下請代金を手形で支払う場合には、今までは手形サイトを120日以内(繊維業は90日以内)とする下請法の運用上の規制がありました。令和6年11月1日からはこの手形サイトの規制が60日以内に短縮されますので、以下、詳しく解説します。

前提:下請代金の支払いには「60日ルール」がある

まず前提の話として、下請代金の支払いに関する「60日ルール」を解説します。

下請法第2条の2は、親事業者に義務として、下請契約締結時に、「給付を受領した日から起算して、60日の期間内において、かつできる限り短い期間内において」下請代金の支払期日を定めなければならないとしています。

受領日(製造委託・修理委託の場合は給付の目的物である物品を受け取った日。情報成果物作成委託の場合は、情報成果物を記録した電子媒体もしくは情報成果物そのものを受け取った日。役務提供委託の場合は役務の提供をした日。)から60日以内に下請代金の支払いが無ければ、「下請代金の支払遅延の禁止」(法第4条1項2号)に該当するとして、下請法違反となります。

下請法にこのようなルールが定められた理由は、親事業者がその優越的な立場を背景に、下請代金の支払期日を不当に遅く設定することがあり得るため、そういった不利益から下請事業者を保護するためと言われています。

下請代金の支払期日が不当に遅くに設定されてしまうと、支払期日までの長い間、下請事業者はいわばタダ働き状態におかれてしまい、資金繰りに問題が生じる可能性が高まります。

そのため、受領日から60日以内という具体的な期間制限を設けるとともに、「できる限り短い期間内に」との注文をつけて、零細な事業者の多い下請事業者を守っているということです。

下請代金の支払いには手形が使える?

ビジネスの場では、代金の支払いに手形が使われることがあります。代金を現金で支払う代わりに手形を振り出すのです。

下請契約の場合も、手形による下請代金の支払い自体は禁止されていません。

上記の60日以内に設定された支払期日までに、手形を振り出せば良いということになります。

手形による支払いの問題点

下請事業者からすると、手形による下請代金の支払いには、ひとつ困ったことが生じます。

例えば当月に納品されたものについて、当月末締めで請求をし、翌月末日に支払いをしてもらうという下請契約を考えてみましょう。

受領日が1月1日~31日の場合、支払期日である翌月末日(2月28日)は受領日から60日以内ですので、上記の「60日ルール」に則った支払期日の設定となっています(なお、ここでいう「60日以内」については、「2か月以内」と読み替えて運用がされていますので、大の月・小の月があっても問題ありません。)。

下請法は、上記下請事業者の資金繰りの観点から、その2月28日に、「現金で」下請代金が支払われることを想定しています。

下請事業者としては、60日以内の支払いを受けられてひとまず安心ということになります。

では、支払いに手形を使う場合はどうでしょうか。

上記の事例で、2月28日に、下請代金を「手形で」支払うことは禁止されていません。

手形にはそれぞれ満期日が設定されており、満期日になると、受取人は手形の額面について現金を受け取れることになっています。これは裏を返せば、満期日までは現金化できないことが原則ということです。

このような満期日までの期間は「手形サイト」と呼ばれています。

例えば手形サイトが120日である場合、手形交付から120日が経たないと現金化できないということになります。

これを上記の事例で考えると、2月28日の下請代金支払期日に、親事業者が支払代金分の手形を交付します。

しかし、下請事業者が実際に手形を現金化して下請代金を受け取れるようになるのは、そこからさらに120日後、すなわち6月末頃ということになってしまいます。受領日から考えれば、およそ180日後(半年後)ということになります。

これでは下請法が下請事業者の保護のために「60日ルール」を定めた意味が無くなってしまいます。

割引困難な手形の交付の禁止

そこで、下請法第4条2項2号は割引困難な手形の交付の禁止を定めています。

手形の割引とは、満期日前の段階で、手形を金融機関(銀行)等に売り渡し、額面から金利分や手数料を差し引いた金額を代金として受け取るという方法です。

これにより、手形の受取人は、満期日を待たずして手形を現金化できることになります。

結果として、60日ルールに近いタイミングでの現金化も可能となります。

上記の事例で言えば、2月28日に手形を受け取った下請事業者は、満期日よりも前に銀行等にこの手形を売り渡して、現金を受け取ることができます。

一方で、割引が受けられないということになるとやはり問題となります。

下請法では、業界の商慣行、今までの取引関係、その他の事情を総合的に勘案して、「割引を受けることが困難であると認められる手形」の交付を禁止しています。

割引が受けられない手形を振り出すことは、実質的に支払期日を先送りすることにもなりますので、下請事業者の保護のためにも許されないということです。

割引困難な手形とは――手形サイトによる規制の流れ

どんな手形が下請法の禁止する「割引を受けることが困難であると認められる手形」に当たるかはケースバイケースの判断とも言えますが、そのひとつとして、運用上、手形サイトの長さ(手形交付から満期日までの期間の長さ)によって割引困難な手形かどうかが判断されています。

具体的には、

●繊維業については90日
●その他の業種については120日

を超える手形サイトになっている手形については、下請法が禁止する「割引困難な手形」に該当するおそれがあるものとして、指導等の対象とする方針がとられてきました。

しかし平成28年になると、上記を前提に、

●下請代金の支払いはできる限り現金によること
●手形の割引コスト(金利分や手数料等)が下請事業者の負担とならないよう、下請代金の額を協議すること
●手形サイトについては、段階的に短縮し、将来的には60日以内とするよう努めること

という要請が出されました(詳しくは、下記発表資料をご覧ください。)。

参考:公正取引委員会HP「(平成28年12月14日)下請代金の支払手段について」

https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/h28/dec/161214_2.html

これはおそらく、手形による下請代金の支払いは、現金による支払いと比べて実質的に支払期日を遅らせるものになっているため、その手形サイトを短縮してなるべく下請事業者の負担を減らし、取引環境の改善を図りたいという趣旨によるものと思われます。

また、割引に伴う実質的な手残り(金利分や手数料を引いた後の受け渡し代金)が本来の下請代金を下回ってしまうため、手形による下請代金の支払いをする場合には、割引にかかるコストを踏まえ、これを予め上乗せして下請代金の金額を決めるべきであるというような要請も同時に発出されました。

さらに令和3年には、

●下請代金の支払に係る手形等のサイトについては、60日以内とすること
●上記の要請内容については、おおむね3年以内を目途として、可能な限り速やかに実施すること

というような要請が出されました。

上記平成28年のものに比べると、「努める」といったような努力義務的な書き方ではなく、「60日以内とすること」という強制力を持った文言になっており、さらに3年以内といった具体的な年限も示され、いよいよ手形サイトの規制が60日に短縮される状況が近付いてきたように感じられていました。

実際にも、令和5年には、上記要請を前提に、手形サイトが60日を超えていた親事業者約6000名に対して、手形サイトを60日以内に短縮するよう要請が行われていたとのことでした。

参考:公正取引委員会HP「(令和3年3月31日)下請代金の支払手段について」

https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2021/mar/210331_shitaukeshudan.html

【最新】令和6年11月から手形サイトは一律60日以内に

上記のような流れを受けて、令和6年4月30日、公正取引委員会及び中小企業庁から、下請法の運用ルールを見直すことが公表されました。

この見直しによれば、現在の運用上、繊維業90日・その他の業種は120日とされている手形サイトの規制を、業種別の規制を廃止した上で、いずれの業種であっても60日に短縮するということでした。

すなわち、手形サイトが60日を超える場合には、下請法上の「割引困難な手形」に該当するおそれがあるものとして、指導等の対象とするということです。

この運用の変更は、令和6年11月1日から適用されます

参考:経済産業省HP「約束手形等の交付から満期日までの期間の短縮を事業者団体に要請します」

https://www.meti.go.jp/press/2024/04/20240430002/20240430002.html

なお、今回の運用変更は下請法の運用についてのものですので、下請法が適用されない取引については対象外となりますが、公正取引委員会及び中小企業庁は、サプライチェーン全体で手形サイトを短縮していくことが中小企業の取引の適正化のために重要であるとして、下請法適用外の事業者に対しても、手形サイトを60日以内に短縮したり、代金の支払いをなるべく現金にすることなどを要請しています。

まとめ

平成28年頃からその兆候が見られていた、下請代金の支払いに手形を用いる場合の手形サイトの規制の厳格化については、令和6年11月から「60日以内」という一律の基準によって判断されるようになるということで一応の決着を見ることになりそうです。

長年120日(または90日)以内とされていた手形サイトの規制が変更されるわけですから、下請代金の支払いに手形を利用している親事業者においては、自社の振り出している手形のサイトが60日以内になっているかどうか確認した方が良いと言えるでしょう。もし60日を超えている場合には、下請法違反に問われる可能性もありますので、令和6年11月1日までに改める必要があります。

反対に、下請事業者においては、自社が受け取っている手形のサイトが60日を超えている場合には、令和6年11月1日振り出し分からは60日以内にするよう、親事業者に確認した方が良いかもしれません。

いずれの立場にしても、下請代金の支払いや下請法について何かご不安な点等ありましたら、弊所の顧問弁護士サービスをご検討ください。

※なお、令和8年(2026年)には紙の手形が廃止される方針となっていますが、代替とされている電子記録債権(でんさい)でも、規制内容は同様になります。

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■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 木村 綾菜

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