
タイムカードの打刻システムや残業時間の管理などで、労働時間の丸め処理(端数処理)として、端数部分の切り捨てを行っている企業も多いと思います。この記事ではそういった処理が違法にならないか、詳しく解説します。
労働時間を「丸めて」いませんか?

企業にとって従業員の労働時間の管理は、法令遵守の面でも、賃金支払の面でも、とても重要な課題になります。
では、例えば次のような処理は適法でしょうか、違法でしょうか。
① タイムカードの打刻を5分刻みや10分刻みにしており、端数を切り捨てて賃金を計算している(例:9時2分に出勤打刻した場合は9時10分に始業したとし、18時58分に退勤打刻をした場合は18時50分に終業したとする。)
② 30分未満の残業は、残業として申請することを認めず、切り捨てて賃金を計算している。
いかがでしょうか。①②ともに、実際の労働時間よりも少ない労働時間しか企業側が認めていないことになります。
このようにハッキリと書くと、まずいのではないか、違法ではないかと考える方も多いと思いますが、実際にも違法となると考えられます。
しかしながら、現実の話として、このような処理をしている企業は相当数見受けられます。
丸め処理(端数切捨て)は違法

どうして企業側はこのような処理を行うのでしょうか。
もちろん、なるべく経費(人件費)を減らしたいという意図もあるとは思いますが、他にも「1分単位で管理や計算をするのは面倒」という言い分を聞くことがあります。
しかしながら、そもそも労働基準法24条1項では、「賃金は、……その全額を支払わなければならない」と定められています。
「賃金」とは労働の対価です(労働基準法11条参照)。
タイムカードのシステムや残業の申請システムなどによって、労働時間を切り捨て、その切り捨てられた労働時間分の対価となる賃金を支払わないとなると、上記24条1項の賃金の全額払いの原則に反するということになります。
そのため、やはり上記①②のような制度は違法ということになります。
ちなみに、賃金の計算のなかで、便宜のために、労働時間の端数を「切り上げる」ことは違法ではありません。労働者に不利益が生じないからです。
例えば上記①の事案で、端数を切り上げて9時00分~19時00分の労働時間があったとして計算することは許されます。
もしどうしても1日単位での労働時間を丸めて計算したい場合には、切り捨てではなく「切り上げて」計算する方法・システムを採る必要があります。
計算上、労働時間の切り捨てが許される場面がある

しかしながら、いつ如何なる場合も労働時間の切り捨てが許されないというわけではありません。
昭和63年に当時の労働省から出された通達(昭和63年3月14日基発第150号)によれば、割増賃金(いわゆる残業代)の計算において、以下の端数処理をすることは違法にならないと示されています。
1か月における時間外労働、休日労働及び深夜業の各々の時間数の合計に1時間未満の端数がある場合に、30分未満の端数を切り捨て、それ以上を1時間に切り上げること
厚生労働省HP(新居浜労働基準監督署作成)「端数処理のソレダメ!」参照
つまり、例えば残業(時間外労働)について、ひと月の合計時間数が10時間20分あった場合には、「20分」の部分について切り捨て、10時間分の時間外労働があったとして時間外労働の割増賃金を計算して支払うことは、賃金の不払いとはされないということです。
これがなぜ許されると解釈されているのかというと、事務簡便(賃金支払いの事務手続きを簡単にする)の目的であるとともに、「常に労働者の不利となるものではない」ということが大きいのだと思われます。
例えば、残業(時間外労働)について、ひと月の合計時間数が10時間40分であった場合には、「40分」の部分について切り上げが行われ、11時間分の時間外労働があったとして割増賃金を計算して支払うことになります。
すなわち、11時間-10時間40分=「20分」の部分については、実際には残業を行っていないにもかかわらず割増賃金が支払われることになりますから、このパターンの場合は労働者にとって得ということになります。
このように、労働者の不利にも有利にもなるということで、労働者を常に不利に取り扱うような計算上の仕組みではなく、労働者を害そうという不当な目的ではない、単に事務簡便のためのやり方であるということで、賃金の不払いとは取り扱わないということのようです。
ここでポイントなのは、「1か月」単位での切り上げ・切り捨てが認められているのであって、「1日」単位での話ではないということです。
例えば上記②のようなやり方では、20分の残業を5日間行ったとしても、時間外労働の合計時間数がゼロになってしまいますが、上記の通達に則って計算すると、20分×5日間=1時間40分となるので、端数の「40分」切り上げて2時間の時間外労働があったものとして賃金の計算をすることになります。
結果が全く違うものになりますし、上記②のやり方では労働者の利益になる場面がありません。
「1か月」単位での計算上の調整は上記の範囲で可能であると覚えておいて頂ければと思います。
労働時間自体は正確に把握する必要がある

さて、上記のとおり、賃金の計算上、労働時間を「丸め」て計算することが許される場合もあると説明しました。
しかしながら、これはあくまで「計算上」の話です。
そもそも事業者は、従業員の労働時間を正確に把握しなくてはなりません。
なぜなら、把握した労働時間を元に、残業代(割増賃金)を含む賃金が計算されたり、長時間労働が規制されたりしているからです。
把握した労働時間が現実と異なるのだとしたら、その後の計算や規制は不正確なものであり、各規程や規制が無意味ともなりかねません。
そのため、タイムカードの打刻等、労働時間の把握・記録のタイミングでその時間を「丸める」ことは適切ではありません。
厚生労働省が公開している「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」でも、労働者の労働日ごとの始業時刻・終業時刻を確認し、適正に記録することが求められています。
上記①②の方法は、適正な労働時間を把握していないということになりますから、適切な措置とは言えないでしょう。
このガイドラインも参考に、労働時間の適正な把握と、賃金の適切な計算を行うようにしましょう。
参考:
厚生労働省HP「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000149439.pdf
同リーフレット
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000187488.pdf
まとめ

いかがだったでしょうか。
昨今は特に長時間労働に関する規制の向きが強くなり、また労働者側の権利意識の高まりなどもあり、「労働時間を丸める」ことについてはなかなか許され難い情勢となっています。
どうしても「丸めたい」のであれば切り上げる方向で労働者に有利なように調整することになりますが、そうすると経費(人件費)が上がる可能性が出てきます。
無駄なく必要なことへ必要な資金を投入するという観点からは、やはり1分単位での労働時間の把握・賃金の計算等が望ましいところです。
貴社での労働時間の把握・管理の方法について、これを機に点検してみてはいかがでしょうか。
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