労働関係法の改正により、労働者に対する保障が厚くなっている傾向にあり、その影響から、退職した元従業員から未払残業代を請求してくるケースが増えている印象があります。
本ページは、そのような請求を受けた場合に会社としてどのように対処すべきか等について、専門家が解説するページになっております。
そもそも、どのような場合に残業代が発生するのか?
法律上、法定労働時間が1日8時間、週40時間と定められており(労働基準法第32条)、会社は、原則、法定労働時間を超えて労働させることはできません。
ただし、会社が労働者の間で「36協定」を締結し、労働基準監督署に届け出るといった手続きを踏むことにより、法定労働時間を超えた残業を行わせることが可能になります。
もっとも、残業した労働者に対して割増賃金(いわば残業代)を支払う必要があります。
また、残業代請求の時効期間は、労働基準法の改正により2年→5年に変更されました(労働基準法第115条)。
しかしながら、経過措置として当分の間、時効期間は3年とする旨が定めれました((労働基準法附則第143条第3項)。
このような時効期間の延長により、未払残業代請求をされた場合の会社側のリスクがより高くなっているため注意が必要になります。
未払残業代請求をされたとき、まず何をすべき?
元従業員から未払残業代請求をされた場合、絶対に請求額全額を支払わなければならないというわけではございません。適切な対応をせず言い値で払ってしまうと、本来なら払う必要がなかった分まで払ってしまう可能性もあります。
そのため、請求を受けた場合、まずは内容を吟味する必要があります。
以下では、請求を受けた場合にとるべき手順について説明いたします。
1 労働時間を確認
まず、当該従業員の労働時間の体系を確認しましょう。
体系については、就業規則や雇用契約書などにどのように定められているのか確認する必要があります。
固定残業時間制、変形労働時制といった制度が適用される従業員の場合は、残業時間の考え方が通常と異なりますので注意が必要です。
2 労働時間や就労実態を把握する
当該従業員の労働時間と就労実態を把握する方法として、以下のような資料を参考にする必要があります。
・賃金台帳
・就業規則(賃金規程)
・労働契約書、労働条件通知書
・タイムカード
・業務日報
・パソコンのログイン(ログアウト)記録
・交通系ICカードのデータ
など
請求側の多くは、実際の労働時間よりも多く働いていたと主張してくる場合があります。
会社としては、上記の資料を吟味し労働時間を正確に把握していく必要があります。
3 把握している労働時間を下に残業代を算定
上記の資料を参考に当該従業員の労働時間を把握し、労働時間に見合った賃金を支払っていたかを確認する必要があります。
残業代を支払うべき義務があったにも関わらず支払っていないと分かった場合には、支払に応じることが必要です。
残業代請求をされた場合に検討すべき反論方法
退職後の元従業員から未払残業代の請求をされた場合、請求内容が正当なものでありかつ、確かな証拠があれば、会社側は退職後であっても未払残業代を支払う必要があります(労働基準法第第32条・第36条・第37条)。
仮に、このような場合に残業代を支払わない対応をしてしまうと、「6か月以下の懲役または30万円以下の罰金」が課されてしまいますのでご注意ください(労働基準法第119条)。
他方、元従業員から過大な請求が来た場合、会社としては適切に反論する必要があります。
以下では、検討すべき反論方法についてご説明いたします。
1 そもそも、従業員が主張している残業時間が多すぎる
残業時間を立証するための証拠となるものには、先ほどご説明しましたが、賃金台帳・就業規則(賃金規程)・労働契約書、労働条件通知書・タイムカード・業務日報・パソコンのログイン(ログアウト)記録・交通系ICカードのデータなどがあります。
残業時間を立証する責任は請求側(元従業員)にありますが、場合によっては労働時間に含まれていない時間(例えば、休憩時間など)も残業時間に加えて請求してくるケースもあります。
会社としては、元従業員が主張している残業時間が適切なものといえるか、上記のような証拠と照らし合わせて反論していく必要があります。
2 固定残業代によって既に支払済みである
「固定残業代」とは、残業時間に関係なく決まった金額の残業代を支払う制度をいいます。
他にも、「固定残業手当」、「みなし残業手当」などといった呼び方があります。
毎月固定残業代を支給している会社の場合は、既に固定残業代という形で支払っているとの反論をすることが可能です。
もっとも、固定残業代はあくまで見込額を支給するものであるため、実際の残業時間に応じて計算した残業代が固定残業代の額を超えた場合、会社はその超過額を支払う必要がありますのでご注意ください。
また、就業規則や賃金規程で固定残業代を定めたにも関わらず、裁判所がこれを残業代として支払っていると認めず、多額の残業代の支払いを命じられたケースがあります。
このことから、固定残業代は正しく制度設計しなければなりませんのでご注意ください。
3 既に消滅時効が成立している
先ほどご説明したとおり、未払残業代請求権は3年の消滅時効があります。
内容証明郵便でもって未払残業代請求をしてきた場合、消滅時効の完成を6ヶ月間阻止することができ(「時効の完成猶予」といいます)、その6ヶ月の間に訴訟提起され判決などが確定すれば、消滅時効のカウントはリセットされ、また1からカウントすることとなります(「時効の更新」といいます)。
したがって、元従業員が3年以上前の分の残業代についても請求してきた場合には、時効消滅している旨の反論をすることが可能です。
4 そもそも残業することを禁止していた
残業禁止令は、残業することを禁止することに加え、労働時間内に業務が終わらなかった場合には管理職に引き継ぐよう命じるなど、具体的な対策まで講じる必要があります。
また、労働時間と仕事量の適切なバランスがとれていることも前提です。そして、不要な残業は禁止するようにしなければなりません。
5 元従業員は管理監督者であったこと
残業代の支払は全従業員に対して支払わなければならないというわけではなく、「監督若しくは管理の地位にある者」(「管理監督者」といいます)については、割増賃金の対象となっておりません(労働基準法第41条)。
したがって、管理監督者に該当する場合は法律上、残業代は発生しません。
もっとも、深夜労働については該当しないことから、深夜労働の割増賃金は支払う必要があります。
管理監督者に該当するかは名目で判断されるのではなく、実質的に管理監督者としての実務があったかどうかがポイントになります。
管理監督者に該当するか否かの判断基準は主に4つあります。
1 重要な職務内容を有している
2 重要な責任と権限を有している
3 勤務態様が労働時間の規制になじまない
4 地位にふさわしい待遇を受けている
まとめ
まず、元従業員から未払残業代請求されるリスクを回避するために、従業員の勤務実態を客観的に把握できるような仕組みを構築する必要があります。
例えば、パソコンによるログ管理システムなどが挙げられます。
また、就業規則や雇用契約が、実際の労働時間に適した規定になっていることも重要です。定めと運用が適切であれば、未払い残業代の問題は起きづらいとも考えられます。
もっとも、このような仕組みを構築していたとしても、元従業員が請求してくる可能性は0ではございません。
そのような場合には、ご説明しました対応手順を踏んでいただき反論ポイントを見つけていただければと思います。