昨今の労働力不足の中で、人材を採用しようとする場合に、人材紹介会社と人材紹介委託契約を結ぶことも多いと思います。今回は、人材紹介委託契約を結ぶ場合の注意点について、契約書の条文に沿ってコメントしてみました。

1 人材紹介契約とは

  人材紹介契約とは、人材紹介会社が企業に求職者を紹介し、企業がその求職者を採用した場合に、人材紹介会社に対して成功報酬を支払うというものです。成功報酬のみを支払い、それ以外の費用、報酬は支払わないのが普通です。

  成功報酬ですし、その額も大きくなりますので、比較的トラブルが発生しやすいと言えます。

  ほかに、企業から掲載料などを取得して、自社のサイト、紙媒体などに企業情報を掲載し、求職者と企業をつなげる形態の契約がありますが、こちらは人材紹介契約に比べて費用も低いですし、より一般的です。

  また、労働者派遣契約は、派遣会社が企業に労働者を派遣するもので、上記の2つの契約と違って、企業と労働者との間に雇用関係が成立するわけではありませんが、こちらは厚生労働省などが契約書のひな型などを用意していますので、主に注意するのは、企業に対する派遣会社の責任が契約書で不当に軽減されていないかということになります。例えば、派遣会社は、派遣従業員に重過失があった場合にしか責任を負わないという条文が多いですが、重過失というのは故意に準じるような過失でめったに成立しませんから、単に「過失」としないと企業が派遣会社に対して責任追及できる場合は、ほとんどなくなってしまいます。

2 人材紹介契約をめぐるトラブルとしてよく見られるもの

  人材紹介契約でよく発生するのは、下記のようなものです。

 ⑴ 求職者の情報が不正確だった。

   例えば、求職者の学歴、職歴が虚偽だったという場合です。このような場合、人材紹介契約での決め方次第で、人材紹介会社に責任追及することができなくなったり、責任追及することが可能だったりします。

 ⑵ 求職者が早期に退職した、企業が求職者を解雇したという場合の、人材紹介会社に支払った報酬の返還。

   せっかく採用した求職者がすぐに退職してしまった、あるいは能力不足が著しいので普通解雇したというような場合、人材紹介会社に支払った報酬を返還してもらいたいところです。これも、人材紹介契約がどのようになっているかによって、返還が可能かどうかが違ってきます。

 ⑶ 人材紹介会社から求職者を採用しなかったが、後になって企業がその求職者を直接雇用した。

   人材紹介会社が紹介した求職者をその時は採用しなかったが、後に縁があってその求職者を採用したという場合、人材紹介会社に対する報酬の支払を免れようとする意図があったかどうかを問わず、人材紹介会社に報酬を支払わなければならない場合が出てきます。

どのような場合に報酬を支払わなければならいのか、また、報酬だけなのか、さらに違約金を払うのかも、人材紹介契約にどのような記載があるかが重要になってきます。

 ⑷ 人材紹介会社に対する損害賠償請求

   人材紹介会社に契約違反があり、企業が人材紹介会社に対して損害賠償請求する場合があります。どこまでの損害賠償請求が可能かも、契約書の内容によって違ってきます。

 ⑸ 報酬の支払についてのトラブル

   企業が何の理由もなく報酬を支払わない場合は別ですが、企業にもそれなりの理由があって報酬の支払を拒むという場合は、その理由が裁判になった場合に認められるかどうかも、人材紹介契約がどのようになっているかが重要になってきます。

3 人材紹介契約のチェックポイント

  人材紹介会社と人材紹介契約を結ぶ場合、企業としてはどのような点に注意すべきなのか、以下に具体的な条文を示しながら解説してみました。なお、契約書のチェックは、人材紹介会社の立場からチェックするのか、企業の立場からチェックするのかによって、指摘するポイントがまったく違ってきます。今回は、企業の立場からのチェックポイントの指摘になります。

以下、甲は企業、乙は人材紹介会社を指しています。また、以下の「条文例」はいずれも実際の人材紹介契約書にあったものです。

 ⑴ 新規採用者の情報の正確性

  ① 条文例

「乙は、甲に対し、本サービスの利用による採用の確実性、候補者の資質・能力および応募書類の情報の正確性など、本サービスの効果ならびに候補者の情報に関する保証は行わないものとする。」

  ② コメント

このような記載があると、求職者の学歴、職歴に虚偽であっても、甲は乙に対して、何の責任も問えないことになります(もちろん、学歴、職歴などの虚偽について、求職者の責任を問うことは可能です)。

採用の確実性、候補者の資質・能力については、乙は責任を負えないと思いますが、応募書類の内容、新規採用者の情報に虚偽があった場合は、甲としては、乙に責任を負ってもらいたいところです。

上記の条文のように、乙が責任を負わないという条文もあり得ますが、応募書類の正確性、新規採用者の情報について、乙が責任を負うという条文もあり得ます。また、乙が、そこまで調べきれないと言うのであれば、例えば、「乙は、応募書類の情報の正確性についての保証は行わない。ただし、乙が合理的な注意を尽くすことによって応募書類の情報の正確性に疑問を抱くことができる場合はこの限りではない」というように、人材紹介会社に対して責任追及できる途を残しておくのも一つの方法です。

⑵ 報酬の支払時期Ⅰ

 ① 条文例

「甲による新規採用者の採用決定後、甲は乙に対し、本業務の報酬を支払うものとする。」

  ② コメント

「採用決定後」に、甲は乙に報酬を支払うことになっていますが、「採用決定」というのはいつのことを言っているのかはっきりしません。

報酬の支払い時期を決める基準ですから、「甲が新規採用者の採用を決定し、乙に対して労働条件通知書を交付したとき」とか、「甲と新規採用者との間で労働契約が成立し、新規採用者が最初に甲に出社したとき」とか、具体的に決めた方がよいと思います。

そうでないと、例えば、採用決定の通知をし、求職者もこれに合意したが、その後、連絡が取れなくなってしまったというような場合、企業が人材紹介会社に報酬を支払わなければならないのかどうかで、トラブルが発生しかねません。

⑶ 報酬の支払時期Ⅱ

 ① 条文例

「乙は甲に対し、報酬額及び消費税を新規採用者が入社を決めた月の末日までに請求し、甲はこれを翌月末日までに乙の銀行口座に振り込んで支払う。」

  ② コメント

⑵と同様ですが、「新規採用者が入社を決めた月」とありますが、入社を決めたというのは、いつのことを指すのかよく分かりません。「甲と新規採用者との間で労働契約が成立したとき」とか「新規採用者が最初に甲に出社した月」とか具体的に決めた方がよいと思います。

⑷ 報酬の支払時期Ⅲ

 ① 条文例

「人材サーチが行われる場合、甲は、リテイナー報酬を甲と乙の契約締結時に、中間報酬金をショートリストの提出時に支払うものとし、甲と求職者の間で雇用が成立した場合はコンプリーション報酬を支払うものとする。」

 ※ リテイナー報酬とは、依頼料のようなものです。

  ② コメント

契約成立時やショートリスト提出時に支払う報酬を決めた場合、候補者が見つからなかった、見つかっても契約に至らなかったというときに、リテイナー報酬、中間報酬が返還されるのかどうかはっきりしません(一般的に言えば、返還するという条文がなければ、返還を求めるのは困難です)。

また、そもそも人材紹介契約の場合は、甲が求職者を雇用できたときのみ成功報酬を支払うという契約がほとんどで、契約成立時やショートリスト提出時に報酬を払うという自体があまりないことです。

このように決めるのであれば、リテイナー報酬、中間報酬は返還されるのか、返還されるとしたら全額か一部かなど、返還の条件を決めておくべきです。また、そもそも成功報酬のみにして欲しいと要求してもよいと思います。

⑸ 理論年収

 ① 条文例

「乙の報酬は、前項の新規採用者の理論年収の30%とする。理論年収は、以下の各号に掲げる場合に応じてそれぞれ以下のとおりとする。

ア 新規採用者を月給制で採用する場合

本件理論年収は、次の算式により計算する。

本件理論年収=(基本給(+職務手当)(+住宅手当)(+家族手当)+その他固定的に毎月支給される手当(ただし、交通費は除く。)+同職務同年齢者の月平均超過勤務手当)×12+(同職務同年齢者の前年実績賞与支給額)

イ 新規採用者を年俸制で採用する場合

入社初年度1年間の年俸額を本件理論年収とする。ただし、年俸が「固定報酬+成果報酬」で決定される場合は、(固定報酬+期待する業績を達成した場合の成果報酬)より導いた年俸額を理論年収とする。」


  ② コメント

上記の理論年収の決め方が妥当かどうかのチェックは、その会社の給与体系を把握していない者(例えば、弁護士)にとっては難しいことですので、ここは弁護士などの第三者ではなく、上記のような算式で正確に理論年収を計算することができるのか、企業内部で計算することが必要です。

計算の仕方によって、成功報酬の額に幅が出てくるということですと、報酬の額がいくらかということについて企業と人材紹介会社との間でトラブルになります。

⑹ 求職者(新規採用者)が退職した場合の返金Ⅰ

 ① 条文例

「乙は、新規採用者が入社前あるいは入社日から60日以内に、自己都合、普通解雇、懲戒解雇(死亡、病気、甲の責めに帰すべき事由を除く)を理由に退職した場合、乙に対する報酬額及びこれにかかる消費税に対し、50%を乗じた金額を甲に返還する。」

  ② コメント

「入社前」「入社日」というのが何を指すのか、よく分かりません。出社のことを差すのでしたら、「乙は、新規採用者が初めて甲に出社する前、または出社日から60日以内に」のように、はっきりさせた方がよいと思います。そうでないと、60日経ったのかどうかの見解の違いでトラブルになります。

「自己都合」は「自己都合による退職」とした方がはっきりします。

なお、いつの時点で何%を返還するかは、甲と乙の契約次第ですが、たとえば以下のように規定することが考えられます。また、この期間は、できるだけ長い方がもちろん甲に有利ですので、可能でしたら乙と交渉して長くしてもらうことが考えられます。

入社後6ヶ月が経過する前に、自己都合による退職または普通解雇、懲戒解雇(死亡、病気、甲の責めに帰すべき事由を除く)を理由に退職した場合、乙はその終了時期に応じて、受領した手数料を、下記に従い甲に返還するものとする。     

最初の出社日から1ヶ月が経過する前:受領した手数料の80%

最初の出社日から1ヶ月が経過し、3ヶ月が経過する前:受領した手数料の50%

最初の出社日から3ヶ月が経過し、6ヶ月が経過する前:受領した手数料の10%

⑺ 求職者(新規採用者)が退職した場合の返金Ⅱ

 ① 条文例

「新規採用者が、本雇用開始日から3ヶ月以内に、新規採用者の責に帰すべき事由で解雇された場合、または、新規採用者本人の意思で退職した場合(甲が新規採用者に対し、職務につき虚偽の説明をしたことに起因する場合を除く)、乙は、追加報酬を請求することなく代替候補者の選考に努めるものとする。」

  ② コメント

通常の契約書は、乙は甲に対し、報酬の●%を返還するというようになっています。代替候補者の選考に努めるとのことですが、代替候補者が見つからなかった場合は、3ヶ月でやめられても、あるいは新規採用者が役に立たない人物であった場合でも、支払った報酬は返ってこないことになってしまいます。

したがって、このような決め方ではなく報酬の返金を定めるようにすべきです。

なお、新規採用者の責に帰すべき事由による解雇とありますが、これですと懲戒解雇を含むことは明らかですが、普通解雇を含むかどうかは明らかではありません。例えば、新規採用者の能力不足で解雇したような場合、能力不足が新規採用者の責めに帰すべき事由によるといえるのかはっきりしないからです。したがって、「新規採用者の責めに帰すべき事由(普通解雇を含む)による解雇」のようにして、普通解雇を含むことをはっきりさせた方がよいと思います。

⑻ 損害賠償Ⅰ

 ① 条文例

「甲および乙は、本契約に違反し、またはその責めに帰すべき事由により相手方に損害を与えたときは、その損害(間接的損害および逸失利益を除く)を賠償するものとする。」

  ② コメント

間接的損害は除くとのことですが、法律に間接的損害という用語がないので、何を指すのかはっきりしません。間接的損害とは何かということについて、交渉や裁判になった場合に、争いになってしまいます。法律にない言葉は使わない方がよいと思います。

また、逸失利益(責めに帰すべき事由がなければ、得られたであろう利益)を損害賠償の対象から外してしまってよいのか、(この条文は、甲、乙ともに適用されますが)損害を負う可能性が高いのは甲なので、甲はよく検討した方がよいと思います。

なお、このような条文がなければ、甲、乙とも、相手方に対し、逸失利益を含む、法律で定められた損害を請求することができます。損害を負う可能性が高いのは甲なので、この条文は削除したいところです。反対に、損害賠償を請求される可能性が高い乙としては、このような条文を設けたいところでしょう。

⑼ 損害賠償Ⅱ

 ① 条文例

「甲、乙は、本サービスの遂行に際し、自己の責に帰すべき事由により相手方に損害を発生させた場合、現実に発生した直接かつ通常の損害を賠償するものとする。」

  ② コメント

「現実に発生した損害」「直接の損害」という言葉も法律にはないので、契約書の中では使わない方がよいと思います。このように法律にはない言葉なのですが、一般的には、逸失利益のような損害を含まない、賠償すべき損害を絞る場合に使われており、損害を被る可能性が多い甲としては不利な条文です。

 ⑽ 直接採用

  ① 条文例

 「乙が紹介した人材について、直接・間接、その他方法のいかんを問わず、乙が人材を甲に紹介した後2年以内に甲がその人材を採用した場合、乙は甲に対し、本件契約を適用のうえ、報酬の倍額を違約金として支払うよう請求することができる。」

  ② コメント

 乙が紹介した求職者を、後になった乙を通さず甲が直接採用した場合、甲に(乙に対する)報酬支払いを免れようとする意思があるないに関わらず、甲は契約で決まった違約金を払わなければなりません。

 ただ、この契約によると紹介した後2年になっていますが、少し長すぎると思います。できれば6ヶ月、長い場合でも1年にしてもらうべきでしょう。

 また、報酬の倍額を違約金として請求できるとなっていますが、いろいろな事情がある場合があるのですから、倍額というのは高いと思います。できれば報酬と同額にしてもらうべきです。

  以上、人材紹介契約で問題になる条文をあげてみましたが、もちろんこれですべてということではなく、問題になる条文は契約書によってさまざまです。具体的な取引において、自社に不利な点がないかをよく検討してみることが大切です。

4 紹介された新規採用者に不満がある場合の留意点

 ⑴ 人材紹介会社に対する責任追及

紹介された新規採用者の働きぶりに不満がある場合、人材紹介契約書を見直して、人材紹介会社に責任追及できるかどうかを考えてみるとよいと思います。

  

たとえば、新規採用者の応募書類、情報が間違っていると思われる場合は、すでに述べた3⑴の条文を確認してみます。

新規採用者が退職した場合、新規採用者を普通解雇した場合は、3⑹で人材紹介契約に報酬の返金を求めることができないかを検討し、人材紹介契約で決まった期間内に新規採用者を解雇する必要がある場合は、解雇可能かどうかの検討し、可能と判断する場合は、早急に解雇を行わなければなりません。

新規採用者の働きぶりについて、乙に損害賠償できる可能性がある場合は、3⑻⑼で損害賠償の可否を検討します。

⑵ 新規採用者に対する責任追及

 ア 上記のとおり、新規採用者に問題がある場合、人材紹介会社に対する責任追及も考えられるのですが、誰を採用するのかを決めるのは企業ですから、基本的には企業と新規採用者の問題になります。

   その意味で当然ですが、面接などをきちんと行って採用することが大事です。

 イ 本稿の直接のテーマではありませんが、問題社員がいる場合の対応について述べると下記のとおりです。

   ① まずは、口頭、メールで注意をし、口頭で行った場合は、どのような注意を行ったのかメモにしておく。

   ② それでも行動が治らない場合は、書面による注意を行い、それでも行動が治らない場合は、普通解雇を検討する。

   ③ 本人以外にも、他の社員からも聞き取りを行い、事実関係を固めておく。聞き取った内容は書面にしておく。

   ④ 就業規則の懲戒事由に当たる場合は、事実関係を固めた上で、まずは書面による厳重注意、戒告、減給などの軽い紹介処分を行い、次第に出勤停止、懲戒解雇などの重い処分を課していく。

   ⑤ 可能な場合には配置転換も考える。

   ⑥ 口頭、メールによる注意、書面による注意、普通解雇、懲戒処分を行う場合、常に就業規則を参照しながらその根拠は何かを考える。

5 最後に

  契約書は、程度の差はありますが、どちらか一方に有利になっています。相手方から示された契約書であれば、相手方に有利になっています。

人材紹介契約の場合、人材紹介会社から示されることがほとんどでしょうから、契約書は人材紹介会社に有利になっており、きちんとチェックして、どの条文がどの程度不利なのかを知ることが必要です。

企業の担当者だけでは、十分な契約書のチェックができない場合は、顧問弁護士に依頼して、契約書をチェックしてもらうこともあり得るかと思います。弁護士は、職責上、不利と思われる点をすべて指摘し、不利な程度の大小も指摘しますが、もちろん弁護士が指摘するすべてについて妥協してはならないということではなく、会社の経営者は、弁護士の指摘を前提に、どこを妥協し、どこは妥協しないかについて、相手方に対する自社の経済的な立場も考慮して決め、相手方と交渉することになります。

  いずれにしも、人材紹介契約は定型の契約ということではないので、内容をよく吟味で、納得できない場合は、人材紹介会社に対して、契約内容の変更を申し入れることが重要です。

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■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
代表・弁護士 森田 茂夫

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