一般的に運送業の従業員(ドライバー)は残業代請求できる可能性が高いと言われています。そのため、近年運送業の従業員(ドライバー)から未払い残業代の請求が増えています。

そこで、本コラムでは、そのような未払い残業代の請求がなされた場合の会社対応について解説していきたいと思います。

運送業の従業員(ドライバー)から残業代請求された場合の対応

まず、そもそもなぜ運送業は、残業代請求できる可能性が高いと言われているのでしょうか。

それには以下の理由などがあります。

運送業に残業代が生じやすい理由

① 労働時間が長時間になりやすい

運送・物流関連、特に長距離ドライバー(運転手)の方は、労働時間が長くなりがちです。

これは、交通事情(渋滞)や積み下ろしの順番待ちの時間があったりするためです。

② 労働時間の客観的な証拠が残りやすい

労働者が未払い残業代を請求する際には、労働時間を証明する客観的な証拠を用意する必要があります。

運送業の従業員(ドライバー)は、いわゆるタコグラフ(タコメーター)などにより労働時間が明確になるため、客観的な証拠に基づく残業代請求がしやすいのが特徴です。

③ 固定残業代制を採用している会社が多い

運送業では、残業時間に関わらず一定の残業代を支払う「固定残業代制」を採用している会社が多くあると思います。

しかし、雇用契約書や就業規則、給与明細などに適切な形で規定がされていない場合は違法な固定残業代制と判断され、残業代の支払い義務が生じることがあるのです。

④ 歩合給を採用している会社が多い

歩合給(歩合制)を理由に残業代を支払っていない会社が多いのも事実です。

しかし、そもそも、歩合給は労働の成果に対する報酬であり、残業代は時間外労働をしたことに対する報酬です。このように両者の性質は全く異なりますので、歩合給(歩合制)だからといって残業代が支払われないということにはなりません。

ドライバーの残業代が問題になった裁判例

最高裁判所は、オール歩合給制のタクシー運転手の事案について、歩合給の額が、時間外及び深夜労働を行った場合でも増額されず、通常の賃金と時間外及び深夜労働の割増賃金に当たる部分を判別できないことを理由として、歩合給の支給をもって残業代の支払とみることはできないと判示しました(最高裁平成6年6月13日判決)。

運送業の従業員(ドライバー)から未払い残業代を請求されしまったら

それでは、万が一運送業の従業員(ドライバー)から残業代の請求をされてしまったら、どのように対応すべきでしょうか。

会社としては、従業員の請求内容に誤りがないか、よくよく確認してみてください。

特に注意すべきポイントは、以下のとおりです。

① 時効ではないか?

残業代の請求には、消滅時効があります。

従業員の請求が、この時効によって消滅していないか、まずご確認ください。

未払い残業代の請求権の消滅時効は、2020年4月以降に発生した未払いの残業代については、3年(それよりも前に発生した残業代については、2年)となっています。

ただし、1つ注意点があります。

3年(あるいは2年)が経過していても、自動的に時効となるわけではありません。会社側が、消滅時効の援用(時効によって消滅した旨を主張すること)をしなければ、消滅しません。その点はご注意ください。

万が一、時効にかかっているのに、会社側が消滅時効を援用する前に「支払う」などと言ってしまった場合、債務を「承認」したとして、その後に時効の主張をすることができなくなってしまう危険性があります。

② 従業員は管理監督者ではないか?

労働者が管理監督者に該当する場合には、使用者は、時間外・休日手当を支払う必要がありません。

そのため、残業代の請求をしている従業員が、「管理監督者」に該当しないか検討し、管理監督者に該当する場合には、管理監督者であるから、未払残業代の請求はできないと反論できる可能性があります。

もっとも、「管理監督者」に該当するか否かは、部長、店長など、いわゆる「管理職」と言われる役職名や肩書で決まるものではなく、実態に即して実質的に判断されることになります。

具体的には、以下の事情を総合的にみて「管理監督者」該当性を判断することになります。

ⅰ 労働条件やその他労務管理の状況から、使用者と一体的な立場にあるものといえるか

ⅱ 労働時間の決定などに裁量があるか

ⅲ その地位にふさわしい待遇を受けているか否か(地位と権限にふさわしい賃金上の処遇が与えられているか)

そのため、名目上は、「部長」「店長」「工場長」などであっても、その実態が異なる場合には、管理監督者に該当せず、残業代の支払いが必要となる場合があります。

③ 労働時間に誤りがないか?

タイムカードなどの客観的な証拠がない場合、従業員が労働時間として主張する労働時間が、実際の労働時間と異なる可能性があります。

残業代の請求の根拠となる労働時間は、実際の労働時間(=実労働時間)です。

この労働時間は、「労働者が使用者の指揮監督のもとにある時間」を言います。

そのため、労働時間として定められている範囲でも、従業員が指揮監督下から解放されていて、労働が提供されていなかった時間などは労働時間とはなりません。

それゆえに、請求されている残業代の労働時間が、どのような根拠に基づいて計算されているかきちんと確認する必要があります。

場合によっては、従業員が労働時間を自己に有利なように解釈して、実際には労働していなかった時間(休憩時間など)も労働時間として請求してきている可能性もあります。

④ 固定残業代(みなし残業代)の支払いをしていないか?

一般に、残業代は残業時間に応じて支払われるものです。

それに対し、残業時間にかかわらず一定の残業代を支払うというものが固定残業代です。。

その場合には、固定残業代で残業代は支払済みということになります。

固定残業代は、労働者のモチベーションを確保させ、残業時間を抑制できるメリットがあるため、使用者側において採用しやすい制度です。

しかしその反面、固定残業代が有効と判断されるためには、以下の厳しい要件をクリアしている必要があり、その要件をクリアしていないと、無効と判断されます。

固定残業代(みなし残業代)が有効といえる要件

ⅰ 労働契約の内容となっていること

ⅱ 固定残業代にあたる部分が固定給と明確に区分されていること

ⅲ 残業時間が固定残業代制で定められた時間を超えた場合は割増賃金を支払っていること

なお、設定された時間が45時間を超える場合や、固定残業代部分が割増時間外手当額や最低賃金を下回っている場合も問題となり得ます。

固定残業代制が無効となれば、当然1円も残業代は支払われていないことになるため、別途残業代を請求されてしまうことになります。

⑤ 賃金単価はどうなっているか?

残業代の計算は、時間単価(基礎賃金)を基に計算されます。

例えば、家族手当、通勤手当、住宅手当などは基礎賃金から除外されます(労働基準法施行規則21条参照)。

もっとも、これらの手当も名称で決まるのではなく実質で決まります。そのため、家族手当とされていても、扶養家族の有無や数に従って支給されるものではなく、常に支払われている性質のものであると、基礎賃金から除外されない場合もあります。

従業員がどのような計算をして請求しているか、よく確認することが必要です。

会社側の対策(運送業の会社が残業代を支給するときの注意点)について

未払い残業代の請求を防ぐために重要なポイントは、そもそも残業代を未払いにしないことにあります。残業代が未払いになっていなければ、その請求を受けることなど生じ得ません。

そこでの運送業の会社が残業代を支給する場合、残業代の趣旨で支払われる賃金であることを明確に定めて支給し、その金額で足りているかを判断できるようにしておくことが肝要です。

残業代の趣旨で支払われている賃金であるか明示する

支払われた給与のうち、どれが残業代としての支払いなのかよく分からないと、残業代の支払とは認めてもらえません。

そこで、「時間外勤務手当」、「休日勤務手当」、「深夜勤務手当」などといった、残業代だということが明らかな名目を給与明細に明記して残業代を支払うことが大切です。

支払われている残業代に不足がないことを明示する

支払われている残業代に不足がないといえるためには、その残業代の金額が給与明細などではっきりと明記されている必要があります。

固定残業代(みなし残業代)を採用している場合は、固定残業代(みなし残業代)でも、不足額がある場合には不足額を追加で支払う必要があることに注意です。

労務問題の解決は弁護士に相談すべき

運送業の従業員(元従業員)から残業代の請求がされてしまった/されないように対策を講じたいなどの労働問題を弁護士に相談することには、以下のようなメリットがあります。

専門性が高い

日本の労働法では、様々な法律・規定を根拠に、数多くの制限がある上、それらの制限も極めて専門性の高い内容となっています。そのため、これら労働法を正しく理解していないと、誤った判断をしかねません。

そこで、法的な理論武装をすることが大変重要となります。

労働者の言い分が合理的かどうかを見極めることができる

紛争の深刻化を防ぐため、労働者側の言い分が合理的であれば、妥協して受け入れるのも有力な選択肢です。

これに対して労働者側の言い分が不合理であれば、合理的な範囲の主張に収めるよう、労働者と交渉していかなければなりません。

この労働者の主張の合理性の見極めを行うには、やはり専門的知見からの詳細な分析・検討が不可欠です。

訴訟や労働審判に発展してもスムーズに対応できる

労務問題が深刻化すると、その後訴訟や労働審判に発展する可能性があります。

弁護士は訴訟・労働審判の手続きに精通していますので、十分に準備を整えたうえで手続きに臨むことができます。

労務問題の予防策についてもアドバイスを受けることができる

会社にとっては、労務問題が発生しないに越したことはありません。

普段から労働基準法その他の法令を遵守した企業体制を徹底することで、労働問題(従業員とのトラブル)発生リスクを最小化することができます。

弁護士に相談すれば、今後労働問題(従業員とのトラブル)を防止するための予防策についても、アドバイスを受けることが可能です。

紛争が長期化、裁判所に持ち込まれるケースが増えている

労務問題については、交渉だけでは解決とならず、従業員から労働審判や訴訟を起こされるケースがあります。その場合、紛争も長期化していきます。

そこで事前に「問題社員対応に強い弁護士」に相談し、事前の対応・準備をきちんと行っておくことが重要です。

弁護士に相談することで進め方が明確になる

弁護士に相談することで、自社のケースにあった対処・対応を事前に打ち合わせることができることも大きなメリットです。


■この記事を書いた弁護士

弁護士法人グリーンリーフ法律事務所
弁護士 小野塚 直毅

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