
ハラスメント行為という被害を受けた者は、自分を雇用する会社に対し、「安全配慮義務違反である」として、ハラスメント行為による損害賠償請求をすることがあり得ます。近年、この「安全配慮義務」について、会社と雇用関係になっている方以外に対しても負う旨判断された事例がありますので、具体的にどのようなケースで安全配慮義務が問題となったのか、掘り下げていきます。
業務委託契約者に対するハラスメント行為と会社の安全配慮義務

雇用契約と業務委託契約
会社が経済活動をするに当たって、実際に業務を行うのは、一般的にはその会社の従業員となります。しかし、現代においては必ずしも業務を任せる方法は一つではなく、「雇用契約」を結んだ従業員だけではなく、外部に業務を委託する「業務委託契約」もあります。まずは、この雇用契約と業務委託契約の違いについてみていきましょう。
雇用契約とは
労働者が労働力を、会社が労働の対価を、労働契約に基づいてそれぞれ提供するという契約です。
会社は労働者に対して、労働条件を明示し、労働基準法を守って雇用するということが必要になります。労災保険の適用やその他の各種保険の加入も求められます。
業務委託契約とは
これに対して業務委託契約は、会社側は「労働」に対する対価ではなく、「成果」に対し対価を払うという契約です。
法律上は、「業務委託契約」という契約方式ではなく「請負」と呼ばれたり、「委任」と呼ばれる契約の形になります。
業務委託契約の場合、「会社(依頼をする側)」と「従業員」ではなく。会社と個人事業主(依頼を受ける側)間の契約となるため、労働基準法などの法令は適用されません。また、「成果」に対して対価を払う契約ですから、労働時間等の制約も受けません。
雇用契約と業務委託契約との差
以上のとおりですので、その契約が名実ともに業務委託契約の場合、依頼を受ける者は労働時間等の制限を受けませんし、労働条件といったものに縛られるものではありません。したがって、業務委託で依頼を受けている側は「労働者」とはいえませんし、労働基準法・労働契約法のルールも適用されません。
安全配慮義務について

ところで、会社と従業員との間では、「労働契約法」等で「労働者の安全への配慮」をすべき義務、すなわち安全配慮義務が会社に課されています。この「安全」には生命、身体等の安全のみならず、精神の健康も含まれているとされています。
過去のパワハラ事件などの裁判例では、会社が安全配慮義務を怠ったとしてハラスメント被害者である従業員に対する損害賠償義務を認めた例もありました。
この安全配慮義務違反が、労働契約法、すなわち雇用関係があることを前提に認められるものであるとすれば、業務委託を受けたに過ぎない者と会社との間には、安全配慮義務違反という問題は生じないということになりそうです。
しかし、近年雇用契約関係ではない業務委託契約においても、業務を依頼した側の会社代表者の依頼を受けた者に対するセクハラ・パワハラ行為が、会社自体の安全配慮義務違反に当たるとされた事例があります。
令和4年5月25日東京地方裁判所判決(アムールほか事件)

Xさんは、エステティックサロンを経営する会社Y1から業務委託を受け、Xさんが同社のエステを体験してみて他のエステと比較する記事をY1のために執筆するという内容で合意をしました。
Y1の代表者であるY2さんは、業務委託のために対面した際、Xさんに対し、「何人くらいと付き合った?」「バストを見せて欲しい。」などと性的な発言や体を触るなどの行為をし、そのほかにも「さぼったでしょ。」「こんな記事じゃ報酬を支払えない。」「もう契約を終わりにしたいくらいだ。」「知識がない。」などと責め立て抽象的に批判するなどの発言を繰り返しました。
このようなXさんの訴えに対し、裁判所はY2さんのXさんに対する言動は、Xさんの性的自由を侵害するセクハラ行為であり、またXさんに種々の業務をさせながら報酬の支払いを正当な理由なく拒むという嫌がらせであってパワハラ行為に該当する、と認定しました。
裁判所は上記のようにハラスメント行為者であるY2さん自身の不法行為責任を認めただけではなく、更に会社であるY1に対し、XさんがY1から業務委託を受け、Y2の指示を仰ぎながら業務遂行をしていたという経緯に着目して、「実質的には、Y1の指揮監督の下でY1に労務を提供する立場にあったものと認められるから、Y1はXさんに対し、Xさんがその生命、身体等の安全を確保しつつ労務を提供することができるよう必要な配慮をすべき信義則上の義務を負っていた」として、安全配慮義務違反に違反したことを理由に債務不履行責任を負うとしました。
結果として、会社はY2のハラスメント行為を受けてうつ状態に陥ったXさんの精神的苦痛の存在を認め、Y2さんのみならずY1(会社)に慰謝料140万円の支払いと、弁護士費用10万円の支払いを命じました。
類似の裁判例(和歌の海運送事件)

上記の「アムールほか事件」では、業務委託契約であることを前提に、そのような契約関係であっても安全配慮義務違反を認めました。
これまでにも、和歌山地方裁判所平成16年2月9日判決(和歌の海運送事件)では、傭車運転手であった原告に対し、労働者ではない、つまり雇用契約があったわけではないが、雇用契約に準じるような使用従属関係を認め、運送業務を依頼していた会社に対して労働時間などに関し措置を講じるべき安全配慮義務がある、と判断しています。
具体的には
「被告(会社)と原告(傭車運転手)との間には、雇用契約は認められないものの、原告が被告の指揮監督の下に労務を提供するという関係が認められ、雇用契約に準じるような使用従属関係があったということができる」
として
「被告は、原告の業務内容を十分把握していたにもかかわらず、原告から進んで仕事を休みたいと申し出ることができないような状況を作り出していた」「被告が原告に健康診断を受けるように指示したことはなかった」などとして原告の休日の取得を妨げ、原告の健康管理を怠り、その健康状態に応じて労働時間を軽減するなどの措置を講じず、原告を過重な業務に従事させた」としてその安全配慮義務違反行為を認定しています。
雇用契約という関係性がなく、またセクハラ・パワハラのような明確な不法行為に関連するもの以外でも、上記のような安全配慮義務違反がありえることにも注目していただければと存じます。
アムールほか事件・和歌の海運送事件に学ぶこと

雇用契約と業務委託契約は、実際には区別がつかないものも多くあり、業務委託契約とは名ばかりで、使用従属性が認められる雇用関係というべきものもあります。「アムールほか事件」や「和歌の海運送事件」では業務委託契約の下で働く方に対し、仮に業務委託契約であっても、安全配慮義務違反を会社に問えるケースがあることを示したという点で意義があります。
会社側としては、「業務委託契約であれば委託を受けた側の安全配慮義務違反を問われることはない」などと誤認しないよう留意しなければなりません。
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