的な範囲」という言葉がなくても、損害賠償の範囲は当然に法律が定めたとおりになります。反対にこの言葉があると、法律で定める損害賠償の範囲が、「合理的な範囲」に狭められるのかという疑問が生じます。また「合理的な範囲」の意味もはっきりしません。したがって、この言葉はない方がよいと思います。
19 損害賠償の範囲Ⅳ
① 条文例
「甲及び乙は、相手方が秘密情報を使用したことまたは使用できなかったことにより損害その他の負担を被った場合でも、何らの責任を負わない。
② コメント
たとえば、相手方から提供された秘密情報が第三者の知的財産権を侵害しており、それによって、第三者から損賠賠償請求されたような場合でも、相手方に対して補償を要求できなくなります。ただ、この点は、甲乙とも同様ですし、このような決め方もありますので、このような条文でよいかどうかは、いろいろな状況を考えて決めることが必要です。
20 損害賠償の範囲Ⅴ
① 条文例
「甲および乙は、損害賠償の請求にあたっては、自己が法的措置を講ずるために要した弁護士費用、証人費用、証拠収集費用およびその他の訴訟遂行上のすべての合理的費用を、損害賠償の一部として請求できるものとする。」
② コメント
甲、乙どちらかが契約に違反した場合でも、法律上は、違反した相手方に対して、弁護士費用、証人費用、証拠収集費用、その他の訴訟遂行上の費用を請求することはできません。このように規定すれば、法律が規定する範囲を超えて、損害賠償請求できる(あるいは損害賠償請求される)ことになります。これでよいかどうか、いろいろな事情を考えて決めることが必要ですが、一般的に言えば、このような規定は削除するということでよいと思います。
21 管轄裁判所Ⅰ
① 条文例
「協議による解決が整わない場合には、大阪地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。」
② コメント
大阪地方裁判所と決めてしまうと、例えば埼玉の会社でも、訴えを起こすのは大阪になります。埼玉の会社であれば埼玉の裁判所に訴えを起こした方が手間がかからないので、できれば地元の裁判所にしたいところです。
22 管轄裁判所Ⅱ
① 条文例
「甲、乙は、本契約に関して紛争が生じた場合、管轄裁判所の決定について甲、乙の所在地の中間地となる裁判所等を別途協議の上、決定する。」
② コメント
協議して決めるといっても、紛争状態になった当事者が、話し合いで裁判所をきめるというのは難しいと思います。契約時に、具体的に裁判所を決めておいた方がよいです。公平にやるなら、「被告の所在地を管轄する裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする」と決めるのも一つの方法です。
このようにすると、甲が乙に対して訴訟を起す場合は、乙の所在地を管轄する裁判所が管轄裁判所になり、乙が甲に対して訴訟をおこす場合は、甲の所在地を管轄する裁判所が管轄裁判所になります。
三 まとめ
以上、秘密保持契約書で問題になる条文をあげてみましたが、もちろんこれですべてということではなく、問題になる条文は契約書によってさまざまです。
具体的な取引において、自社に不利な点がないかをよく検討してみることが大切です。
契約書チェックの意味
1 契約書の成立過程
契約書には中立のものはほとんどなく、また、完全に中立な契約書というものはありません。どちらか一方的に有利、かなり有利、ある程度有利など、程度の違いはありますが、どちらかに有利になっています。
具体的に言うと、契約を結ぶ際には、当事者の一方である甲が、乙に対して契約書の案を提示しますが、その案は、程度の差こそあれ、甲に有利になっています。
そして、最終的には、甲と乙の経済的な力関係に応じて、契約をぜひとも成立させたい側は多く妥協し、そうでない側は少しだけ妥協する、あるいは妥協しないということになります。
※ 経済的に弱い立場にある当事者を、最小限守るのが下請法、独占禁止法などになります。
ただ、力の強弱に応じて妥協する程度は異なるものの、契約書のどこが自社に不利なのか、また、その不利な程度は大きいのか小さいのかが分からなければ、どう妥協するのかを考えこともできません。
2 契約書チェックの意味
この点、つまり契約書のどこが自社に不利なのか、また、その不利な程度は大きいのか小さいのかを知ることが契約書チェックの意味になります。
担当者だけでは、十分な契約書のチェックができない場合は、顧問弁護士に依頼して、契約書をチェックしてもらいます。
チェックを依頼された弁護士は、職責上、不利と思われる点をすべて指摘し、不利な程度の大小も指摘しますが、もちろん弁護士が指摘するすべてについて妥協してはならないということではなく、会社の経営者は、弁護士の指摘を前提に、どこを妥協し、どこは妥協しないかについて、相手方に対する自社の経済的な立場も考慮して決め、相手方と交渉します。
なお、稀に弁護士が指摘したものをそのまま相手方にメールなどしてしまう企業の担当者の方がいますが、弁護士は職責上、不利な点はすべて指摘しますから、これをそのまま相手方に送ったのでは交渉になりません。弁護士のチェックをもとに、自社の立場から、何をどの程度主張するかを決めることが大切です。
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